第五話 リオーラに仕える理由
「どうか、どうかリオーラの命だけは助けてください。私の命なんっ……」
スパンッ。
リオーラの父親、ノメリア公爵の首が飛ぶ。
遅れて、跪いていた体が横向きに倒れた。
ピチピチと繋ぎとめていたものを失った首から血が飛び散り、体は痙攣を起こす。
その飛んでいった首を黒ずくめの男が拾う。
黒いズボンに黒い靴。加えて黒いフードと夜の闇に溶け込んでいる男の名前はレオ・プリオノスクス。
プリオノスクスという盗賊団に所属、ナンバー7を冠する「血塗れの双剣」の2つ名を持つ。
「これで、最後か」
ポイっと手に持っていたノメリア公爵の首が、何か山になっているところに投げられた。
ぶちゅ。と生々しい音をたてながらその首が山の一部となる。
その山となっているものは、全て首だった。
その首の山の頂上に座っている男が顔を上げた。
「はい、任務は終わり。解散」
真っ白の髪に、病的にまで白い肌。真っ黒のコートと相成り、凄まじいオーラを発するこの男。 名をジゼル・プリオノスクス。
プリオノスクス3代目、団長。2つ名を「幻の夢」、金を積まれれば何でもする盗賊団を仕切る頭領である。
首で出来た山の下には7人の団員。全員、黒一色のフードを被っている。
1人がピクっと反応する。
「団長、こちらに近づく者あり」
そう言ったのは団員ナンバー8の黒フードから出る、ピンク色の髪が特徴の「糸使い」ミラ・プリオノスクスがジゼルに言った。
ジゼルはミラに一瞥を向けると、少し考え込むように、顔を下げた。
「セバスチャン、確か今日は活躍出来てなかったよね。1人でなんとかなるでしょ、任せるよ。そいつを殺せ、取り敢えず僕らは一足先に帰るから」
ピョンっとジゼルは首の山を飛んだ。
着地する際、首から流れ出た血が真っ黒のブーツを赤く染める。
ジゼルは首の山に向かい手を差し出した。
なんの前触れもなく首がの山が燃え始める。
「かしこまりました」
セバスチャンと呼ばれた、団員の中でも背の高い黒ずくめの男が腰をおる。
「それとレオはここに残れ。セバスチャンがそいつを始末次第、お姫様と共に連れて帰れ」
「「はっ」」
もう話は終わりと言わんばかりに、レオとセバスチャンを除く6名は闇に消えていった。
ふうっとため息をついたのはレオかセバスチャンか。
「やってられないな、セバスチャン。前からプリオノスクスはこうだったのか」
ジゼル達の気配が完全に消えたことを確認してレオは口を開いた。
レオはフードを脱ぎ、綺麗な金髪が月夜に照らされる。
「いえ、1代目の時は違いましたね」
「3代目になって変わったというのは本当のようだな。俺は金が入用だから籍を入れているが、セバスチャンは違うだろ。辞めないのか」
セバスチャンは少し悩むように口を噤む。
「1代目に恩がありますから」
そう言ったセバスチャンの声はどこか悲しげであった。
「では行ってきます」とセバスチャンは人間が燃える腐臭から逃げるようにその場を去る。
「俺は金が貯まれば、辞めるけどな」
レオの独白が、宵闇に消えた。
「あなたですね、ここに近づく命知らずは」
夜の街道に月明かりに照らされた人影が2つあった。
セバスチャンの対面には深い黒いの髪が特徴の青年が立っている。
「リオーラを返してもらえますか?」
青年は懇願するように言った。
セバスチャンはやれやれ、といった様子で答える。
「悪いことは言いません。死にたくなければ、今すぐここから去りなさい」
そう言いながらセバスチャンは首を傾げる。
146名、それが今回の任務の殺害予定人数だ。これはナンバー3の「知識の渦」が事前に調べ上げた数字で、これまでに外れたことがなかった。
「すぐに去れば見なかったことにします。まだあなたも若い、命を無駄にするには時期尚早では?」
「命をかけてでもしなければならないことがあります」
「一応、聞いておきますがあなたは彼女の何なのですか? 婚約者かなにかですか?」
黒髪の青年は首を振る。
「兄です」
セバスチャンはあるひとつのことに思い立った、確か公爵家には黒髪というのを理由に忌み子として勘当された少年がいるということに。
「失礼ですが、勘当されたと聞き及んでいたのですが」
青年は両手で作っている握りこぶしをぐっと握った。
「確かに、公爵家にはたくさん酷いことをされましたし、されたことを恨んでいないと言うと嘘になります。ですが、リオーラだけは僕を家族として接してくれた」
だから……と続け、キッとセバスチャンを睨んだ。
「リオーラを返せ」
仕方ありませんね、とでも言う風にセバスチャンは青年に向き直った。
「今回の任務は私としてもあまり気分の良いものではないので、早く終わらせようと思います」
セバスチャンはブツブツと何かを唱え始める。
そして、時間にして5秒程のものは力強い次の言葉によって世界に顕現した。
「召喚魔法、「血肉の狼」」
紫色の魔方陣がセバスチャンを中心に展開される。黒い宵闇にその紫色はどこか不吉で美しさもあった。
そして紫色の魔方陣が急に凝縮したと思うと、あるものが形作られる、
そこに現れたのは、成人男性ぐらいの赤黒い1匹の狼であった。
黒髪の青年は唾を飲み込んだ。
その赤黒い狼の正体はLv6の化け物。
人族の英雄ぐらいしか相手に出来ない、ヘルウルフと呼ばれるモンスターだったからだ。
しかし青年はヘルウルフから発せられる威圧感に逆らうように1歩前に出た。
「ほう……ヘルウルフを前に1歩を踏み出す勇気、それは評価に値しますね。でも……」
ヘルウルフは前触れもなく、その場から消えた。
次に現れたのは青年の後ろ。
青年は先程は前から発せられた威圧感を後ろに感じ振り返った。
そこで気づく違和感。
ヘルウルフが何かを咥えていた。
自分の体に異変を感じる。
あるべきものがそこにない感覚。
咥えていたものは、青年の右腕だった。
「あああああああああああぁぁぁぁ!」
あまりの激痛に周りをのたうち回る。
しかしヘルウルフは止まらない。
次は左腕、右足、左足と次々噛みきっていく。
その間、ずっと少年は悲鳴を上げていた。
そして最後に頭を食いちぎり、ペッと吐き出した。
それと同時に少年の叫び声もなくなる。
再び、街道に静けさが戻った。
そこにはさっきの少年は見る影もない肉塊だけが転がっている。
セバスチャンはふう、とため息をついた。
「本当に後味の悪い仕事でしたね、ありがとうございますヘルウルフ、もういいですよ」
踵を返し、元来た道を帰る。
しかし一向にヘルウルフが消える気配がないことに気づき、怪訝に思ってもう一度振り返った。
そこには先程、全てを食いちぎったはずの少年が翠色の光を放ちながら立ち上がっていた。
「リオーラを返してください」
意志の強い瞳で少年はヘルウルフとセバスチャンを睨み返す。
「なるほど、公爵家にはリオーラといい貴方といい、回復型のスキルが多いみたいですね……ヘルウルフ、回復能力が底を尽きるまで食いちぎりなさい」
ヘルウルフは指示通り、何度も何度も食いちぎって行く。
そして、先程の首の山が出来るほどの肉塊が積み上げられた時、ついにヘルウルフが召喚制限を迎え、魔力粒子となって消えていった。
「あなたはいったい……」
奇妙なものを見るような目で少年をセバスチャンは見る。
「僕のスキルは『形の変わらない人形』、どんな致死性の攻撃でも魔力さえあれば回復できるものです……」
息も切れ切れに少年は言った。
既に着ていた服は既に跡形もなく、全裸である。しかし、傷は1つもついてないことから、このスキルの有用性が分かる。
「しかし、もうとっくに魔力はつきて……まさかっ!」
「はい、命、そして魂をも代償にしています。僕は僕が持てる全てを使っでも妹を助け出す」
セバスチャンは少年のあまりの愚かさに空いた口が塞がらなかった。
確かに、今は死闘を繰り広げている。
だから残りの命を代償にするのは分かる。
しかし魂は別である。
魂を失ったら最後、人としての最期を迎えることは叶わず、永久の無に還り、輪廻転生の和にも入ることが出来なくなる。
そして魂を失った人間の形をした容器と呼べるそれは魔物のそれへと変化する。
「たかが、妹1人に。なんでそこまで……」
「僕にとってはっ!僕にとっては本当に大切な唯一の家族なんです! あの娘が無事に暮らせるなら僕の魂なんていくらでもくれてやるっ!」
セバスチャンは思わず、その少年にプリオノスクスの初代団長アリッサの面影を重ねた。
「お前にとって私は家族じゃないかもしれないっ!でも私にとってはもう家族なんだよ」と命をかけてまだ弱かった自分を守ってくれた団長を思い出す。
もともとプリオノスクスは初代団長、アリッサ・プリオノスクスが作った義賊である。
弱者を救い支える。それがモットーであり、プリオノスクスの誇りでもあった。
しかし2代目に世代交代してからは傭兵団紛いのことを始め、3代目からはもう、あの1代目の時の義賊の面影は微塵として残っていなかった。
セバスチャンは少年へと再び向き直る。
「貴方にチャンスを上げましょう、私に1本でも入れることができたら彼女を助けてあげます」
ただの気まぐれ、と言うべきなのか。
セバスチャン自体、もう生きられる時間自体が短かったこともあったのか。
けれど確実にこの青年の純粋な思いがセバスチャンを動かした。
「それは本当ですか……?」
「もちろんです、しかし本当に1本入れることことできたら。という条件がつきますが」
もう一度、青年の目に一際強い光が宿る。
(私も老いましたね……こんな少年にアリッサを重ねるとは。でもだからと言って手は抜きませんが……)
セバスチャンはもう一度、詠唱を始めた。
そして展開される魔方陣は全部で15個。
辺り一帯、紫色の光で一杯になる。
「こんな多くの召喚魔法を1度に?!」
青年は驚きを隠しきれないが、セバスチャンに1本を入れることが出来れば、妹を助けられる。
信じきれてはいないが、何となく彼は嘘をついていないと悟った。
それは公爵家にいた頃、常に周りから害意に晒されてきたからなせる技というのも、皮肉であったが。
青年は再び大地を蹴った。
しかし現実は酷であった。
15匹のヘルウルフは青年に1歩も進まさせず、青年をただの肉塊に変える。
セバスチャンにもなぜこんな無理難題をふっかけたのかは分からない。
でも何かを青年に期待したのだ。
ヘルウルフは絶えず青年を肉塊に変えて行く。ついに再生の翠色の光も徐々に消えていった。
「今度こそ、最後でしたか。少し残念でしたが期待外れだったのでしょうか」
月は巻き上げられた血で、赤く染まっていた。
セバスチャンも諦めようと思った瞬間、ヘルウルフの1匹が倒れた。
ぶち、ブチブチブチブチ。とヘルウルフの腹が内部から裂かれる。
出てきたのは先程とはまったく別人のような威圧感を放つ、青年だった。
息も切らしながら、ヘルウルフの中から出る。
その異様な姿に周りのヘルウルフも動揺したのかしばし動かない。
「たった1人の妹なんですっ!僕が持てるもの全てを代償に彼に一発、ぶん殴れる力を……」
その祈りは体から発せられる翠色の光で答えられた。
文字通り、全てを代償に彼は一時の爆発的な力を得る。
もう既に、人間だった頃の原型は保てていないことから魂するほとんど残っていなかった。
1歩、1歩と青年は前に進む。
それに気づいた15匹にも及ぶヘルウルフは青年に襲いかかった。
しかし再生力はさっきとは桁違いに早く、食われた時にはもう新しい体が出来上がっていた。
そして、1歩、1歩、足を早める。
「おおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
バンっとセバスチャンの顔に向けられて放たれた拳はセバスチャンの眼前で止められた。
しかし青年はニヤッと笑う。
「やく……そく、守っ…………て……くだ……さい…………ね」
眼前とは違う拳、セバスチャンの腹には青年の拳がめり込んでいた。
青年は全てを使い果たしのか、召喚魔法を消えるように翠色の魔力粒子になって散り散りなって消え失せる。
それに伴い、ヘルウルフも消えていく。
当たりは真っ赤な血と翠色、紫の魔力。そして月明かりと色とりどりに彩られていた。
「名前、聞きそびれましたね……」
セバスチャンの目からは涙が零れていた。
私も最後に何か成すことができるのでしょうか、という独り言共に。
セバスチャンの回想です
あとこれからどんどんファンタジーになります
三人称の方が書きやすい……