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第三話 リオーラお嬢様との出会い

  チュンチュン、小鳥が囀りあう音で俺はまだ重たい瞼を空けた。

 

「やっぱり、夢じゃないよな」


  見慣れない天井を見ながら、俺はかび臭いベットの上で唸った。

 

「あぁぁ、もう本当にどうしよう。まぁどうしようないんだけど」


  奴隷解放にも月1000ゴールド、500万ゴールドの返しだからざっと日本での40年間。

  今16だから終わりは56歳。

  普通に人生の最盛期が終わる。

  憂鬱な気持ちでいっぱいになっているとドアがノックされた。


「セバスでございます。お召し物を持ってまいりました。着替え次第、食事にしましょう。その後は仕事の説明です」


  まるで客みたいな対応だ。

  俺はますます疑心暗鬼になってくる。

  俺は奴隷で普通は蹴飛ばすくらいがちょうど良いような存在だ。

  訝しげに思いながら俺は待たせては悪いと思い扉を開けた。

  そこには執事服と革の靴を両腕で持っているセバスチャンが居た。

  やはり、執事服か。いつまでも、この奴隷商に与えられた服じゃ仕えるには格好がつかない。

  乳首透けてるし。

  俺はセバスチャンから執事服と革の靴を受け取り、1度部屋で着替える。


「セバス様、準備が出来ました」


  どうしてぴったりなんだ。気味が悪い。


  そしてもう一度扉を開けた。

  そこには先程から微動だにしないセバスチャン。

  セバスチャンは『では食事にしましょう』とスタスタと歩いていく。

  俺も置いていかれないように赤い絨毯が引かれた廊下を歩く。廊下の両脇には扉がいくつもあり、この屋敷の多さを物語っていた。

 


  セバスチャンは『そういえば、渡していませんでしたね』と胸ポケットから小さな円形の物を俺に手渡した。


「これは懐中時計?」


  俺は渡された懐中時計をあけると、そこには秒針まである3本の針とローマ数字のような数字が並んでいた。


「はい、時計がなければ何かとご不便なので。明日は朝の5時に厨房に来てください。料理を教えます」


  うげ、早いな。野球部の朝練でもそんなに早く起きない。

  でもこれも仕事だやるしかない。

  サボって放り出されたら生きるのもまた難しくなる。

  それならまだ良いが最悪、セバスチャンに殺されるようなビジョンまで湧く。出会った時から只者ではないと俺の勘が告げていた。当たったことないけど。

  素直に従おう。


  俺は案内されるままにセバスチャンについて行くと、厨房のような場所の端に小さな机があり香ばしい匂いが漂っていた。

  白いスープと茶色のパン。あまり豪華ではないが、奴隷の身分で以前の生活水準を求めるのは不相応だ。

  セバスチャンは俺に机の上の食事に俺に勧める。

  俺は椅子に座るといそいそと食べ始めた。

  暖かいスープに心が満たされる。

  1日ぶりの食事だ、料理を作ってもらった人には失礼にあたるがすぐに食べ終えた。


  食べ終わると、セバスチャンの空気が変わった。

  セバスチャンから発せられる圧が半端じゃない。

  慣れない空気感に猫背気味の背を伸ばした。


「では本題に入りましょう、クロ。疑問には思いませんでしたか? この大きな屋敷に私しか見かけなかったことに」


「確かに変だと思いましたけど、出勤時間の関係とかじゃないんですか?」


「いいえ、そうではありません。実は本当にこの屋敷には私とお嬢様の2人しか居ないのです。疑問が多いでしょうがまずは話を聞いてください」

 

  俺は衝撃的な話にびっくりした。こんな大きな屋敷にセバスチャンしか執事しか居ないなんて信じられなかった。

  昨夜、屋敷の中に入るまでには選定された木々があったし、屋敷内は毎日掃除をしているように塵ひとつ落ちていない。

  これらを全てセバスチャンが? 本当に何者なんだ。


「そして私はあと半年で死にます」


「はぁ?!」


  しくじった。思わず素が出てしまった。

 

「申し訳ございませんセバス様。少し動揺してしまって」


「いえ。驚くのも無理はありません、唐突に死ぬだなんて言われても現実味が湧かないのはもっともです」

 

  俺にはこんな健康そうにしている人が半年後に死ぬなんて当然信じられなかった。


「なぜ、死ぬ時が分かるのか。それは私が魔族だからです。魔族は自分の死期が分かるのです。こう見えても私はもう300年近く生きているのですよ」



「はぁ?!」


  またしくじった。でもセバスチャンもセバスチャンでさっきから色々とぶっ込み過ぎだ。


「申し訳ございませんセバス様、少し取り乱してしまいました」


「いえ、あの無理して敬語を使う必要はございませんよ」


「いえいえ、僕は奴隷の身分なので体裁として」


「まぁそれは後後として。先程も伝えた通り、私は半年後に死んでしまいます。しかしこのままではお嬢様を1人にしてしまいます。そこで私は後継者を探しました。絶対、お嬢様を裏切ることが出来ず、この屋敷に仕える人を。行き着いた結果、奴隷を買うことにしました。そして奴隷の契約では1ヶ月1000ゴールドのお給金は義務付けられています。なのでなるべく高い奴隷を買うことが出来たらより長くこの屋敷に仕えさせることができます」


  セバスチャンは1度切ると俺をじっと見つめた。その目は酷く冷たく感じた。


「そこで僕という訳ですね」


「理解が早くて助かります」


  到底、魔族やらなんやらは信じられることはできないが俺が500万ゴールドも払った理由については腑に落ちた。



  セバスチャンはいきなりブツブツと何かを唱え始める。

  俺との間に紫色の複雑な魔法陣が展開された。


「今度は何?!」


「では契約を結んでもらいます。この屋敷、お嬢様を裏切らず、命をかけて守るという契約です」


  セバスチャンはそう言うと手を差し出した。

  俺はその手が悪魔の誘いかのように思えてならない。


「もちろん、契約を断ることは可能ですがその時は死んでもらいます。そして契約を敗ればその時も死にます」


  ええぇー。

  あのさっきから殺気を纏うのやめてくれますか、チビりそうです。冷静に話合いましょう。

  俺の足がガクガクと震えている。

  これを断れば、死ぬ。

  本能的にそう思った。

  俺はどうしようもない状況に追い込まれていることにやっと気づく。

  虫のいい話だとは思った。汚い奴隷を買うにはそれ相応の理由があったんだ。

 


  俺は否応なく手を差し出した。

  すると魔法陣は握手した両方の手を絡めるように凝縮するとパリんっと弾け飛んだ。

  胸に火傷のような痛みが走った。

  思わず、胸を抑える。

  くっ、これが契約の痛みか。


  セバスチャンは満足気に頷いた。


  「断られなく良かったです。では、お嬢様に食事を運ぶので一緒に参りましょう」


  俺は冷や汗が吹き出し、今も膝が笑っていた。

  下半身が冷たいのはきっと、冷や汗だ。




  セバスチャンはトレイにお菓子を次々へと並べていく。

  さっき、食事と言ってなかったっけ。

  もちろんお菓子っていう判断は俺がしただけで、この異世界ではあの甘い匂いを発する物が食事となっているかもしれない。

  でも先程はきちんとしたスープにパンだったよな。


  チラッとセバスチャンが俺を見た。

  俺は吐くほど甘い匂いのする食事(暫定)に顔を顰めてしまった。


「あぁ、お嬢様のお食事はこのお菓子で良いのですよ。あの方はこれしか食べませんし、スープやパンだと残してしまうので」


「栄養が偏りますよ」


「それは重々承知ですが、何分お嬢様はこれ以外食べないもので。どうにかして偏食を辞めさせたいのですが」


 

  俺はまだ見ぬ仕えるお嬢様を想像する。

  大抵ネット小説なんかで見るお嬢様といえば高飛車でキャンキャンうるさく、すぐに主人公に恋するチョロインが定番だ。

  ドリルな頭を想像してしまった。

  あれに仕えるのはなんだか癪だな。


  セバスチャンは準備が終わったのか、トレイを持って厨房から出る。


「付いてきてください、お嬢様にも紹介しなければなりません」


 



 一際、大きな扉の前でセバスチャンは止まった。

  セバスチャンは俺の方を振り返る。


「1つだけアドバイスを、お嬢様は大変気が難しい方でございます。自己紹介をしたら何も言わずにお下がりなさい」


「そんなに気難しい方なのですか?」


「はい、それはもう」


  セバスチャンは苦笑いを浮かべた。

 

  コンコンと扉をノックする。


「セバスでございます、お食事をお持ちしました」


  中からの返事はない。

  それでもいつものことなのかセバスチャンはそのまま扉を開いた。

  俺も続いて部屋の中に入る。

  甘ったるい匂いが微かにした。

 

  そして俺は彼女と出会った。


  真ん中にキングサイズの天蓋付きのベットがあり、彼女はそこに腰をかけていた。


 

  金色の妖精。

  第一印象はそれでだった。

  腰まで伸びた癖のない金色の髪に、翡翠色の目。まるで彼女がいる場所だけおとぎ話の一場面になっているかのようだ。


  妖精という印象を抱た通り、少し小柄である。

  でもアニメや漫画に出るようなロリでは決してない。

  身長は150cmに届かないぐらいだ。

  けれどその小さには不釣り合いな存在感が確かにある。

  でも最も気になるのは、それの目が生者のような輝きを失っていることだった。


  「そこに置いて」


  まるで蒸し暑い夏の日に響く、か細い風鈴のような声だった。


  セバスチャンは言われた通り、キングサイズのベットの隣にある、真っ白な小さな机の上に持ってきた食事を置く。


  しかし一向に彼女は動かない。

  セバスチャンは食事を置くとすぐに立ち上がり、そばにあるクローゼットを開けた。


  そこには足が7つほど吊るされていた。

  俺はクローゼットの中に入っているものが衝撃的過ぎて見てふらっと意識が飛ぶのを堪える。

  なんでクローゼットの中に足が吊るされているんだよ!

  まさか、あれを食べるのか。


  先程、セバスチャン自身が魔族であると知り、あの契約を断れば殺されそうだった。

  もしかしてあれは契約断った従者の……


  今度こそ俺は意識を失ってしまった。




  「目を覚ましましたか、クロ。少し驚ろかせてしまいましたね」

 

  俺は肩を揺さぶられ目を覚ました。

  バッと起き上がる。


「あれ、俺は何をしてたんだっけ……」


  先程の吊るされた足を思い出しまた意識が飛びそうになる。

  俺はセバスチャンの方を見る。


「あ、あの。セバス様、先程の足は?」


「あれは義足でございます」


「義足? なんでそんなものが」


  必要なのか。と言う前に俺は周りに流れる張り詰めたような空気を肌に感じた。


  俺はやってしまったといった後悔した。

  少し考えれば分かったことだ、目の前のセバスチャンは五体満足。なら義足をつけるのは限られてくる。目の前でポリポリとお菓子を食べているこの死んだような妖精だ。


「はい、ご察しの通り、あれはお嬢様の義足でございます。お嬢様は幼い頃にある事情で右腕、右足を失ってしまいまして」


「す、すいません。変なこと聞いちゃって」


「いえいえ、気にすることはございません。いずれ分かったことですので」

 

  俺はまだ若干、ふらつくもののセバスチャンに手を貸してもらい立ち上がった。

  先程のお嬢様は小さな口でゆっくりと行儀よくお菓子を食べている。

  それだけでも絵が1枚かけるほど、美しかった。

  食べている手を止めると、少しだけ俺を見て、すぐさまにセバスチャンの方を凝視する。

  セバスチャンは俺の横に立ち、俺に自己紹介するように促した。


  よし、人間第一印象が肝心だからな。元気よくいくぞ。


「この屋敷にお仕えすることになった執事クロです。よろしくお願い致します」


  中学生の時に職場見学で教わった斜め45度の礼をする。

  抑揚のない、ロボットのようで、でも美しい声で彼女言った。

「私の名前はリオーラ・メルスイス・アルジェント・ノメリア」


  本当に最低限しか喋らない。

  相変わらず目にも生気が宿っていないし、本当にこの少女はいったい何者なんだろうか。


  セバスチャンは何も気にしてないように「あとは私がやりますから」と右肩を引いた。

  セバスチャンは1歩、リオーラに近づく。


「では、食べ終わり次第また参ります。食べ終わった際にはお手元の鈴を鳴らしてください」



  どういうことだ。

  生気はないし、動作もまるで人形みたいだ。

  生きているのか、この少女は。



  そして話は終わったとばかりにセバスチャンは俺を連れて部屋を出た。


  「申し訳ございませんクロ。お嬢様はあまり人にお心を開かない方なのですが、決して悪い人ではございませんので」


「いえいえ、僕が気絶してしまって気を悪くしたのかもしれません」


「お嬢様は本当はお優しいのです。しかしその優しさがあまり伝わらないというかなんと申しますか」


  セバスチャンが俺を宥める。

  でも本当に、あの生気のなさに加えてあの美貌。未だにあれが生きた人間とは信じられなかった。

  半年後にはどうすればいいんだろうか?


  それが一生仕えるリオーラお嬢様との出会いであった。

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