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第一話 丸裸で異世界転移

  とりあえずは自己紹介からさせてくれ。

  年は16。身長は168で、最近周りより小さいことに少しだけコンプレックスを持つ高校生だ。

  顔は普通。身体能力は毎年体力テストでAを取るぐらいにはいい。

  学力の方は県内では進学校に通っており、順位は上位20パーセントには入ってはいる。

  結論として、俺はチビにして少しだけスペックが高い高校生だ。


  そして今日は連休が終わるゴールデンウィーク最終日だった。

  部活は高校1年で野球部に入っていたが、勉強に専念するという理由で止めた。それに加えて、ゴールデンウィーク中は塾は無かった。

  起きて、ケータイ小説見て、寝る。そんな連休を過ごした。


  そして最終日の夕方5時、もちろん進学校ということもあり宿題の量も多いが一切やっていない。

  俺は自身で何をやっているんだろうという気持ちでいっぱいになって倦怠感を感じていた。


  その倦怠感を紛らわせるためシャワーを浴びた。

  よくよく考えれば、この行為が間違っていたのかもしれない。


  俺はシャワールームで熱いシャワーを浴びた。

  長時間、ケータイ小説を見ており少し熱を持った気だるい気持ちが少しだけ楽になった。


  外は雨が降っており、浴室の窓を少しだけ空けていると冷たい空気が体に当たる。

  暖かいお湯と冷たい空気でなんとも言えない気持ちよさだった。


  俺はふと、読んでいたケータイ小説を思い返していた。

  それはよくある、チート異世界冒険譚、序盤に冒険者になって自分の能力ですぐにSランクに上がるものだ。


  最近はそんなものばかり見ていて若干、飽きがきていた。

  でももし、今俺が異世界転移したらという考えが頭をよぎった。

  結局、全裸な時点で詰むなという感想だった。


  その瞬間だった。


  体に当たっていたシャワーが途切れた。

  タイル製の床から急に地面の上にいるような足触りがした。

  さっきまで冷たい空気が入ってきていたのに、今では普通に夏ぐらいの暑さを急に感じた。


「ん? なんだ?」


  俺は急に感覚が変わったことに疑問をもち、閉じていた目を開いた。


  「は?」


  信じられない光景が目の前にあり、俺は周囲を焦りながら確認した。

  急に心拍数が上がってゆく。

  目の前には橋があり、その先には少し大きめの門があった。

  門の両脇には、いつの時代だと突っ込みを入れたくなるような甲冑を身にまとった兵士が2人いる。

  俺は何が起こったのか分からなかった。


  頭の中がフリーズし、しばしの間、動転した。

  やっと落ち着きを取り戻し、現状について考える。


  すぐに異世界転移に思い立った。

  なぜならさっきまで異世界転移について考えていたんだ、逆にすぐに結びつかない方がおかしい。

  でもすぐに不安になった。

  明日からの学校は? 家族は? お金は? ご飯は? 寝る場所は?


  俺はある程度の進学校に通っており、授業を1週間受けなければ、落ちこぼれルートに落ちてしまう。


  そして俺は現実逃避を開始した。

  すぐにありったけの力で自分をビンタする。

  夢の可能性を試した。

  しかし頬が痛い。その痛みがここが現実であることを無情に示していた。

  俺は膝から倒れて四つん這いになる。

  普通に詰みだ。



  なぜなら俺では携帯小説のテンプレが全く通じない。

  よく携帯小説で現実世界のマヨネーズやらなんやらを作って成り上がる奴がいる。

  俺はマヨネーズの作り方なんて知らないし、現実世界の家電製品を一から作れなんて馬鹿らしい。


  現実世界の武器なんてもっと無理だ。銃を打つために、火薬やらなんやらを使うことは知っているが、それだけでどんな構造しているのかなんて想像もつかない。


  そして俺はシャワールームから転移している。

  お分かりだろうが、言葉通り丸腰なのだ。

  ケータイでもなんでも持っていたらそれを売って少しでも足しに出来たかもしれない。

  そんなことも出来ない、スタートラインにすら立てない。


  そしてよくあるチート。 何故か使い方が分かるとか、女神からレクチャーを受けるそんなのが全くない。


  要するに使えない。


  どうやってみんな能力確認しているのだろうか。

  あぁ。詰んだ。本当に詰んだ。

  俺の心は焦りや不安、そんな感情でぐちゃぐちゃだった。

 

「ははは、笑えてくるんな」


  1周回って、笑いがこみ上げてきた。笑いすぎて涙がこぼれる。

  このままじゃ、ろくに生きることも出来ない。

  これほどまでに詰んでいる異世界転移者がいるだろうか。

  明らかにモブキャラ。いやストーリーにも出てこない登場しない死滅キャラだ。


  とりあえずこのまま夜になれば、明日を迎えることができるのかどうか怪しい。


  俺は必死に考えた。

  それはもう本気で考えた。高校の入試より集中したかもしれない。

  そして今現在、俺は門にいる甲冑を纏っている兵士の前で土下座をしている。


  これしかないのだ。

  このままでは生きることが出来なくなってしまう。

  森の中に入って、生活するなんて無理だ。

  どうやって過ごせばいいのかなんて分からない。

  だから必死に土下座をした。


  文化が通じるのか分からない。

  助けて欲しいという気持ちが伝わればいい。


  そう言えば、中学の修学旅行でオーストラリアに行った。 当時、英検2級を取っていた俺はあまり英語に困らないかったが、それでも話しにくいことはあった。 でも身振りで何とか通じるのだ。


  それにかけた、全力でかけた。

  門兵は何事かと俺の方に近寄って来る。


  「ーーーー!」


  案の定と言うべきか、何を言っているのか分からない。 また生きる希望が薄くなった。

  それでも諦める訳にはいかない、帰る方法が分からない今、この世界で骨を埋める可能性もあるのだ。


  「お願いします! 助けてください。これからどうすればいいか分からないんです! お願いします、助けてください」


  俺は涙を流しながら、顔を上げる。

  少し門兵が泣いていることに動揺したのか、全裸なことに動揺したのか分からないがガチャっと甲冑が擦れる音がした。


  俺は頭をもう一度下げる。

  どうすればいいか分からなかった、ただ純粋に不安だった。


  しばらく甲冑の2人はよく分からない言葉で会話をしていた。俺の処遇について話しているのだろう。

  俺は土下座をし続けた。

  数分後に1人の甲冑は俺を肩をとんとん、と叩いた。

 

「ーーーーー?」


  門兵の1人が俺の腕を引いて立たせ、指を門の方に向けている。

  あそこまで歩けるか、そんなニュアンスのような気がした。

  問いかけだったのは間違いない。疑問系の英語や日本語は語尾を上げる傾向にある。


  俺は頷いた。

  無論、異世界なので文化は100パーセント違うだろう。 この頷きだって、肯定の意味をなすのかどうか怪しい。

  それでも俺が一歩踏み出すと、門兵の2人は俺を門まで連れていった。



  俺は今、関所の一室にいる。

  関所かどうかも怪しいけど。

  貫頭衣のような、シンプルな服を甲冑の人に渡された。 とりあえず裸からは抜け出すことが出来た。

  ほんの少しだけ余裕が生まれてくる。

  部屋は簡易な作りで椅子が2つ。窓がひとつだけ。

  俺はここにさっきの門兵につれて行かれた。

  なんとか身振り手振りでここで待つように指示を受けた。



  そして待つこと数時間。

  俺はここでどうなるんだろうかという不安で一杯だった。

  言語も通じない、文化も分からない。

  文明は甲冑と門を潜り、関所までの道のりの中でみた街の様子からは日本のような進んだ文明ではないことは確かだ。

  でも俺は日本でのチートに値するようなものはいくつか思いつくが、肝心の作り方は全く知らない。

  俺はこのまま野垂れ死ぬのか。

  そんなことを考えて卑屈になっていると扉が開いた。

  甲冑を付けた兵が1人、ファンタジー作品での魔法使いよろしくみたいな格好をした30代後半のおばさんが1人、部屋に入ってくる。

 

「ーーーーー 」

「ーーーーー 」


  兵とおばさんが2言、3言話し合うと、おばさんが俺に向かって話しかけてきた。


「ーーーーー 」


  もちろん何を言っているのか分からない。

  独特の音で、どちらかといえば英語に近いような気がする。

  俺は首を振るというのがこの文化では否定の意味に適するかどうか分からなかったので、目を伏せることにした。

  そして否定的に捉えることのできる表情を意識的に作る。

  するともう一度、おばさんと兵が話し合い、おばさんが僕に杖を向けた。

  魔法。 そんな言葉が頭をよぎる。


「~~~~~」


  少しイントネーションが変わったと思う。

  杖の先が白色に光出した。

  俺はびっくりして、椅子から転げ落ちた。


  おばさんは1歩、俺に近づき手を差し出した。


  「私の言葉、分かるかい?」


  俺は衝撃で大きく目を見開いた。

  さっきの魔法のようなエフェクトは本当に魔法だったのか。

  恐る恐る、俺は口を開いた。


  「はい、分かります」


  俺の声は涙声になっていた。

  おばさんの手を貸して貰い立ち上がる。


  「私の名前はズーミーと言うだ。よろしく。お前さんには言語が通じるように魔法をかけた。どうやら異国出身みたいだったんでね、それでお前さんに色々と聞きたいことがあるんだ、答えてくれるね」


  「はい……」


  俺はゆっくりもう一度、椅子に座り直した。

  おばさんは向かいの椅子に座る。


「色々と質問をさせてくれ。あ、念の為に言うが嘘はつかない方が身のためだ。 嘘は私にかかればすぐに分かるからね」


  おばさんは俺を見定めるように言う。

  また魔法か何かで嘘かどうか分かるのだろう。

  盗賊に襲われた、など様々な言い訳は考えていたが正直に言おうと思った。


  「はい、正直に答えます」


  それからいくつか質問をされた。

  俺は一生懸命に質問に答えた。

  訳が分からずに、ここにいること。家族とははぐれてしまったこと。お金がないこと、行く宛もないこと。出来ることならなんでもすること。

  そんなことを質問に答えるついでに相手の信頼を勝ち取ろうと自分のことをあけすけに言った。


  そしてしばらく。

  おばさんは困ったように、目と目の間を摘むようにぐりぐりとすると、大きなため息をつく。


  「どうやら、何かの転移魔法に巻き込まれた可能性が高いね。これは他国のスパイの可能性も低いか」


  異世界から来たかもしれないと言ったが、まるで信じて貰えなかった。

  どうやらこの世界にも少数だが東に黒髪黒目の民族がいるらしくそこから転移魔法で飛ばされたと思われたようだ。

  おばさんは少し言いづらそうに言った。


  「お前さんの待遇についてだが、たぶん奴隷に落ちることになる」


  きっとおばさんの目の前には顔をしかめてしまった自分がいる。

 俺は薄々予想していたことが現実になった。

  奴隷。その響きから想像するのは、生きていても家畜同然の生活である。

  でも死ぬよりはマシだと思いたい。

  それに異国出身のお尋ね者は大体奴隷になるそうだ。

  おばさんは少し申し訳なさそうに続けた。


  「話してみると、異国のスパイの可能性は低そうなんだがね、場所が場所だし、奴隷にするしか他に方法がないんだよ。申し訳ないね。 お詫びと言っちゃなんだが、ちゃんと信用できる奴隷商に話をつけておくから」


  おばさんはそう言うと、椅子から立ち上がる。

  俺はここで、「そんなのは嫌です、何でもしますから奴隷だけは止めて下さい」と言うかどうか迷ったが、結局言ってもしょうがないという諦めで口を開く気にはなれなかった。


  おばさんと甲冑を来た兵は共に部屋から出ていく。

  無意識に伸ばした手が虚空をきった。


  俺の異世界転移は丸裸から始まった。

 

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