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第6話

街で護衛とはぐれてしまった。今日は広場で催し物があるらしく、人が多かったのだ。早く帰らなきゃ…でも、ここはどこ…?私はすっかり道に迷ってしまっていた。困った。どこを見ても見知らぬ人々でいっぱい。護衛を探してキョロキョロするが見当たらない。何だか心細くなってきた。こういう時はどうしたら良いのだろう。そう頻繁にうろうろするわけではない私にはあまり土地勘がない。


「ヴィオレッタ嬢ではないかい?」


呼びかけられて振り返ると人ごみの中にブレンダン様がいた。

ブレンダン・フォロー子爵子息は私の一番初めの婚約者だ。私が初めて恋した人であり、私を一番最初に裏切った人。当時婚約を交わした当初は「この人と結婚するんだ!」って疑ってなくて、その優しい仕草にときめいたりもした。容姿もそれはもう麗しい人で、綺麗な金の御髪にキリッとした緑の瞳の美男子。誰もが羨む美男子で、「こんな素敵な人が私の婚約者だなんて夢みたい!」と有頂天になったものだ。全てまるっとクリステラに奪われてしまったけれど。


「ブレンダン様…」

「久しぶりだね。」

「ええ…」


私はどんな態度をとっていいかわからない。声をかけられてちょっと戸惑ってしまう。

捨てられた当時は未練もかなりあったし、恨んではいたけど、今は全然『執着』していない。今はもう裏切った前例のあるどうでもいい人と思っている。どうでもいいブレンダン様に気持ちを割くよりロレンスの方が大切だし、執着もしている。ブレンダン様は今の私にとってやや嫌いな人寄りのどうでもいい人だ。


「どうしてこんなところに?護衛は?」

「少しはぐれてしまって…迷子です。」


正直に述べるとブレンダン様は笑われた。


「じゃあ、ちょっと広場の催し物でも見ていかない?付き合ってくれたらちゃんと送ってあげるよ。」


少し戸惑いながら頷いた。

広場は半円形の舞台セットがあり、周囲にまばらに椅子が配置されてる。客席も立見席もあるような塩梅だ。周囲はとても混雑している。

今回の広場の催し物は大掛かりな手品であるようだ。舞台セットの中心にはマジシャンが立って、口上を述べた後手品を始めた。最初はくるりくるりと掌からハトが出てくるくらい。飛び立っていく白いハトが見た目にも華やか。色んな手品があって大トリは箱の中に入った手品師が、助手の女性に箱の上から剣で刺されたり、箱を切断されたりするようだった。手品は大成功。人々はおひねりを投げている。私も自分のお財布からおひねりを出して投げた。

手品はお世辞抜きに素敵だった。人々の熱狂も伝わってきてほのかに心が温かい。


「皆様。本日の手品はお気に召していただけたでしょうか?もしお気に召していただけたのなら来月の5日~10日に秋月ホールで行われるショーにもいらしてください。大脱出ショーなどを行う予定です。チケットは…」


どうやら今日の催しはショーの前宣伝であったらしい。興味を持った人間ならチケットを買うかもしれない。私は多分行かないと思うけれど、良い宣伝だったとは思う。きっとホールで行われるショーではもっとすごいことをやるのだろう。


「面白いショーでしたね。」

「ええ。切断した時ははらはらしてしまって…」


ショーの感想を述べあう。ブレンダン様と会話…というのは微妙だったがショーの感想を言える相手がいるのはいい。とても面白いショーだったから。


「少し歩きませんか?」

「私、家に…」


帰りたい。ブレンダン様と一緒にいる時間はあまりとりたくない。


「少し遠回りするだけです。」


ブレンダン様が歩き始めたので、仕方なく私も歩き始める。そもそも家の場所がわからないのだ。置いてきぼりにされるのは心細い。街の風景を眺めながら歩く。この辺はちょっと長閑な感じ。賑やかな王都では珍しい風景だ。家の縁側でお爺さんなどが昼下がりの昼寝を楽しんでいる。こういう風景は何となく好きだ。平和そうな感じがして。護衛とはぐれて迷っている時でなければ風景を楽しみながら散歩でもしていたと思う。


「ヴィオレッタ嬢…」


ブレンダン様が声をかけたので視線を向けた。


「僕は後悔しているのです…何故あの日クリステラ嬢の手を取ってしまったのかと…」

「……。」


そんなこと今更言われても困る。ブレンダン様はもうクリステラの手を取ってしまったのだし、今の私の心はロレンスのものだ。


「あなたの手を離さなければ良かった。一時の気の迷いで、永遠の愛を失ったことを後悔しているんです。あなたの手を離さなければ、今日のようにあなたと笑い合って催し物を見て、今みたいにのんきに散歩をする。……そんな未来があったのではないかと。」

「……それは、仮定の可能性の話です。ブレンダン様はクリステラの手を取りましたし、私とは決別した。クリステラに飽きられた後にそんなことを言われても…」


クリステラと相愛の内に目が覚めたのならまだしも…

しかもブレンダン様の家はクリステラから捨てられた後賠償金を要求した家だ。いい感情は持てない。当時のことを思い出して嫌な気持ちになる。


「そんなつれないことを仰らないでください。あなただって、僕と別れる時は『捨てないで』と泣いてくださったじゃないですか。」


古傷にぶすぶすナイフを差し込まれ、じくりと膿んで傷んだ。そりゃあ、当時は追い縋って泣いたよ。私の心はみんなブレンダン様に捧げていたのだから。それを汚れた靴の裏で踏みにじって蹴とばすように砂をかけてくださったのはブレンダン様じゃないですか…

私があんなに泣いて「ブレンダン様をお慕いしているのです…!」と言ったのに「僕はクリステラを愛してしまったんだ。」と平然と言ってのけたではないですか。クリステラと手を握り合いながら微笑んで。


「僕たちはやり直せると仰ってください。」


ブレンダン様に引き寄せられた。今の私にとってブレンダン様は過去に私を傷つけた人。好きな人ではない。私の心はロレンスのもの。

あのころ渇望したブレンダン様の熱っぽい瞳は今や恐怖しか呼ばない。


「い、いやっ…!」


自分を庇うように手を顔の前で交差させる。ブレンダン様はその手を払って私に顔を近づけた。


「愛し「触んな。」」


声が割り込んできて、ロレンスが私を抱き寄せた。


「触んな。これはもう俺のだ。失せろ。」


私がぎゅっとロレンスに抱きつくとブレンダン様は何も言わずに踵を返した。


「帰るぞ。」


ロレンスに手を引かれた。

ロレンスは何も言わなかった。

何だか沈黙が怖い。


「ロレンス…怒ってる…?」

「当り前だろ。」


答えはにべもない。


「ごめんなさい…」

「何に謝っている?隙を見せたことか?それともあの男に心揺らされたことをか?」

「…………傷付いたこと。」


ブレンダン様に傷を抉られて当時の悲しかった思い出が膿んだ。思い出して傷付いた。ときめいた意味では心揺らされなかったが、全くどうでもいい人でいられなかった。


「……俺だって28歳まで生きてる。過去に全く女の影がない潔白です、なんて言えやしない。お前がどういう過去を抱えててもいい。でもな、全部俺が塗り替えるから、これから先の未来、俺だけを見てろ。もう振り返るな。傷は俺が癒してやる。全部だ。」


相変わらずの俺様発言なのに、妙に心に響いて、泣いてしまった。感情が動かされた。平たく言うと感動したけどなんだか言葉にすると安っぽい。ただ突き動かされる感情のままにわあわあ泣いてしまった。ロレンスに抱きしめられてそのシャツにたっぷり涙を吸わせた。


「もっと泣けよ…お前の心ん中、俺だけにしてやる。」


ぎゅっとしがみついた。ロレンスという存在がじわっと心に染みる。


「ロレンス…」

「なんだ?」

「すき…」


ロレンスはガシガシと頭を掻いた。


「…それは反則だ。」

「だめ?」

「俺は『待て』が上手くないから、結婚するまではダメだ。」


ロレンスを想うと、一緒にいると、ほの甘く胸がときめく。やっぱり好きだ。

ロレンスはなんだか悶絶しているのだけど。



***

ロレンスは私よりも先に、街で血眼になって慌てている私の護衛の方と出会ったらしい。何事かと聞いて慌てて、手分けして探していたようだ。護衛と出会った時護衛は真っ青で今にも倒れてしまいそうだった。心配かけてごめんね…




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