第4話
…………いや、美男であることに間違いないよ?エレオノーラ様が仰っていたような野性的な雰囲気のある美男だ。ワイルド系の美男子です、はい。
アッシュブラウンの御髪に、琥珀色の瞳ですね。はい。
……見間違いでなければロレンスなんだが…。
今日は髭を具合よく整えて品が悪くならないようにしている。パチッと目が合うとズンズン近付いてきた。
「見つけたぞ、ヴィオ。俺が探してるんだから、さっさと現れろ。気が利かんな。」
男らしい声も、俺様な言い分も酒場にいるときとほぼ変わらないロレンスだ。
「ロレンス……?」
「なんだ?見違えたか?惚れなおしても構わんぞ?」
「な、何故、惚れ『なおす』なんですか!?まるで私がロレンスに惚れていたかのような言い草ではないですか!」
カッと赤くなる。
「ん~?ヴィオちゃんの可愛いお耳は飾りかなあ?『俺がお前に惚れてんのに、お前が俺に惚れてないなんて許さん』と言ったはずなんだがなあ?」
耳を引っ張られた。
「痛いですわ。止めてくださいまし。」
パシパシ手を叩くと耳から手を離してくれた。
「お前は俺に惚れてるんだ。」
「そ、それは…」
「惚れてるだろう?」
……なんて強引な!
「着飾ったヴィオもあれだな…中々可愛いぞ?」
「……有難うございます。」
なでなでと撫でられた。そりゃあ褒められるのは嬉しいけどさ。クリステラには及ばないけど、頑張ってお洒落したし。
ロレンスもタキシード姿素敵かな。いつもと違う格好もいいかも…
「ロレンスは貴族だったんですの?」
「俺は爵位付き計算機だ。」
「は?」
「爵位を持ってる計算機だ。城で延々と税の計算をしている。社交とかはほぼしていない。貴族の流儀にはちと疎い。」
ロレンスの身分が明らかになった。計算事を主にこなしている宮内貴族であるらしい。見た目こそきちんと整えているが、「貴族らしさ」とはてんで縁のなさそうな態度ではある。社交とかしてなくても貴族として成り立ってるからには、本人が相当有能なのだろう。
「今日はヴィオを探すためにここに来た。驚かしてやろうと思ってな。」
「…驚きましたわ。」
ロレンスはニヤッと笑った。
「まあ計算機だが爵位は付いてるから、安心して嫁に来い。」
「急に、そこまで思い切れないのですけれど…」
ロレンスが迎えに行くって言ってたから一応そのつもりではいたけれど…急に「嫁に来い」と言われて、すぐさま「喜んで」と言えるほど思い切りは良くない。
「俺はお前に惚れている。お前は俺に惚れている。お前の家はお前を政略に使うのは諦めた。俺は爵位持ちの貴族。どこに迷う必要がある?それとも物語のような山の一つもないと嫁には来られないとでもいうつもりか?」
「そ、そういうわけでは…」
「なら黙って、飛び込んで来い。」
ロレンスが腕を広げた。均整の取れた身体を包むまっさらなタキシード。私はおずおずとロレンスの胸に掴まった。ロレンスが私の腰に手を回して抱きしめた。キャーっというご令嬢たちの歓声が聞こえる。
ああ、今日はなんて日だろう。世界がひっくり返されたようで落ち着かない。ロレンスは私を抱きしめてご満悦だけど。
「お姉様、その方はどなた?」
小鳥のように可愛らしい声が聞こえて身を強張らせる。ロレンスが私を放してくれたので、クリステラに向き直った。
「ロレンス…様、妹のクリステラです。クリステラ、ロレンス・トトカルテ侯爵閣下よ。」
「初めまして、クリステラ・マルメルです。ロレンス様みたいな素敵な殿方には、初めてお会いしました…」
クリステラは頬を赤らめて瞳を潤ませた。人は乙女の顔だというけれど、私は密かに『雌犬の顔』と呼んでいる。露骨に男性に媚びを売る顔。大体「○○様みたいな素敵な殿方には、初めてお会いしました…」って、少なくとも6回以上は繰り返してるんだけど、お前の『初めて』は何回あるんだ?
「ロレンス・トトカルテだ。」
ロレンスはしげしげとクリステラを眺めた。ロレンスもあの婚約者たちのような熱に浮かれた瞳になるのだろうか。私よりクリステラを求めてしまうのだろうか…なんだかとても嫌な気持ちだ。さっきみたいに世界をひっくり返されてどこか高揚する気持ちとは違う、全ての勇気という勇気が萎んでいく…そんな気持ち。
ロレンスは私を見て顔を顰めた。むにっと頬を摘ままれる。
「ヴィオ。その顔は止めろ。負け犬の顔だ。可愛くない。魅力半減だ。お前の俺を信じて堂々としてろ。」
負け犬の顔……自分ではわからないけど、大変好ましくない表情をしていたようだ。
「あと、俺に『様』はつけるな。お前に『ロレンス様』とか呼ばれるとむずむずする。」
「…はい。…ロレンス。」
「いい子だ。可愛く笑え。上手に出来たらキスしてやるぞ。」
「な、何を…!」
私は顔を真っ赤に染めた。
「その表情も結構イイけどな。」
無視されて面白くないのがクリステラ。ぷくっと頬を膨らませて、ロレンスの腕を叩いた。
「なんだ?クリステラ嬢。」
「私にもご褒美くれますか…?ロレンス様。」
「クリステラ嬢は先ほどから連れの男性を放置しているようだがいいのか?俺は野郎の嫉妬は受けても嬉しくない。クリステラ嬢の顔はいっぺんくらい見てみたいとは思っていたが、もう満足したから、どっかいっていいぞ?」
ロレンスらしい率直、且つ、あんまりな言い草だ。ちょっと笑えた。まだロレンスの心は奪われていない…
クリステラの後ろには射殺さんばかりの視線でロレンスを睨んでいる男爵子息(クリステラの今の恋人)が…
「また…お会いできますよね…?」
潤んだ瞳でロレンスを見つめるクリステラ。
「クリステラ嬢がヴィオの家族な以上、嫌でも顔を合わせるだろうな。」
「また…お会いできる日を楽しみにしています…」
クリステラは引いてった。
「ヴィオレッタ様、ロレンス様とご結婚なさるの?」
キャロル様が興味津々と言ったふうに聞いてきた。
「えーっと…?」
ロレンスを見たら頷かれた。
確かに躊躇はするけど、待ってたし、ロレンスとの結婚が嫌という気持ちはない。
「するみたいです。両親に反対されなければ。」
みんながキャーっと盛り上がった。ロレンスを交えてお喋りを楽しんだ。
ロレンスはミーハーなご令嬢たちも上手に転がしていた。