第2話
「ロレンス。遂に6回目の婚約解消よ。噂を聞くのが怖いわ。」
「寝取られの達人の姉。寝取りの達人の妹なんて言われてるかもな。」
ロレンスがニヤッと笑った。男くさい無精髭がぼうぼうの口元が意地悪くゆがんでいる。
「寝取られ…。まだ…流石のあの子も寝てない……はずよね?未婚令嬢だし。」
「知らんな。」
ロレンスがニヤニヤ笑ってエールを呷った。
ここは王都の一角にある小さな庶民向けの酒場だ。私はお酒は苦手だけれど、ここの料理は美味しいし、人々がなんとなくワイワイしているのを見るのは好きだ。お忍びルックで護衛をつけてきているが、護衛はここの蜂蜜酒が大好物で、ここに来る度一人でまったり飲んでいる。職務中ですよ!私も羽を伸ばしに来ているのだし、そんなにきつく注意はしないけれどね。
庶民向けとはしてあるが、やや富裕層向けの酒場で、商人なんかの客層が多い。その中でお忍びとはいえ「良いところの嬢ちゃん」であることが隠せていない私と、「身なりのボロッチイ男」であるロレンスは少し浮いていた。しかしロレンスが注文している品の中には結構なお値段するものもあるし、見た目通り生活が苦しい男性と言うわけでもないようなのだ。中々美形ではあるし、可愛いお嬢さんかご夫人に貢がせて飲んでるのかしら…?と疑ったこともあるが、口は悪いのだが、性格の方はあまり悪くもなくて、そういうことをしそうな男には思えない。不思議な男性である。私の方は貴族令嬢なことはバレているだろうし、ロレンスには隠していない。
「ヴィオは結構可愛いのにな。直ぐに目移りするほど妹ってのは可愛いのか?」
「そうね。控えめに言って絶世の美少女でしょうね。」
「ほっほお。そいつぁ、俺も興味があるな。」
「あなたが私のものになってくれるなら嬉々として奪いに来てくれるんじゃないかしら?」
「ふうん……」
ロレンスはじろじろと私を見た。
「それも悪くないな。ヴィオ。俺のものになれ。」
「逆ですわよ。」
「変わんねえだろ。ヴィオが俺のもので、俺がヴィオのものになるなら。」
ロレンスはつまみの甘辛く煮た肉を噛んでいる。
私も同じお肉をレモン水と共にいただいている。ほんのりピリリとした香辛料が利いていてたまらなく美味しい。
「うーん…ロレンスのことは嫌いではないし、自由に選んでいいとは言われたけど、立場的なものもあるしなあ。」
ロレンスは格好良いし、性格も良いし、恋愛的にどうかと言われればありではあるけど。
ロレンスのものになる…と思うとキュンと胸にときめくものもあるが…
私は平民の妻になれる気はしないのだよ。
「なんだ。本気で悩んでたのか。」
「…………冗談でしたの?」
微かに頬が赤らむ。冗談真に受けるとか…私ばかみたいじゃない。
「いや、冗談じゃなかったことにしよう。そのうち迎えに行くからいい子にしてろよ。」
「もう信じません。」
「拗ねるなよ。」
ロレンスが私の頭をポンポンと撫でた。ロレンスなあ…居心地のいいロレンスとの空間までクリステラに略奪されたら流石に凹むかも。ロレンスは「俺のものになれ」って言ったけど、それも「クリステラが見たいから」らしいし。きっと容易く略奪されちゃうんだろうな。
これだから男は。ちょっと顔の可愛い女の子にチヤホヤされるとすぐにのぼせ上っちゃうんだから。
ラモン様の春もあと数週間で終わりだというのにね。いい気味だわ。
出来ればクリステラの方もいつか何かの報いを受ければスッとするだろうなあ……なんてことを考えている私の性格は悪い。私はあまり善良なタイプではない。酷く性格が歪んでるわけでもない。ごくごく普通の人を愛したり憎んだりする女の子だ。
「なんつーかよ、婚約者へのクッキーが上手く焼けずに凹んだり、夜会で瞳を褒められたって喜んだり、妹に大切なもん盗られたって言って泣いたり、下らねえ話に笑って相槌を打つ、そういうヴィオの傍は居心地がいいっつーか…可愛いと思ったりするわけよ。」
「きゅ、急になんですの?」
急に褒められても反応に困る。
「ばか。口説いてんだよ。」
「……。」
「飾った言葉はうさんくせーから、率直に言うが、俺は結構ヴィオが好きだ。もっと好きになると思う。」
「……ありがと。」
「だからお前も俺に惚れろ。俺がお前に惚れてんのに、お前が俺に惚れてないなんて許さん。」
「なんですの!?その俺様理論…!!」
それは絶対口説き文句じゃないと思うよ!
「ぐだぐだ言うな。俺だけ見てろ。」
この俺様はああああ!!ぷいっとそっぽを向いた。ロレンスは「くくく…」と笑った。私の頬が林檎みたいに真っ赤だからだ。ちくせう。
俺様も嫌いじゃないんだよね…ロレンス格好良いし。ワイルド系って言うか、精悍な見た目で。悲しんでると優しくしてくれるし、喜んでると一緒に喜んでくれるし。私も結構好きよ。もっと好きになったら……どうしよう。ロレンスの立場が分からない。商人には見えないけど、完璧な平民と言うには金遣いが荒い。高貴な身分と言うにはいささか品に欠け、かといってマナーを知らないわけじゃない。金目当てで結婚相手探してるわけじゃないけど、クッキー焼くのにすら四苦八苦していた自分を思うと、少なくとも使用人を雇える身分じゃないとお嫁入りするのは難しそう。商人でも裕福ならそれなりにいい暮らしが出来ると思うけど、商家の勉強はしてないから、その場合私が完璧なお荷物に…
ああ…言い寄られるのは嬉しいけど悩ましい。
くだらないこと考えずに、まっすぐロレンスの腕に飛び込んでいけたら…と思うけど。
悩ましい。