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第1話

屋敷の薔薇園のベンチの上で情熱的に見つめあう青年と少女。少女は少し嬉しそうにはにかみ、青年の方は熱を灯した瞳で少女を見つめる。

そして二人の唇はゆっくりと近づき、濃厚な接吻を交わした。

私はそれを見て、思った。

ああ、クリステラ…また私のものが欲しくなったのね…


青年とはすなわち私の婚約者であるラモン・ドラン伯爵子息だ。少女の方は私の妹、クリステラ。

クリステラは私の全然似てない双子の妹。クリステラは何でも持っている。美しいプラチナブロンドに青い瞳。鼻はすっと鼻筋が通り、ぷっくりした唇は果実のような桃色。肌は滑らかなミルク色。華奢な佇まいは妖精の様に可憐であり、咲き誇る薔薇さえ恥じらいそうな美しい容姿の少女。当然両親からの愛情もひとしお。彼女にはとある悪癖がある。「姉であるヴィオレッタの持つものは『私が持つものよりも素晴らしいに違いない』と思い、欲しがってしまう」と言う癖だ。典型的な「隣の花は赤い」現象である。平等に切り分けられたケーキの皿で「ズルい!お姉様のケーキの方が大きい!」と言って交換を要求したり、「お姉様の持っている人形の方が可愛い。頂戴?」と要求したり。小さな頃はそれくらいの我儘で済んでいたが、年頃になると「お姉様の宝石の方が素敵。交換して頂戴。」と夜会直前に言い出してみたり、『私の婚約者』を欲しがってアグレッシブに略奪しに行ったり。しかもクリステラの悪いところは、飽きっぽいところ。一度手に入れたものには執着を見せないところ。私の人形を手中に収めても一週間もすると飽きて、道具箱の隅に放置される。『私の婚約者たち』もクリステラの愛らしい容姿に篭絡されたが最後、数週間後には捨てられる宿命さだめにある。妹が私の婚約者を略奪するのは実に6回目である。飽きて用済みになると「もう愛は無くなっててしまったの」とあっけらかんと言うクリステラに流石に両親も頭を抱えている。叱ってもいるが、クリステラは叱られると泣いて「もうしない」と誓うのに、同じことを何度も繰り返す。貴族の婚約が存外に脆いものと言うのは常識ではあるが、そうコロコロ替わられても困る。両親に「クリステラに捨てられた婚約者と再縁を結んでみてはどうだ?」と勧められたが「よりにもよって婚約者の妹に心変わりする男性を夫にいただかねばならないのですか?」と聞くと黙ってしまった。妹が可愛くて仕方ない両親ではあるが、私のことも捨て駒と思っているわけではない。

ラモン様は近日中に私との婚約解消を申し出てクリステラと婚約したいと望むだろう。

すぐにクリステラに飽きられるとも知らずにラモン様は幸せな愛に浸っている。

ああ馬鹿馬鹿しい。

クリステラのおかげで我が家は不実な婚約を結ぶ家としてちらほらと名前が挙がってきている。不誠実な家のレッテルを貼られようとしている。両親は焦っているが、クリステラは家の事情になど頓着しない。我が道を進んでいる。



***

「すみません。ヴィオレッタ嬢には一点の汚点もない。しかし…しかし…僕はクリステラを愛してしまったのです。」


案の定ラモン様は私との婚約解消と、クリステラとの婚約を、私と私の両親に申し出た。


「ごめんなさい、お姉様……私、ラモンを愛してしまったの…」


クリステラが大きな瞳一杯に涙を溜めて、詫びる。あんたこれ何回目だと思ってんのよ。ごめんなさいじゃねーよ。と思うが文句を言うのはぐっとこらえる。


「ラモン殿、短慮はいかん。そういうことは一度冷静になって…」


お父様がラモン様を止めようとする。


「短慮なんかじゃありません。僕のクリステラに対する愛は本物だ。」

「そうよ、お父様。私たちの愛は本物だわ。それに家同士で結ぶ政略なら私でも良いではないですか。」

「わかっているのか、クリステラ。お前は実の姉の幸福をもごうとしてるのだぞ。」


お父様が苦々し気に言う。


「クリステラを責めるのはやめてください。ただ僕たちは真実の愛に気付いてしまっただけなのです。もしクリステラと結ばれなくても、これから先、永遠に、僕の心がヴィオレッタ嬢のものになることはないでしょう。僕とクリステラは一対の羽。他の誰にも代えることなどできはしない。」


すっかり自分たちの愛に酔っているラモン様が熱心に言い募る。


「お父様、私本気なの…本気でラモンを愛しているの…」

「クリステラ…」

「ラモン…」


もう二人だけの愛の劇場である。失笑だね。私はあっさりと姉の婚約者を略奪した妹にも、あっさりと妹に心移した婚約者にも冷たい瞳を向ける。


「ラモン殿のご両親はこの事をご存じなのか?」


父がラモン様に尋ねる。


「勿論です。婚約者が姉から妹に変わっただけ。それなら問題ないと…」


ご両親にもきちんと根回し済みか。


「ラモン殿……貴殿はきっと後悔する…」


お父様が断言した。


「後悔などいたしません。クリステラと唯一の愛の道を進めれば…」


ラモン様が言い切った。


「ヴィオレッタはどうしたい?」


お父様に尋ねられた。


「私は容易く他の女性…しかも婚約者の妹に心移す男性は遠慮したいです。」


お父様は溜息をついた。


「ラモン殿。貴殿がそうまで言うなら一つの条件を飲んでくれれば、ヴィオレッタとの婚約解消も、クリステラとの婚約も認める。」

「おお。して条件とは?」

「貴殿とクリステラの真実の愛が脆くも崩れ去ったとしても我が家に責任は問わないでほしい。私たちはもう関知しない。クリステラと二人で行く末を決めてくれ。」

「侮らないでください。僕らの愛は永遠不滅です。」

「ならば条件を飲んでくれるのだね?」

「当り前です。」


これはお父様の張った『保険』。一番最初の私の婚約者をクリステラが略奪して、婚約を結び、相手に飽きて捨てた際には相手の家から多額の賠償金を求められてこじれた。もうそういったことが起こらぬように保険をかけているのだ。

後日相手の両親も交えて話し合い、ラモン様は正式にクリステラの婚約者となった。



***

「クリステラが悪いのだろうとは思うけれど…ヴィオレッタはきちんと婚約者を盗られない努力をしているかい?」

「人並みに気を引けるよう頑張ってみたつもりです。」


手作りで焼き菓子を焼いてプレゼントしてみたり、つたない恋文を綴ってみたり。頻繁に顔を見せて、笑顔を向けていたはずだ。

ラモン様とクリステラは誰憚ることなくいちゃいちゃしている。

ラモン様、いくら私が尽くしてもあんなデレデレする姿などお見せにならなかったのに。

とてもむなしい。


「ヴィオレッタ……僕らはお前を政略に使うのは諦めるよ。どうやらそれは良くない結果しか産まないようだから。折角だから自分で納得のいくお婿さんを探してみると良い。」

「はい…」


婚約するたびに略奪されていたらまともな政略にならないものね。同時にクリステラを政略に使うのも諦めてはいるようだ。あの子は奔放すぎる。

我が家は家に残った方の子に婿を取らせて家を継がせるつもりでいる。現時点では私が残るか、クリステラが残るかわからない。


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