赤子の乗る観覧車
一応まじめに書いたつもりです
「ね~んねんころりよ~」
街灯の少ない暗い夜道を1人の女が歩いていた。時折見かける灯はどれも消えかけ点滅を繰り返している。数少ない光源であるためか蛾や小さい虫が覆いかぶさり、光を汚す。
女は腕には何かを包んだ布を抱え、とある場所を目指し歩いていた。手に抱く愛しき我が子をあやしながら揺らさないように進んでいく。
「ね~んねん……もう寝ちゃいましたかね?」
布の中身からの返事はない。
その反応に満足げに女は微笑むと肩にかけていたポシェットかたある紙を取り出す。
カラフルに書かれたその紙はまるで地図のようであった。だが、それは目的地の中身を表すものであって、目的地までの指針を示してくれるものではない。
だが、女にはどこを行けば、どの道を進めばここに着くのかが分かっていた。
記憶力や知識、直感や偶然というものではない。
それは母の愛とでもいうような彼女だけが持ち得る力であった。ただし、狂気的な愛ではあるが。
「ね~んねんころりよ~」
裏野ドリームランドの閉演が決まり、入場ゲートの警備を担当していたで窯焦は次の就職先に悩んでいた。もともと裏野ドリームランド自体に就職したかったわけではない。数打ちで就活していたうちでここでしか雇ってもらえなかっただけなのだ。思い入れはないが、感謝はしていた。廃園に伴い解雇となってしまってはもうどうしようもないが。だが、ここでしか雇ってもらえなかったがゆえにここ以外で働ける自信も、それどころか雇ってもらえるかも期待できない。
ため息をつきながら、廃園となった裏野ドリームランドを窯焦は見つめる。
先日、ジェットコースターが崩落したために廃園となったと聞いてはいたが、それ以外にも副社長が失踪しただとか子供が行方不明だとか、きな臭い噂がたっている。
これはどちらにせよ廃園になっていたかもなと窯焦は1人思いにふけていると
「あの~」
と、声がかけられた。しまった、仕事中だったと窯焦は自省する。
「はい。ご入場ですね!」
閉園が決まったとはいえ、まだ閉園したわけではない。数日だが彼には仕事が残っている。
声をかけてきたのは妙齢の女性であった。赤子を抱いているのだろうか。丁度そのくらいの大きさの布を腕に抱いている。
ちゃんと化粧をすれば美人なんだろうな。そう窯焦は思った。目の下にはクマが出来ており頬はこけていた。服はワンピースを着ているがよれており、ところどころ汚れていた。それでもなぜか香水だけはしっかりとつけられており、それがアンバランスな女性の魅力を引き出していた。
「この子の分はどうすればいいですか?」
また考え込んでしまっていたようだ。窯焦はハッと我に返ると、
「小学生以下のお子様は無料となっております。お客様の分だけで大丈夫ですよ。それと申し訳ないのでが、先日の事件でジェットコースターはご利用にできないのですが……」
「ふふふ。この子がいるから私は載れませんよ」
「あ、そうでしたね。……すみません」
「ふふっ」
クスクスと笑う女性を見て窯焦は緊張していた。相手が美人であったからというのもあるが、なぜか女性の仕草一つ一つから目が離せなかったのだ。どこか気品がある仕草に、疲れた女性の表情すらも儚げなものへと思えてくる。
女性は窯焦の案内のもと、チケット売り場へと向かって行く。
「……将来はあんな人と結婚したいなあ」
将来どころかこのままだと近い未来、無職になってしまうことをすっかり忘れて窯焦は立ち尽くしていた。
「さて、では観覧車に乗りましょうか」
チケットを買い、ゲートから遊園地内に入ると女は他のアトラクションを見ずに観覧車へと向かう。途中には崩れ落ちたジェットコースターの破片が散り、周囲にはロープで囲まれていた。しかしそのような異物を目にしても彼女の足は止まらない。まるで吸い寄せられるように観覧車へと向かうのであった。
観覧車とは全アトラクションの中でも最も高所まで移動できるものであり、それでいて低速での回転であるため高所にいるという恐怖感を与えず、ゴンドラという密室でカップルや夫婦、友人だけでの時間を過ごすことができる。
もちろん、扉を閉め忘れたり、設計の甘さでゴンドラが外れたりとすればとてつもない高所からの落下が待ち受けている。それは死と同等の意味を持ち、逃げることは許されない。
赤ん坊と乗るんだな、と観覧車を案内していた係員は思いながら女をゴンドラに乗せる。珍しいことだが、全く無いことではない。
女は礼を述べた後、ゴンドラに乗り込み地上を離れていった。
「ね~んねんころりよ~」
誰もいなくなったところで女は歌いだす。腕に抱いた赤子をあやすように揺らす。
気分よく歌っているとすぐに観覧車は一周してしまった。
「それにしても私はなんでここに来たかったのでしょう。さあ次は何に乗りましょう! ……あら?」
なぜ観覧車に乗りたかったのか。一体何に導かれてここにやってきたのか。その謎は残ったままであった。数日前、彼女の脳内に裏野ドリームランドへ来てという声がしてやって来たのだが、まるで何も起こらない。
何事もなかったのならこのまま少し遊んで帰りましょうと思い、ゴンドラの扉に手をかけたのだが、ちっとも開こうとしなかった。
『キャキャキャ』
『ダー』
『マーマー』
何やら赤子の声がした……ような気がした。
女はふとワンピースの裾を引っ張られる感触を感じる。
「……? あらあら」
そこには不可視の、見えないがなぜか姿形は赤子だと分かる生き物がいた。
四つん這いで移動し、小さいながらも元気に這いずり回る様子に女は微笑みかける。
「こんにちは赤ちゃん。私の赤ちゃんのお友達になりにきたのかしら?」
この異質で異常な状況でも女は自分のペースを崩さない。いや、これを何事もなく受け入れ、異常を異常だと思っていないのかもしれない。
自分の赤子を抱いたまま、女は下にいる何かに向け話しかける。
「私を呼んだのはあなたたちかしら? いえ、あなたたちが話せるわけないものね。他に誰かいるの?」
女を呼んだ声は舌足らずであったが、赤ん坊ではなかった。こう、もう少し成長した……
『ええ、あなたを呼んだのは僕です』
赤子に混じり少年……と呼ぶにはまだ幼い男の子が現れる。こちらは不可視ではなく、ちゃんとした存在感がある。5歳ほどだろうか、その割には落ち着いた雰囲気を出し、女を見ている。
「私に用? ええ、いいわよ」
女はくるくると回り出す。何も恐れない。例え目の前にいるのが怪奇現象の類であっても。
幼児は女の様子に不安げに眉を寄せると、しかし後戻りはできないとばかりに話し出す。
『あなたが僕たちのような存在を認識してくれることは分かりました。僕たちのような存在は普通では見えない。何か、心を病んでいたり、あるいは生まれつきの才能が無ければ。きっとあなたには才能があるのだと思います』
「ふふ。照れちゃうわ」
『僕たちはいわゆる捨てられ子です。出生を認められなかったもの、生まれてすぐに親に放置されたもの、殺されたもの、僕は虐待のすえに家から放り捨てられましたね』
「それは可哀想」
『まあ恨んでいるかと言われれば恨んでいますよ。だけど時間が経ちすぎました。もう10年以上前のことですから』
幼児はそう言って苦笑する。同情を誘うような笑い方であり、女も可哀想な眼で幼児を見ていた。
「でも、どうしてこんなとこにいるのかしら?」
『ここはこの辺で一番高い場所です。僕たちはあの世に行こうとしてここに来ました。……だけど、ここは高い場所であってあの世ではありません。結果、ここに来たっきり何もできなくなりました。他の子たちはここからあの世に行けないってことが分からないらしくて動こうとしないんです』
「あなたがこの子たちの面倒を見ているのね。偉いわ」
『いえ……僕が一番年上なだけですよ』
そう言って幼児は頭をかく。照れているのだろう。
『それで……僕の、僕たちのお願いなのですけど、僕たちを一緒に連れて行ってくれませんか? この子たちの母親代わりになってくれませんか? そうすればこの子たちもここから出てきてくれるはずです。今度はちゃんとした場所で、ちゃんとした除霊をされてあの世へと行きたいんです』
幼児は頭を下げた。深く、丁寧に。
「いいわよ」
幼児の身体を温かい何かが抱きしめる。顔を上げるとそこには女がいた。
「その代りなんだけど……さっきも言ったけど私の赤ちゃんのお友達になってくれるかしら? この子、私がいないと何もしようとしなくて。あなたたちがいればこの子もきっといい子に育つと思うの」
そう言って女は赤子を包んだ布ごと差し出す。
『はい。そのくらいでしたら。みんないい子たちです。きっと友達になってくれるでしょう』
幼児はそう言って赤子を受け取ると包んでいた布を外す。これから下手をすれば長い付き合いになるかもしれないのだ。まずは顔を覚えてもらわなければならない。
『よろし……く?』
布の中身は痣だらけの赤子であった。生きてはいないだろう。呼吸はしておらず胸の動きもない。わずかに腐りかけており、顔を近づけると腐敗臭がする。
『こ……れは!?』
「あら? 私の赤ちゃん、もうこんなになっちゃっていたのね。まあいいわ。だって」
女は不可視であったはずの赤子を受け入れるように手を広げる。
赤子たちはまるで自分の母親を見つけたかのように近寄っていく。
『みんな逃げろ!』
「みーんな私の赤ちゃんになったんだから」
次の瞬間には、近づいた赤子全てが女の腹へと吸い込まれていった。ブラックホールのように、異次元空間のように。
「ふふふ。みんな私の中に入っていった」
そこで幼児は目の前にいる人間であるはずの女の異常さに気づく。自分達こそが死後もこうして幽霊として動いているからそれ以上の異質なものはいないと思っていた。それも生きた人間には。
『……何者なんですか、あなたは』
「私? 私はあなたたちのお母さんよ。ほら、あなたもこっちにおいで」
頭の中では行ってはいけないと分かっている。だが、身体は勝手に歩みを進める。女に近づき、腹に吸い込まれていった他の赤子たちがどうなったのか分からない。だが、恐ろしい目に合うのだろうとは予想がつく。
『たす……け……て』
それが幼児の最後の言葉であり、幼児が女の腹に吸い込まれていったと同時にゴンドラの扉が開いた。
「うふふ。さあ行きましょ、私の赤ちゃんたち」
落ちていた赤子の死体を拾い、自分の腹をさすりながら女は観覧車から降りる。
そこには疲れ切った顔の女はいなく、誰もが振り向くような容姿の女がいるだけであった。
「ね~んねんころりよ~おころりよ~」
女は歌いながらどこかへと去っていった。どこか楽しそうに。幸せそうに。
観覧車にそれ以降乗った者はいない。女の後に客は観覧車には訪れず、ただ閉園まで回り続けるのみであった。
ちゃんとホラーしてましたかね?
これで残るは1つだけ。今まで書いてきたホラーのは世界観一緒ですが、最後に何かまとめられるような話書ければいいなー