第6話 便利
歩き続けて数時間。日も傾いてきた。
「まずいな……こうなると野営するしかないか……」
「やえー?」
後ろを歩く楓が間抜けな声で訊いてくる。
「や、え、い! まぁ、野宿みたいなもんだ。荷物減らすためにテントなんか持ってきてないしなぁ」
「あ、大丈夫ですよ! 寝袋持ってきたんで!」
獣や敵に襲われるかもしれない山のど真ん中で、寝袋一つで寝る気なんでしょうかこの子は。
「とにかく、良さそうな場所を探そう。少しでも身を隠せそうで、なるべく寒くないような場所を」
「任せてください!」
そういうと楓は大きく手を叩いた。
「あぁ?」
「あっちです!」
楓に先導されて歩くこと数十メートル。山の斜面にぽっかりと穴が開いていた。奥行きはそんなに無いが、雨風は凌げるし周りを背の高い木々が囲んで立って遮蔽物になっているので、少なくとも人間に発見される確率は低くなる。
「どうやって見つけたんだ?」
「音の反響ですね。トンネルとかで音が響くじゃないですか? あれの応用です。私、感覚が強化されてますから!」
なんと便利な機能。
「ん? それなら銃声とかで鼓膜破れたりしないの?」
「集音器じゃないんですから……バカなんですあいたたたたたたた折れる! 折れる! 骨折は私の能力じゃ治せないんですからやめてー!」
楓の手を取って捻りあげていると叫び声がうるさいので離してやる。
「うぅ……大きく聞こえるわけでは無くですね、僅かな音やふつうは聞き取れないような周波数の音が聞き分けられるようになってるんです……」
「なるほど。便利だなお前」
「便利……」
「例えば、人ごみの中で1人1人の声が聞き分けられたり、音の響き方で空間の把握ができるわけか」
「まぁ、そんなところですね」
便利だ。
「とにかく、枝を集めろ。少しだけ焚火で暖を取ろう」
荷物を降ろし、身軽になってから俺はスペツナズから貰ったナイフを取り出した。
「ちょっと行ってくる」
「立ちションですか?」
ほんとコイツどうしてやろうか。
「狩りだよ! 腹減ったから肉調達してくる」
「ごはんなら戦闘糧食があるじゃないですか?」
「町までの距離がわからない以上、なるべく温存しておきたいからな。元気があるときは現地調達だ」
そう言い残して穴から出る。楓のように感覚が強化されていれば獲物の発見も楽なんだろうが、しょうがない。
連れて行ってもいいが、居たら居たで騒がしいから動物が逃げてしまう。
山の中を歩いていて気付いたのだが、筋力強化のおかげで足音を極限まで減らせる。ただ力が強くなっただけではなく、筋肉の微細な動きも調節できるようになったようだ。
なるべく穴から離れないように、周辺を探し回っていると30センチほどの大きさの鳥を見つけた。黒い羽根に黄色いくちばしで、見た目はメジロの大きい版のような感じだ。
その鳥は地面に降り立ち、虫でも啄んでいるのだろうか、地面をつついては少し移動しつつくを繰り返していた。
忍び足で近づいていくが、能力のおかげで俺は極限にまで動作音を消せているので、鳥は全くこちらに気付いていないようだ。
確実に仕留められる距離まで近づくと、俺はそっと息を止め、ナイフの照準を鳥に合わせて……柄の部分に備わっているボタンを押した。
バネ仕掛けで射出されたナイフの刃は見事に鳥の頭を跳ね、その先の木の根に着弾した。
ナイフの刃をまた装填する。これが一番大変かもしれない。なにせ、金属の刃を飛ばすバネなのでかなり固い。
体重をかけながら刺さった状態のままの刃に柄を押し当て、何とかまた撃てるようにする。
この後に同じ鳥をもう1羽仕留めて、収穫は2羽の鶏肉だ。
「あ、おかえりなさ、ひっ!」
「なんで人間の死体にビビらない奴が鳥の死体でビビってんだよ」
血抜きもかねて首ちょんぱされた鳥の足を持って逆さ吊りにして戻ると、待っていた楓は血の気を引かせて怯えた。
「人とそれ以外じゃ違うんですよ……」
「よくわからん……」
怯える楓を他所に、羽をむしり、捌く。正しいやり方を知らないので適当だ。腹を裂き内臓を取り出してから水筒の水を使い、きれいにする。
「あ、キョーキさんがひと狩り言ってる間に、池を見つけましたよ」
「うろちょろすんなよ危ないなぁ……まぁ、とにかくお手柄だ。これで水がふんだんに使える」
後で汲みに行くとしよう。
その辺にハーブっぽい良い香りがする雑草を見つけたのでとりあえず内蔵の代わりに詰めておく。
どうやって焼こうか……
悩んだ末に俺はM16とアタッチメントでレールに付けられるバイポッド、これは本来銃を安定させるための二脚なのだが、これを使って銃身が火の近くに来るように銃を置いた。そして、何かに使うだろうと持ってきていた針金で銃身に肉を括り付けた。
「そんな使い方していいんですか……?」
「さぁ……?」
最高級のカスタムガンが初めて役に立った瞬間である。
肉に火が通るのを待っている間に水を調達する。
楓のかばんには500mlのペットボトルと小鍋が入っていた。ペットボトルは水を飲んだゴミで、小鍋は楓が勝手に持ってきたものだが役に立つ。
池のそばに立ち、ライトで照らす。周りはもうすでに薄暗くなってきていた。
まず、生息している生物の確認。池はテニスコート程度の大きさで魚は居ないようだ。水中の岩をどけてみると、ザリガニが居た。腹にたまらないしおいしくはないので捕まえはしないが、とりあえずここの水は飲めそうだ。
なんでも、生息している生物によって水質判断ができるらしいが、詳しいことは忘れた。
念のため濾過してから水筒に入れよう。ペットボトルの底を切って、蓋に穴をあける。逆さまの状態で中に、池の水で軽く洗った小石と同じく軽く洗った焚火の灰を入れる。灰はなるべく小枝の形のままの物を折って入れた。炭の代わりだ。
次に池の淵から砂利をすくい上げ、これも軽く洗う。そしてペットボトルの2層目に入れる。一番上に医療キットのガーゼを詰めて簡易濾過装置の出来上がりだ。念のために小鍋を焚火の上にかざして、煮沸してから水筒に移す。
そうして手持ちの水筒をすべて満タンにしたころには肉が焼けあがっていた。
名もわからぬ黒い鳥さん。おいしゅうございました。
辺りは真っ暗になっていた。焚火も消え、月明かりが僅かに木々の隙間から差し込むだけ。
「さっ寒いです……」
寝袋持ってきたんで! などと豪語していた楓は今、寝袋に入ることなく肩を抱きかかえて震えていた。枯葉を敷いてはいるものの地面は固く冷たそうだ。
「救いようのない間抜けだな」
「分かってますからいちいち口に出さないでください……」
出発のとき、鞄を変え中身を移し替えた時に要らなさそうなものは全て置いて来させたのだが、その置いてきた中に寝袋が紛れ込んでいたらしい。
目立つので火をおこす訳にはいかず、ただただじっとして居るしかなかった。
「わたし……なんでこんな目に遭ってるんでしょう……つい最近までなに不自由なくぬくぬくと暮らしていたのに……ぐすっ……」
いよいよ泣きが入ってきたので仕方がない。
「ほら、こっち来いよ」
「!?」
俺は念の為に壁を背もたれにして座って寝ようとしていたのだが、しょうがない。両手を広げて楓を呼び寄せる。
「って、なんで向かい合う形で抱きついてくるんだお前は」
「だってこうすれば肩を枕にできるじゃないですか?」
ただでさえ密着することに相当な覚悟を決めたというのに、これでは童貞の俺には刺激が強すぎる。
「照れてますね? 体温が上がって、キョーキさんいい感じにあったかいです」
「黙って寝ろ!」
自分でもわかるほどに恥ずかしくて火照ってきた……というか……
「その気になったのなら私は別に構いませんが?」
「あ! ほ! か!」
ほんっとうに下品な野郎だ!
叱られた楓は俺の右肩に顎を乗せ、寝息を立て始めた。こんな状況でも寝られる図太い精神が羨ましい。
一応、少しでも温めてやるために背中に腕をまわして包んでやる。
何この状況。
口を開けば軽口ばかりのコイツだが黙っていればやはり美少女。しかもくそったれ博士のせいで遺伝子的に俺と相性が良いらしい楓はすごくいい匂いがする。
こんな状況でなければ素直に楽しめるのに……
外は静かだ。木々の間を風が抜ける音と、上空を旅客機が飛んでいるらしい音だけが耳に入ってくる。飛行機が飛んでいるということは、とんでもない僻地というわけではなさそうで一安心し、俺も瞼がだんだんと重くなり……
「っ……!」
ジッポの火打石を擦る音で目が覚める。
「おっ、やっと起きたか。こうして薪を組んで俺が動き回っているというのにぐっすりと寝ていた間抜けめ」
目覚めると、昨日の焚火に新しい薪が足され、新たに火が起こされるところだった。
「誰だ!?」
腰のホルスターからハンドガンを抜き構える。
「おいおい、やめろよ。殺す気なら寝てる間にやってる」
「誰だと訊いている!」
火種に息を吹きかけ薪にくべるその男は、一応日本人のようだ。無精ひげを生やしてはいるが清潔感があり、場違いにもスーツを着こなしている。見た目には日本のサラリーマンのおっさんそのものだ。年齢は30代ぐらいか。
「随分と探したんだぞ。強化兵研究所から非常警報が出されて以降連絡が途絶え、見に行ってみると死体の山だ! てっきりお前たちもやられたのかと思ったが、治療の跡や真新しい食事の痕跡、それと、玄関前には明らかに出発時に捨てさせられたであろう、逃亡に不要な物達を見たのでな? すぐに逃げ出したのだとわかった」
饒舌に語るソイツは火が点けられたことに満足したのか、何度か頷いて鞄からベーグルのサンドイッチを取り出し食べ始めた。鞄までビジネス用の手提げ鞄だ。
「何者だ?」
銃はとりあえず収めて、立ち上がろうとする。が、動けなかった。
「いい加減に起きろよ!」
楓がまだ寝ていたのだった。
「う~ん……眠いです……」
揺すって起こして1人で座らせる。
「昨日はずいぶんとお楽しみだったようだな? ん?」
「あほか! 逃亡中にそんなことできるか!」
「そうか? 首筋にキスマーク付けて言われても何の説得力もないぞ?」
楓の奴、わざとか寝ぼけてかは知らないが余計なことを……!
「まぁ、とりあえず朝飯だ。食えよ」
そういってまた鞄からサンドイッチを2個取りだした。
「俺の名は河北大樹。あの施設の関係者であり、今回お前たちの監視役に任命された」
食べ終えてから男はそう名乗った。
「監視役? 連れ戻されるんじゃないのか?」
「あー……まぁ、言ってしまうとただの研究所の関係者ではないんだ。まぁ、なんというか、別の機関にも所属していてな?」
「ただのスパイか」
「ただのだと? 俺はすごいんだぞ? 所謂多重スパイってやつだ!」
カミングアウトしてしまっていいのだろうか……
「おっと、これは他には漏らすなよ?」
「口止めするぐらいだったら初めから言うなよ」
「研究所には連れ戻せと言われていてな。だが別の機関には生かして連れてこいと言われたり、また別の機関には……殺せ、と」
とっさに腰のハンドガンに手が伸びる。
「まぁまぁ、落ち着け。俺としてはできる限りそれぞれの機関の要求に応え、それぞれから報酬をいただきたい」
なんだ、ただの詐欺師じゃないか。
相変わらず大樹は何か企んでいるかのような悪い笑みを浮かべていた。
「生かして連れて行ってもいいし、研究所に帰してやってもいい。殺すのは……個人的にはやりたくない」
「なんでだよ」
「ふむ、お前を見ていると弟のように思えてきてな。俺には頭の良い姉や妹しかいないのだ。長年、バカな弟が欲しかったんだ」
「誰がバカだ! ……で、『生かして連れていく』っていうのは、具体的にどこに連れていかれるんだ?」
「とある傭兵会社が強化兵を欲しがっていてな。セールスポイントにもなるし、戦力にもなる。前々から誘拐して来いとは言われていたんだが、今この状況はいい機会だ」
「傭兵……」
昔から憧れてはいたのだが……
「そうなると、やっぱり日本には帰れないんだろ?」
「まぁ、な……お前、日本に帰りたいのか?」
「あぁ……走馬燈で、同僚が意味深な発言をしているのを見たんだ。だからまた会いたくてな」
「……ふむ……くくっ、やっぱお前はバカだな」
大樹がにやにやしている。視線の先をたどると楓だった。
「そんなことのために逃げ出したんですか……」
「いや、それだけではなくてだな!」
「私という者がありながら女に会いに行く!?」
「あほか! 前話した奴とは限らないだろうが!」
「どーせその人ですよ! さっきのキョーキさんの目は男友達を見る目とは思えないぐらい優しい目でしたよ!」
バカなくせにこういうときだけ鋭い!
「くはははははは! 面白いやつらだ! まったく、くくっ」
めんどくさい状況だというのに大樹は笑うばかりでなんの助けも寄越す気はない様だ。
「まぁ、良い。では、1つ提案してやろう。とある機関は、お前たちの成長を望んでいる。実戦経験だ。これがないと使えるかどうか判断もできないし、やはり即戦力の方が金もかからない。また、とある機関は、いや、これは言わない方が良いな。とにかく……」
「ちょっとまて、いったい幾つの機関に依頼を受けているんだお前は? そして俺たち2人如きにそんなにもたくさんの機関とやらが目を付けているのか?」
「当たり前だ! 本来なら公には手を出せない禁忌である人間の改造! その技術は各国軍隊から様々な傭兵派遣会社が欲しているんだぞ」
「あの研究所は一体……」
「その話はまた別の機会にしてやろう。とにかく、お前達2人には実戦を積んでもらった方が良いのだ。丁度良く、研究所からは俺以外にも人が派遣されていてな……」
大樹は相変わらずにやにやとだらしない顔をしながら、俺達の置かれている状況を話し始めた。
そろそろ本題に入ろうかと思います。