第4話 怪物
警備室にたどり着いた俺達は地図を探していた。
「なんで無いんだよ……」
「私に言われても……」
それらしい見取り図は無く、あるのはシフト表や物資の納入予定時間等々、位置関係がわかる書類は見つからなかった。
「まさかこんなところで行き詰るとはな……」
「生きてる人探してみます?」
「迂闊に動くと撃たれるぞ」
数少ない窓にうっかり姿を現してしまうと仕留められかねない。数少ないが故に位置関係を把握していないのだ。
暫く黙って物色していると、
「あ!」
「どうした!? 見つかったか!」
手分けして探していた楓が喜びの声を上げる。
「やりましたよ!」
楓が満面の笑みで手に取ったのは高級そうな缶に入ったクッキーだった。
「いっただっきまーふぶぇ!?」
菓子を頬張ろうとする楓の後頭部を叩く。
「お前! 命の危険が迫ってるんだぞ! 緊張感持て!」
昨日も有ったぞ、こんな感じ。
「うぅ……」
惜しみながら缶に蓋をする楓。
「第一、そんなもの食べたら余計口の中乾くだろうが」
「あ、そっか」
腕の銃創が痛むんだよ。早く治してほしい。
ついに探しつくして調べる場所が無くなってしまった。どうすれば……非常時の避難ルートマップすらない。せめて武器庫に行くことができれば……
警備室のパイプ椅子に座りながら一休みする。
「あいつら、なんでここを襲いに来たんだろうな」
「そりゃ、ここはどこの国の影響もうけていない研究所ですからね。研究分野は主に人間、それも優秀な軍人の育成ですから」
「……もしかして、お前ここのこと詳しく知ってる?」
「もちろん! ここの責任者は、私の! お父さんですから! 極秘資料を盗み見ることぐらい容易いもんですよ!」
「もっと早く言えよ……いや、初めからこいつに聞いても無駄だと決めつけていた俺が悪かった。スマン」
「あれ? え? ありがとうございます……」
急に謝罪された楓は混乱してなぜかお礼を言った。
「じゃぁ、俺の改造内容とかは?」
「キョーキさんは身体能力の増強と血液の高速製造ですね。兵士に怪我は付き物ですから、多少出血しても生きられるようになってます。後、多少の肢体の欠損くらいは私の唾付けとけば再生します」
「マジで!?」
「そもそもさっきの首の怪我も普通の人間なら死んでますよ」
もしかしたらすでに死んでいたかもしれないという事実に血の気が引くのを感じた。
「私は身体能力は人並みですが、唾の治癒能力増強と感覚強化ですね。他の人造人間達はもっと攻撃的な能力ですが、私はいわば守りの能力。キョーキさんの能力と私の能力が組み合わされば、少なくともキョーキさんはそうそう死なない兵士になるわけです」
「つまり、俺が敵と戦い負傷してもお前が治す訳だ。で、戦えないお前を守るために俺には攻撃特化の能力が与えられていると。治癒能力と戦う能力を両方持たせれば最強の兵士が出来上がるんじゃないのか?」
なぜ分ける必要がある? 両方1人でできれば最強のエージェントが作れるだろうに。
「そりゃ、結局増強された能力ひとつひとつがエネルギー使いますからね。1つの身体で使えるエネルギーには限りがありますから。それに……」
「それに?」
「あんまりDNA弄くると人間ではない何か怪物になりかねないので」
「怪物」
「まぁ、そのあたりもまだまだ実験段階で、まずは1人2つの能力で試して、それぞれの能力を確立し、それから複数の能力を併せ持つ人間を、という流れらしいですよ」
どうしよう
「楓が賢く見える……」
「思考が口に出てますよ。もっかい死んでみます?」
とりあえず自分の能力がわかっただけでも大収穫だ。
「あと、私たちについていくつか情報がありますけど、これは状況が落ち着いてからにしますね」
「なんでだよ」
「……2人の将来について大事なことなので…………」
何その意味深な発言。
「と、とにかく地下の駐車場に行く階段だ」
ここにはもう何もないので警備室を後にする。扉を開け、廊下に出ると……
「あっ」
楓が間抜けに声を上げる。無理もない。
さっきまで必死に探していた地図がでかでかと壁に貼ってあったのだから。
「そら、目の前にあんなにおっきく設置してあったら警備室内にわざわざ地図は置かないわな」
「灯台下暗しですね」
地下へと下る階段を降りつつ2人反省会。
無駄な労力を割いてしまったが1歩前進した。また行き詰るかもしれないが何かしら手段はあるだろう。
駐車場には死体は無く、何台か車が止まっている。端の方には地上へと続くスロープが見える。
「さて、ここからどう出るかだが……」
装甲車でもあれば楽なんだが……恐らく研究者達の通勤用なのだろう、乗用車ばかりだ。もちろん防弾性皆無だろう。
どうしたものか……
「お父さんの車がないですね。どうやら逃げ出したみたいです」
あのおっさん! 娘や部下を置いて自分だけ先に逃げやがったのか。
いや、もうあのおっさんに関しては考えるのはよそう。今は如何にココから脱出するかだ。
考えろ……どうすれば敵のスナイパーに撃たれずに済む……
こういう時は持ち物を整理しよう。
ハンドガンとアサルトライフル、ショットガンにそれぞれの弾、催涙ガスと手榴弾。簡易医療キットにガムテープと50mほどのパラコード、これらは楓のベストのポーチにも入っていたので各2ずつある。パラコードは恐らく屋上などからラぺリング降下するためのものだろう。
そして車が数台。すべて乗用車……
「楓、鍵が刺さってる、もしくは鍵なしでも動かせそうな車はあるか見てくれ」
「りょーかい!」
俺の指示に楓がちょこまかと1台1台チェックし始める。
うん……一か八かだけど、やってみるか。本日2度目のドッキリ作戦で敵を驚かせ、その隙に距離を詰めて仕留める。
「ありましたよ!」
言われて見に行くと、鍵は無いがマニュアル車なのでエンジンがかからなくとも動かせそうだ。駐車場から地上への道はスロープで上りになっているが、筋力が上がった今の俺なら押して上がれるだろう。
「よく知ってたな、マニュアル車なら動かせるって」
「これでも免許持ってるんですよ」
無い胸を張る楓。こればかりはお手柄だ。
「よし、準備する」
準備はできた。細工をした車は地上から駐車場への入り口ぎりぎりまで押して動かした。警戒したスナイパーがボンネットのあたりを1発撃ってきたところで停めた。撃ってきたということは見ているという言ことだ。
「いいか? 離れるなよ?」
「離れませんよ。死にたくないですからね」
俺たちは先ほどの出入り口まで戻ってきていた。開けかけた扉の隙間から見るに、最初の爆発音と衝撃は奴らが塀を爆破して穴をあけたものらしい。
なぜ、特殊部隊がそんな派手な真似を、と思ったがあの研究者たちの殺戮を見ると、恐らくは研究所内の混乱を狙ったものだろう。
穴が開いているということはそこが奴らの侵入経路。その先にスナイパーが潜んでいる可能性が高い。
「よし、行くぞ!」
俺は車から伸ばしてきたパラコードを思い切り引っ張り……少し離れたところからの爆発音。そして銃弾が弾き飛ぶ音。
それらを合図に俺は楓を引っ張り外に出た。なるべく目立たないように姿勢を低くしつつ塀の穴に向かって進みながら明後日の方向に催涙ガスを投げる。
出口から塀の先、茂みまではおよそ100メートル。それが永遠のように感じる。能力を改造されているとはいえ脳天に1発喰らったらさすがに死ぬと思う。
頭をよぎる最悪のケースに恐怖を覚えながらなんとか撃たれずに茂みにたどり着く。ひとまずは安心だ。
俺のやったことは、まず車に手榴弾をガムテープで貼り付け、安全ピンにパラコードを貼り付ける。離れていてもピンを抜けるようにだ。そしてトッピングに車内にショットガンの弾をいくつか放り投げておいた。爆発炎上後の熱で弾が暴発し、ショットガンの鉛玉がはじけ飛ぶようにだ。
それらはすべて目立たせるための陽動で、後は俺が明後日のところに催涙ガスを撒けば、スナイパーの注意が逸らせると思ったのだ。
運がいいことに作戦は成功したらしい。
さて、ここからはそろりそろりと近づくだけだ。大雑把な位置は楓の感覚で突き止められる。
目の前には山の斜面が広がっている。俺達は向かって左の方に迂回しつつ上を目指す。楓はしっかりと俺についてきていた。
存在を隠しつつ、存在を隠して潜伏している敵を探しながらのため、ゆっくり時間をかけて登っていく。幸いにも木々の密度は高く、草はそんなに生い茂っていないので移動中に見られる可能性と移動する音を聞かれる可能性が低い。
問題は少し暗すぎる。どうやら今日は曇りだったらしく月が出ていない。これでは俺の目に潜伏するスナイパーは見つけられない。
「キョーキさん、キョーキさん」
「なんだ?」
黙って後ろを付いてきていた楓が服の裾を引っ張り引き止める。
「右見てください」
「……?」
言われて見るが、何を指しているのかわからない。
「感覚強化のおかげで見えるんですけど、200メートル先に不自然にもっこりとしてる草の山が見えます」
「たぶんそれだな」
背の低い草がほとんどのこの山。そんなところでもっこりしていたら怪しいに決まってる。恐らく擬装するのに草を刈りとり、上から被っているのだろう。
楓に案内されて近くまで寄る。たった200メートルを10分近く時間をかけてゆっくりと……アバカンを構えながらゆっくりと……雲が途切れ月明かりが差し込み、辺りがやや明るくなる。
突如足に衝撃を感じる。遅れて激痛が!
そして30メートル先にまで近づいていた草の山から兵士が2人飛び起きた。
相手が慌てて銃を構える。1人はハンドガン。1人はVSS、ロシアの消音器内蔵型のライフルだ。とっさの判断で先にVSSの方の奴に照準を合わせ発砲。命中したのか崩れ落ちる人影。ハンドガンの方は発砲を開始。体に衝撃を感じるが、防弾プレートが受け止めている。それでも強烈な衝撃に意識が飛びそうになるが何とか照準を合わせ、1連射。そして辺りは再び静かになった。
「うぐッ……げふッ……か、楓! 無事か?」
「私よりキョーキさんの方が大変なことになってますよ!」
奴らは敵に回りこまれた時のために、トラップを仕掛けていたのだろう。足にはトラバサミが噛み付いていた。
右足はトラバサミに掛かり、防弾プレートに着弾した時の衝撃であばらの骨が恐らく折れている。こめかみにも弾が掠った傷ができているようで流血しているし、先ほど撃たれた右腕からも包帯が抑えきれなくなって溢れてきた血が滴り落ちている。
「スペツナズ相手にこれで済んだのは幸運だ……とにかく、手当てしに戻ろう」
研究所内は相変わらず地獄絵図だった。気分が良くないので死体の少ない自分の部屋へと戻る。
「楓、お前は食堂から水を……あー……手当て用とお前が飲む分だ……後、治療に使えそうなものを……適当に頼む」
さすがに意識が遠のいてきたから、指示がうまく出せない。今は楓がこういう時はバカをやらかさないことだけを祈る。
「承知!」
あぁ、不安だ。
以前図書室から適当に本を持って来いとパシらせた時は成人誌ばかり持って来たり、飲み物を部屋に持ってこさせた時は試験中の薬を仕込まれて昏倒させられたり……
あ、駄目だ。死ぬ。
失血のせいか楓の素行のせいか眩暈で立っていられなくなり、遂に俺は倒れてしまう。
「あー……このまま寝てしまうとやばいぞー……」
自分自身に言い聞かせるが無駄な足掻きだった。そのまま俺は意識を失ってしまい……
あれ? ここは?
「山縣一尉が! 雪崩に!」
この声は同僚で仲の良かった奴の声だな。
「郷樹! 郷樹ー!」
「松島一尉! 二次災害の危険もありますから無茶しないでください! 一度戻って体制を整えてからにッ!」
松島南海一尉。同い年で気の合う奴だった。
そう、だった、になるのか……
松島は俺を探しているのか、闇雲に雪をかき分けている。俺を探している暇があったら要救助者の捜索を続行してほしい。
それが任務なのだから。
「嫌だッ! こんなところで! まだ伝えられていないのに!」
えっ。何のことだ? めっちゃ気になる……俺は松島を問いただすべく声をかけようとするが、声が出ない……駆け寄ろうとするがうまく走れない……
……そうか、これは夢なんだ……
「……!」
「あっ、目が覚めましたか?」
声のする方を向こうとするが体が動かない。辛うじて首だけ動かすと、俺はベッドに寝かされていたらしい、ベッドに楓が座っていた。
「さすがにシャレにならない量の出血でしたからね。しばらくは安静です」
「どうなった……?」
とりあえず生き延びたことはわかる。
「私がベッドに寝かせて、私が手当てをして、私が看病をしてました」
やたらと自分がやってやったんだぞと強調する楓。まぁ、ここは素直に礼を言おう。
「ありがとう……」
「ふふん、キョーキさんからお礼を言われるだけですべて報われますよ。一番大変だったのは床に倒れたキョーキさんをベッドに移動させるとこぐらいで、後はお茶の子さいさい」
小柄なこの子が、決して軽くない俺を……
「怪我はもう治ってるはずです。丸1日寝てましたからね」
「そんなに……他に誰か居るか?」
「生存者はゼロ。逃げた人たちもしばらくは戻ってこないでしょう」
「そうか……」
奴らの狙いは何だったのだろうか……脅威ではないはずの研究者達まで皆殺しとは……
「また奴らが来るかもしれない……ここから逃げないと」
「それには賛成です。でも今すぐっていうならそれには反対です。キョーキさんは今圧倒的にエネルギーが足りてないですからね」
そういうと楓はベッドから立ち上がる。
「まずは腹ごしらえです!」
そう言い残して楓は部屋化から飛び出していった。