第3話 敵襲
警報が鳴り響く中、緊張感も糞もない俺と楓。
「えぇい! 離せ!」
「嫌ですよ! こんな生殺しの状態で終わりですか!?」
謎の衝撃の後、俺は事態を確かめるべくベッドから出ようとしている。
だが、楓にそれを阻まれている。
「せめて先っちょ! 先っちょだけ!」
「女の子がそんなこと言うんじゃない! 第一それは男のセリフだろうが!」
逆に俺が顔を赤くして言う。
俺は増強された筋力を生かして楓を持ち上げて立ち上がる。
「今日のところは仕方ないですね……」
ようやく諦めたのか大人しくなる。俺としては、もしかしたら重要だったかもしれない分岐点を、間違った方から回避できたので助かった。
俺は寝巻の半袖Tシャツの上に私服のレザージャケットを着る。ズボンは同じく私服のカーゴパンツに履き替えた。
ジャケットの内ポケットには以前楓が拾ってきて隠し持っていたハンドガンを取り出し、忍ばせた。それと同じく隠し持っていた、食堂から頂戴しておいたステーキ用ナイフ。
これでとりあえずは、ちゃんと訓練したことはないが、ゲームで見たCQCの真似事ができる。
いざとなったらここから逃げ出せるように画策していたので、密かに準備していたものが役に立つ。
「いいか? 声は出すな? それと俺から離れるなよ?」
早速喋るまいと黙って頷く楓。それを見てから俺はそっと部屋の扉を少しだけ開け、外の様子を伺う……とりあえず部屋の外は大丈夫そうだ。
あれだけの爆発音と衝撃があったのに騒ぎは起きていないようだ。
壁に身を寄せながら静かに出口に向かって歩き出す。移動しながら気付いたのは、騒ぎは起きていないが異変があったのは確かなようだ。真夜中でも歩き回っていた研究者達の姿がない。
部屋は建物の3階、最上階にあるので、外に出るには降りなければいけない。
念のためエレベーターは使わず、階段を使う。防火扉を開け、階段を下りようと……したところで服の裾を掴まれる。
振り返ると楓がしきりに首を横に振っているので、一旦扉を音をたてないようにそっと閉めてから、楓に尋ねる。
「どうした?」
「約4名の動く音が聞こえました。呼吸や装備の揺れる僅かな音です。恐らく、隠密系の特殊部隊。敵襲ですね。間違いないです」
「敵襲……上がってきているのか?」
「はい。もうすぐここまでくるので隠れた方が……」
4人か……かなり厳しいな。2人までなら対処のしようもあるというのに。
辺りを見回すと、俺のカードキーでも入れる部屋があったのでそこに入る。
そこはちょっとした話し合いができそうな部屋で4人分の椅子と机が置いてあるだけの部屋だった。
映画みたいに隠れられそうなダクトなんかないので、どうしたものかと考えあぐねていると、また楓が裾を引く。
「4人が別行動を開始しました。2人ずつで行動し始めたようです。2人がこっちに向かってきています。」
便利だな、感覚強化って。
少し考えて案を思いつく。
「よし。楓、テーブルの横、床にうつ伏せに倒れろ」
「!?」
一応静かにするためなのか声を押し殺して表情だけで驚く。正気なのかと。
「大丈夫だから」
確信はないが。
しぶしぶ、といった感じで楓は言われた通りうつ伏せに倒れる。そして俺が小声で死んだふり、と言うと呼吸を抑え始めたのかほぼ動かなくなった。
対して俺は、入り口からは死角になる部屋の隅で跪き、息を殺して、銃とナイフを取り出す。
しばらくして、扉が音も立てずにゆっくり開いた。すると、俺の思惑通りドッキリが成功したのか2人組は一直線に楓の元に近づき……
俺は2人組の後ろ、後から入ってきた奴をのど元にナイフを当て拘束する。度肝を抜かれたのか拘束された奴が声を上げるが、直後に先に入ってきた方の奴を射殺する。銃声が響いてしまうが仕方がない。
破片をまき散らし崩れ落ちるのを見ながら、ナイフで頸動脈を切り裂いておとなしくなったところで拘束を解いてやる。
残りの2人が来るかもしれないので手早くドアを閉めて、2つの死体から装備を漁る。
「もういいぞ楓」
「正気ですか!? もしかしたら私撃たれてっ!」
楓は溜め込んでいたクレームを一気に俺に叩き付けようとするが、言葉に詰まり歯を食いしばり睨み付けることしかできないでいる。
「それは後で聞いてやるとして、こいつらやっちゃったけど良かったのかな? 実は味方でした、とか無いよな?」
「……大丈夫でしょう。見たことない顔ですし、持っていたカードも……」
楓は頭部に風穴の開いた方の死体からカードキーを拾い上げる。
「違う人のですね。この人いい人だったのにやられちゃったんでしょうねぇ」
「知り合いか……?」
「ええ、まぁ、私の教育担当の人ですね」
別に、といった感じ淡々と話す楓。死体にビビる様子もないので、その辺りはやはり普通の人間ではないんだろうな。
というか、コイツは教育を受けてコレなのか……そっちの方がショックだわ。
さて、こいつらの正体だが、恐らくスペツナズだろう。ボタンを押すと刃が射出されるバリスティックナイフを持っていた。アサルトライフルもサイレンサーを付けたAN94、所謂アバカンというロシアの銃だ。
俺は喉を切った方から防弾プレート入りのアサルトベストを脱がせる。これは予備弾倉やら催涙ガスなどが入ったポーチが備え付けられたものだ。これと、アサルトライフルを剥ぎ取る。こいつにはもう必要のないものだ。
持っていたハンドガンは多目的ポーチに入れておく。一応持っていこう。食堂のナイフはバリスティックナイフが手に入ったので死体に刺して捨てる。
追い剥ぎを手早く済ませると今度はもう1つの方の死体からベストを脱がせる。
「これ、お前が着ろ。重くて動きが鈍くなりそうなら予備弾倉は置いていけ」
「えぇ……血がべっとりなんですけど……まぁ、このまま行けそうですよ」
渋々血染めのベストを身に着ける楓。予備弾倉などは持ってこれるらしい。
「あ、来ましたよ。残りの2人組」
「もしかして、どの辺に居るかまで聞こえる?」
「詳しくはわからないですけど、扉の前に来たかどうかはわかりますよ」
「それでいい。真ん前に来たら教えてくれ」
俺はアバカンのセレクタをフルオートにし、扉に向かって構える。
俺の耳には全くの無音の状況がしばらく続く。指はいつでも引き金を引ける状態だ。
「…………今です!」
楓が言い終わる前に俺は大体の位置を予測し、扉に向かって弾倉が空になるまで撃ち続ける。
「……」
撃ち終わるとすぐさま予備の弾倉に入れ替える。そしてしばらく待機……
「ヤバイ!」
楓が俺を引き倒し、俺は瞬間で察してされるがまま楓とともに倒れこむ。直後、俺の顔を弾が掠める。
床に着地するや否や俺は初め撃った時の弾が開けた穴から人影を確認し、そこに1連射撃ち込む。
「やばかったですよ今のは。もう大丈夫です」
楓の報告を受け、立ち上がる。
「いや、助かったよ本当に」
せめてものお礼に手を貸して楓を立たせてやる。
「いやー今日のキョーキさんはかっこいいですよ。惚れました。だから……」
急に楓が俺の首元に唇を近づけるので体を捩ってよける。
「そりゃどうも」
「違いますって! 首、弾が掠って血が出てるんです!」
「え?」
言われて首に手を当てると、さっき首を切った奴と同じくらいの量の血が出ていた。
「え、やばくね?」
呆然としていると、楓が首の傷口にしゃぶりついた。
されるがままにしていると、アドレナリンが切れてきたのか痛みを感じるようになってきた。
「うっ……痛い……」
しばらくして口の周りに血を付けた楓が俺から離れる。
「吸血鬼になった気分ですよ」
床に俺の血交じりの唾を吐いて捨てる楓。品の欠片もない姿である。
それを見ながら傷口に手を当てると、傷口が塞がりこそはしていないものの、出血はほとんど止まっていた。
「こんなに早いもんなのか……」
そういえば口腔内の傷などは、もうすでに跡形もなく治っている。
「愛の力ですよ」
「変異体質の力な」
「もう!」
ぷんすか怒る楓を傍目に見ながら蜂の巣の扉を開けると、先ほどの2人と同じ装備の2人組が倒れていた。
使い切った弾倉と銃に刺さっている使いかけの弾倉を捨て、死体から新しい弾倉を補給する。
「血でべたべたする……臭いし……シャワー浴びたいな……」
「同感です……」
命の危険があったというのに、緊張感のない2人組である。
何はともあれ、俺たちは1階まで邪魔が入ることもなく降りてきた。
1階はまさしく地獄絵図だった。そこら中に研究員の遺体やこの施設の護衛部隊の遺体が落ちていた。
護衛部隊といってもハンドガンがメインの装備で、5人に1人ショットガンをもって倒れていた。
念のため、ショットガンも頂戴して、予備の弾を多目的ポーチに入れておく。
筋力が強化されているおかげで重装備になっても重さを感じない。それと不思議なことに、先ほど負った傷から相当な量の血液が失われたはずなのに倦怠感などの貧血症状は一切感じられなかった。
「とりあえず出口に向かうか?」
「ここから出るんですか?」
もしかしたらここから逃げ出せるかもしれない、という期待を抱きながら出口に向かう。
今のところ出くわすのは死体だけで動くものは一切ない。皆2か所の銃創があるので、このアバカンの特徴的な2点バーストで仕留められたのだろう。
出口に近づくとだんだんと煙くなってきた。
ここも念のため姿勢を低くし、外の様子を伺いながら静かにドアを開ける。と、ドアを押した手が弾かれた。
「は!?」
反射的に俺は楓に飛び掛かり抱きかかえて、外から死角になっているところに滑り込む。
「サイレンサー付きライフルの発射音が聞こえました! 距離はそんなに遠くないです。大丈夫ですか?」
俺の腕の中で楓が敵の存在を知らせる。が、俺はそれどころではなかった。
「いってぇえええ!」
腕は狙撃されたのだろう、手首の少し上あたりに銃創が出来ていた。
「あのー申し訳ないんですけどー……喉が渇いたので唾が出ません」
「えぇ……マジかよ……」
便利な能力にも欠点はあるようだ……。
応急処置で、多目的ポーチの中から包帯を取り出し、ジャケットを脱いで腕に巻いておく。
ジャケットは捨てていくには後ろ髪が引かれるので上からまた着ておく。高かったんだよ……。
袖に穴開いちゃって血がべったりだけど。
さてどうしたものか。
スナイパーに監視されていては身動きが取れない。できるのは来た道を戻るぐらいだ。催涙ガスが煙幕代わりになるかもしれないが、相手が赤外線スコープを持っていたらほぼ効果は見込めない。
普通ならこういう隠密作戦は1個分隊で行う。1個分隊4~6人なことが多いから、さっき片付けた4人とスナイパー、そしてスポット役兼指揮官の6人と考えられる。
「何かいい案無いか?」
「無いです」
きっぱりと答える楓に、聞いた俺がバカだったと反省する。
さっきの4人から服装を奪って味方のフリをする手もあるが、体格が違いすぎる4人とも180センチくらいの高身長だった。170センチ中肉中背のザ・日本人体系の俺には合わないし、楓なんかは絶対に無理だ。
「ほかに出入り口は無いのか?」
「うーん……そういえば地下に駐車場があるらしいです。駐車場なら車が出入りする道もあるでしょうね」
「試しに行ってみるか」
楓曰く、防犯上の問題で地上階の階段と地下へ降りる階段は分けられているらしい。その場所は楓も知らないとか。
「警備室行ってみますか。そこなら館内の地図があるかも」
「そうだな、そこの場所は?」
「わかりますとも。ついてきてください」
外からは見られないように壁伝いにこそこそ移動し始める楓が思い出したかのようにつぶやく
「案内しますから、生きて出られたらさっきの続きしましょうね?」
「そういうことは胸のうちに仕舞っておけ! 映画だとそういうのはどっちかが死ぬパターンになる!」
品のない主人公とヒロインでやっていこうと思います。