第1話 実験
平和な国の軍隊ではない組織の兵士。俺はそこに所属して日々、来るべき時に備えて鍛錬に励んでいた。
任務は専ら災害救助やらアメリカさんとこの人たちとの訓練。それ以外では日々いつ来るかわからない、来るべき日に備えての訓練。
銃を扱う職業だが満足に撃てることもなく、薬きょう一個見失うと這いつくばって探す日々。お仕事以外では自由に時間が使えるから、俺は趣味に生きていた。彼女を作ることもなく、趣味仲間とバカ話で笑い合う日々。
万が一の時、命を落とす可能性が高い俺は常に楽しく生きていた。後悔することが無いように……
「山縣一尉! 郷樹!!」
轟音の中、同僚であり友人の声が聞こえる。
迫りくる白い塊に俺は、なすすべもなく飲み込まれていった。
その日は雪山で遭難した登山客の捜索任務だった。状況は差し迫っていて、行方不明発覚から72時間近くが経とうとしていた。必ず生きて帰らせてやるために、日が沈み暗くなるぎりぎりまで粘って捜索していた。少し日没が遅れてきて、日中気温が少し高かったことに気付くべきだった。
雪崩に巻き込まれて死ぬとは……
死んだんだろうな……俺……
せめて、守るべきものを守りながらかっこよく戦って死にたかった。
― ……は全て…………もうまもなく……するはずです…… -
人の声が聞こえる……俺、死んでないのか!?
なかなか抜け出せない夢から抜け出すように意識を集中させる。
起きろ! 俺!
「ッ……!」
目を覚ますと、病院というには少し汚い天井が見えた。
不思議と体にはなんの異変も感じない。もっとケガしていたり、痛みを感じるものと思っていたが……
「目が覚めたようだな。」
妙に演技がかった声の方に目をやると、ベッドの脇に医者らしき中年の男性が立っていた。
「ここは? 俺はいったい……?」
「ここは、何と言うか、研究所みたいなところだよ。死んでしまった君を少し実験に」
「死んだ!?」
やはり俺は死んでいた!? ではこれは死後の世界なのか!?
「おっと落ち着け。今は生きている。安心しろ」
「はぁ、そうですか……」
生きているのかどうかが不安というよりは本当に一度は死んだのかどうかが気になる。死後の世界なんてものは見てきた覚えがない。どうせなら垣間見たかったものだが。
「事故で亡くなった君を、私が引き受けた。言い方は悪いが、実験台としてね」
「実験」
「そう、蘇生実験やら、あー、何やらのね」
なにか隠してるなこのおっさん。
「まぁ、何はともあれ成功してよかったよ。生き返った直後に想像を絶するような苦しみの中また命を落とす可能性もあったからね」
「冗談じゃない!!」
「そう! 私としても大金をかけた君に死なれては困るからね」
そういうことじゃないだろ……
少し落ち着いて、余裕が出てきた俺は少し部屋を見回した。俺には様々な機器が繋がれており、明らかに通常の病院より遥かに機械の台数が多い。実験台として何かされたのは間違いない様だ。
窓はないから昼なのか夜なのかはわからない。八畳ぐらいの部屋には所狭しと機器が詰め込まれているほか……
「すみません。ソレ、なんですか?」
体はまだ思うように動かないので、目線で指す
「ソレとはなんだ! 私の娘だぞ!」
丸椅子に器用に体育座りをし、携帯ゲーム機に興じる、年は15、6の女の子が居た。
機器の陰に隠れているのでよくは見えないが、おそらく可愛い。
「ハチ、こっちに来なさい」
「はーい」
ハチ、と呼ばれた女の子は立ち上がり、おっさんの横に立つ。ちっこいな……160あるかないかぐらいの身長だ。
「この子が君の世話をする。歩けるようになったらこの施設の案内もこの子にしてもらう」
おっさんはそこまで行ってから俺の耳元に顔を近づけ耳打ちする。
「実は最近忙しくてね。この子の相手をするものが居ないんだ」
なぜだか嬉しそうに。
「生き返ったばっかで子守をしろと?」
「損はない話だぞ? こんなにかわいい子と一緒にいられるんだ。なんなら、好きに、してもらっても構わないんだぞ?」
「んばッ! あほか! あんた自分の娘じゃないのかよ!」
「いやいや、大事な娘だからこそ将来のことも考えてだな。君の素性は調べ上げてあるからね。私としては君にもらってくれた方が安心というものだよ」
何を言ってんだこのおっさんは!
「とにかく、しばらくは安静にしているんだよ。あと数時間で動けるようにはなると思うからね。それからは施設内を自由にしてもらって構わない」
そう言い残しておっさんは部屋を出て行った。残された俺と女の子。女の子は丸椅子をベットの脇に持ってきて座っている。
俺もベッドをリクライニングさせて状態を起こして座っている。
「……」
「……?」
女の子はなぜか俺のことを小首をかしげながらじっと見てくる。
「……な、なぁ?」
「うん?」
「何してるのかな……?」
「オジサンを看てるの」
「オジサンやめろ。名前かお兄さんと呼べ」
まだ俺は20代だ。
「名前なんて言うんですか?」
「あー、郷樹だ。郷樹でいい」
苗字で呼ばれるのは好きじゃない。堅苦しい感じがするから。
「君の名前は?」
「無いの」
「え? でもだって、さっきハチって……」
「あれは番号。私は八番目に生まれたからハチ。名前はまだないの」
猫かな?
「そうだ! キョーキさんが名前つけてくださいよ! 外の人なんてキョーキさんしか居ないし、個々の人たちは番号で呼ぶから名前なんて付けてくれないんですもん」
「えぇ……」
唐突な展開に戸惑いを隠せない。殺伐とした現場で命を落としたかと思ったら人体実験で蘇生されて、その直後には他人の名前をつけろときた。
実際にはかなりの時間が経っているのだろうが、意識のなかった俺にとってはあっという間の出来事だ。
取りあえず考えてみる。この子の生まれなんて知らないし……
「ちょっと待て、八番目に生まれた? ってどういうことだ?」
「私、いわゆる試験管ベィビー的な? 実験で作られたんですよ」
「……」
それって世界的に禁じられてなかったか? この子が八番目ということは少なくともあと七人は居るってことだ。
そして、死んでいたとはいえ俺の同意のない人体実験。蘇生以外にも、おっさんのあの感じだと他にもいろいろされているはずだ……
もしかしてココ、やばいところなんじゃ?
「ねー名前はー?」
「あ? ああ……」
とりあえず名前か……この子には失礼な話だが、ペットに名前をつける際はいつも体の特徴を名前にしてきた。
「君、目が紅いんだな……」
というか髪も、所々が赤い。そういうファッションなのかと思ったが、実験体であるこの子にそんなことが許されるはずもない。
「かっこいいからそうしたんですって」
「は?」
「お父さんが、やっぱり実験体は見た目にわかる方が良いし、かっこいいよな。って」
セリフがちょいちょい演技がかっているところも考えると、あのおっさん中二病入ってるな……
ならせっかくなので紅い瞳から……赤……
「そういえばさ、今年の秋に京都に紅葉見に行ったんだ」
「キョート?」
なんてこった。この子は教育を受けていないらしい。
「山一面が真っ赤に染まってるんだ。それを今思い出した」
「ふーん」
よくわかんないとでも言いたげに俯く女の子。
「もみじ……いや、楓にしよう」
「楓……」
あれ? なんか微妙な感じ?
俯いているので表情がわからない。
「気に入らなければ他を考えるが……」
覗き込むとだらしない顔で笑っていた。
「楓かぁ……私の名前……」
幸せを噛み締めるかのようにつぶやく楓。まぁ気に入ってもらえたようでなによりです。
それからしばらく2、3週間ほどは奇妙な入院生活が始まった。
1日1回は身体状況の診断がある以外は自由を許されていた。食事なども好きな時に食堂に行けば無料で好きなものを食べられる。飲み物もドリンクバーがあり、少量しか許されないがアルコールの類も。
なぜか俺の私服が持ち込まれており、動けるようになってすぐにそれに着替えた。入院患者がよく着ているような服は気持ち的に病人のような感じがして嫌だったから良かった。
それと、楓にいろいろと案内してもらった。研究所の広さはちょうど公立高校ぐらいで、廊下もそんな感じの雰囲気だ。だが、各部屋のドアはどれもカードキーが必要でありがちなレベル制のアクセス権限が設けられているようだ。俺に渡されているのはレベル1なので恐らく最低限の部屋にしか入れない。
食堂、コンピューター室、図書室、建物の出入り口、そして自室だ。
コンピューター室は文字通りパソコンが置いてあって自由に使えるようだ。建物の外に出ることもでき、出入り口は2か所。お世辞にも綺麗とは言えない庭と敷地の出入り口の門に続いていた。
外を見て感じたのは、日本ではあまり見かけない植物やら木々、そして空気がなんとなく違った。周囲は山に囲まれているので詳しくはわからないが、どこか外国なのかもしれない。
死者の蘇生という夢のような技術の実験台にされた俺は長い時間をかけてじっくりと記録されるらしく、当分の間は解放してもらえないそうだ。
動き回れるようにはなったが、体に異変は感じなかった。案外、死者の蘇生という実験のためだけに使われたのかもしれない。
「キョーキさん! 今暇ですか?」
俺の部屋に何の合図もなく入ってくる楓。
「あー……暇だけど?」
楓はいつもこんな調子で俺を訪ねてくる。お蔭でやりたいこともできない……
俺は脱ぎ掛けたズボンを履きなおし、起き上がってベッドに座り、楓に向き合う。
楓について分かったこと。まず、見た目や仕草に反して年齢は以外にも18歳だった。カードキーは免許証のような身分証明書も兼ねているのだが、そこに記されていたのだ。
そして何より、かわいい。ここ重要。研究所内には少なくない人数の女性もいるがダントツだ。美人というよりはかわいい系。ショートヘアに明るい笑顔、赤い瞳も相まって見た目にも活発的な雰囲気の女の子だ。体系的には起伏に乏しいが、気にならないほどに可愛いい。そしてめっちゃいい匂いする。
「なぁ、部屋に入るときはノックなりの合図がほしいんだけど」
「なんで? 入っちゃいけなかったらカードキー通しても鍵開かないはずでしょ?」
何か持っているのだろうか、手を後ろにやって俺を覗き込む楓。
「いや、そういうことではなくだな……」
なんで俺はこの年にもなって家族におびえる中学生みたいな状況に陥っているんだ。
恐らく研究所内ではあまり教育を受けていないのだろう。微妙に話がかみ合わない。天性のものかもしれないが。そして言動も微妙に幼い。年齢を考えるとかなり幼い。
「良い物拾っちゃったんですよ!」
そういって後ろ手に持っていたものを見せびらかす楓。その手には……
「どこでそれを……」
45口径のハンドガン。米軍なんかでも採用されているH&K社のものだ。
「なんか庭の植え込みに落ちてたんですよ。紙飛行機飛ばしたら植え込みに入っちゃって、取りに行ったら見つけたんです!」
弾倉を確認すると3発減っている。間違いなく何らかの状況で使われたものだ。しかし、いくら建物が入り組んでるとはいえ発砲音がすれば寝ていても気づくはず。
「付いて来い楓」
俺はズボンにソレを差し込み立ち上がる。
「どこ行くんです?」
俺の真剣さとはどこ吹く風でいつもの調子で俺の後をてくてく付いてくる。
庭に出ると楓に見つけた場所を教えてもらう。腰ぐらいの高さの生垣の陰に落ちていたようだ。
四つん這いになり覗き込むと、銃が落ちていたらしい痕跡と、薬きょうが3つ落ちていた。
「ここで撃った? まさかな……」
立ち上がりあたりを見回す。
「何探してるんです?」
「この銃が使われた場所だ」
「あぁ、それなら池のところですよ」
「はぁ!? なんで知ってるんだ?」
「昨日、池に死体が浮かんでたそうですよ。発砲があったとき、私たちはトランプで騒いでたので音は聞こえなかったんじゃないですかね」
早く言えよ……
それにしたっておかしい。そんなことがあればもっと大騒ぎになるはずだ。何かあったと気付かないほどに研究員たちは普段と何ら変わりない様子だった。
「おっさんはどこにいる?」
「お父さんなら今ニッポンっていうところに出張中です」
「日本!?」
ということはやはりここは海外だったか
「なぁ、ここってなんて国なんだ?」
「さぁ?」
どうせ外には出られないので気にしていなかったのだが……まぁいいか。
「とりあえず部屋に戻るか」
「おやつ食べません? 食堂で何かもらってきますね!」
「なら俺は先戻ってる」
俺の言葉を聞いていないかのように小走りで先に屋内に戻る楓を見守りつつ、俺は嫌な予感を感じていた。
作者の偏差値低いので科学とか詳しいところはわかりましぇん
欲望のままに書いていきますよ