初動
そこは小さな山に作られた小さな洞穴の中だった。人間の国の端に属す、緑豊かな森の中。外からは見えないように薄く土砂をかぶせられ、日の光もごく僅かしか入り込まないその場所に私はいた。
つい先ほどまでは一切感じられなかった脱力間が全身にまとわりつき、遥か過去に忘れたはずの空腹感があふれ思い出すように襲ってくる。
「ゆるさんぞ・・・」
すぐにでも気を失いそうな飢餓感を堪え、長い爪の中が真っ黒になりながらも必死に土砂を崩していく。次第に光が太くなり、なんとか人ひとりが通れるだけの隙間を開けるのにどれだけかかったのだろう。時間の感覚を失い、私はそこから這いずる虫のように脱出した。
食い物を寄こせ。
そう念じても誰も来なければ何も差し出されない。当然だ。ここは魔物蔓延る名の無い森の中だ。人だって一人もいるはずがない。私はみじめったらしく息を荒げ地を這うと、一つの樹の前までたどり着く。力を振り絞り、どうにかして仰向けに転がるとそこには赤々と輝く果樹が実っていた。
なんてうまそうな果実なんだろう。
私は一度だってあの果実を口にしたことはない。名称すら聞こうとしたことはない。ただ、ゴブリンどもが口にしているのを見たことがあるくらいだ。口にする機会がなかったわけではない。ただ、口にする気も意志も、うまそうなどと思うことだって一度もなかっただけなのだ。
それが今はどうだ。どれだけあれがほしいと願っても、樹に飛びつき上る力も、幹を蹴り倒すだけの力も、空を歩くだけの力ももう残ってはいない。
「かじつもようい、しておくんだったな・・・」
こんなことになるなら、と後悔がよぎる。しかしいくら後悔したところで今がどうにかなるわけではない。しかし今の私には体を自由に動かすだけの力さえもないのだ。もうどうにもならないのだ。
「せめて、このさいゴブリンごときでもいれば・・・」
そう考え目だけを動かし辺り見るが、そのゴブリンも今はいるはずがないとすぐに思い当たった。
そうだった。他ならぬヤツがすべて集めてしまったのだった。あの・・・あの憎き裏切り者が。
あぁ、と息を吐く。もう諦めたほうがいいのだ。きっと、私の生涯はもう決まっているのだ。それはおそらく、このままのたれ死ぬか、もしくは野犬にでも喰われて、それで終わる。なんてあっけない未来だろう。
そんなことを考えているうちに私の眼はいつの間にか閉じていた。きっともう、二度と開くことはないのだろうなと、底に沈んでいった。