剣王様が本気出したら美少女が出来た
賓客室に戻った俺は、天国の剣を武器棚の上に乗せて、ベッドの上に身を横たえた。
この部屋に来て二週間ほどだが、これほどふかふかで清潔感のあるベッドに毎日寝られるのは、とても贅沢だった。
しかも料理も運ばれてくるし、その味もコックが作るのだから美味しくて当然だった。
一人暮らしの時は、適当に肉を焼くか、煮るかぐらいで、まともな食事と言えば酒場の料理だった。
でも、もうその贅沢な生活も終わりだ。剣が戻ってきたのだから、天命を全うする為にヴィスカスを探さなければならない。
今の俺にとってヴィスカスはまだ、伝説の物語の挿絵と同じく、非現実的な存在だった。
本当にいるのだろうか。本当は居ないという事をつきとめる事が天命かもしれない。
本当はいない者を追いかけるなんて、何年かかるか分からない。それは伝説の太古の王様の財宝を探すぐらい、先の見えない話だった。
(でもまぁ、あの剣があるなら……)
と思いながら、棚の上に置いた剣を見た時、俺は目を丸くした。
「お、お、おおお!? おおーーっ!? 女ァァァ!?」
そこには、ほぼ半裸状態の真っ白な肌の女が座っていた。
かろうじて大事な部分は鎧で隠されているが、くびれたウエスト、白くて細い太股、すらりと伸びた腕は無防備だった。
たまに軽装の女剣士がビキニスタイルで鎧を着ている事があるが、あれは大人だし筋骨隆々だからいい。
目の前に居るのはまだあどけない少女で、その顔も、以前に見た様なコンストラクトと一目で分かる兜に包まれた機械の目ではなく、綺麗な丸みを帯びた頬をもつ、可愛らしいエルフの少女の面立ちだった。
「……すまない。まだ、この身体には馴染んでない」
少女は身体を震わせながら、上半身を起こして武器棚の上に腰掛けた。
「な、馴染んでないって……前よりも、全体的に柔らかくなってない? コンストラクトから人間に近づいてない?」
「お前の力にあわせたら、こうなったらしい。」
「ああ……すいません。俺が非力だからなんだね……」
「前の君はゴツかったし重かった。俺の筋力にあわせたのなら、これぐらいライトウェイトになるよね」
「ああ、前の身体は無骨すぎた。柔軟性がなかった。お前の持つ力に耐えきれず、崩壊するしかなかったのだ」
「今回は、この通り身体も柔らかいし、しなやかだし、あの様にムチの様に振り回しても、うまく力を出す事が出来るだろう」
そう言いながら、リヒトは武器棚から降りて前屈等のストレッチを始めた。
少しずつ身体を慣らしていこうという事だろう。
しかし、俺は彼女の白い肌とすらりとした太股と、その形の良い小さなお尻の方に目が行ってしまう。
もちろん、俺はこの年まで、女性の経験なんて無い。
そういう出会いというのも無い。
魔法使いにとって結婚は大して重要ではなく、多くの魔法使いはその生涯を知識への探求に費やし、結婚などしない。
それは誰もが知っている常識、みたいなものだった。
(剣王様が本気出したら、エロくて可愛い少女が出来たのか……)
何か、頑張る方向を間違えてしまったんじゃないか。とか心の中で思ったが、決して嬉しくない訳ではない。目の保養にはとてもいい。
男臭い俺の人生に、初めて花が咲いたのだった。
「……いやらしい目で見ている様だが、生殖機能もあるぞ。性欲は無いがな」
「はい!? なんで!? コンストラクトなのにどうして!? 子供もコンストラクトできますよって事?」
リヒトは綺麗な身体をあちこち伸ばして、全身をほぐしながら部屋の中を歩いていた。
「私はあまり頭が良くない。だから詳しく話す事は出来ない。この技術は剣王様だけのものではなく、青竜コウゼイアーという、天才の竜が持つ技術だ」
「コウゼイアー……伝説の竜の?」
赤竜ヴィスカスも、青竜コウゼイアーも、どちらもドラゴンポリスを治めていた五竜の名前だった。
「コウゼイアーはコンストラクトを自分で造り出そうとし、研究を重ね、一つの結論に行き着いた。機械ではなく、完全な『人間』を作れば良いのだ、と」
「神に仇なす考え方だ……」
「そうだ。だからコウゼイアーは生と死の神に追われて隠れてしまった」
「なるほど……その禁断の技術を使って作られたという事は……君はコンストラクト・ヒューマノイドという事なのか?」
「そう呼びたければそう呼ぶが良い。ただ、リヒトというのは私固有の名前だぞ」
「作られた人間……故に、生殖能力もある……という事は、寿命も?」
「ある。コンストラクトに比べれば、とても短い。人間と比べても短い……おそらくは、十年保たないだろう」
「そんなに短い間しか生きられないのか……」
「記憶自体はこのドーセント・ユニットに保持されるから、このドーセントさえ壊されなければ、身体の寿命が来ても、人間で言う『死』に至る事は無い」
ドーセント・ユニットは、どのコンストラクトも必ず持っている心臓部の事だった。
その構造がどうなっているかは全く解らず、彼ら機械が自立した意志を持って生物の様に振る舞うのも、その未知の物体であるドーセントのおかげだった。
「とりあえず、その格好はとても目立つから、何か服を着た方が良い。俺の下心を我慢させる為にも」
真っ白な肌のエルフ似の少女が、パンツと胸当てしかつけていない露出度の高い格好で歩いていたら、どんな奴でも振り返るだろう。
「服を着ても良いが、剣になったら破れるぞ」
「ああ、そうか……とりあえず、尻だけ隠しておいて。俺、女の子のお尻が大好きだから」
「分かった。尻を隠せばいいのだな?」
そう言うとリヒトは、あろう事か賓客室のカーテンを引きちぎって腰に巻いていた。
「うわあ、それ高いんだよ! かなり高級品だよ! 俺、弁償出来ないからね」
「いちいちうるさいやつだなー、前から思っていたけど、こまかいやつだなー」
「お前とリュージは大雑把過ぎるんだよ! 目に見えている物で全てを解決しようとするなよ!」
「小言を言うぐらいなら、尻でも見て鼻の下のばしとけ! この布はヤダ! 腿にまとわりついて歩きにくい!」
そう言うとリヒトは、自分で引きちぎった高級なカーテン布を床に投げ捨ててしまった。
これはもう、獣が部屋に入ってきて暴れて破れた事にするしかなかった。
(この子、思ったより相当わがままなんだぁ。とんでもない子が帰ってきてしまった)
同時に俺は心の中で良かったと思っていた。いや、エロい女の子になった事ではなく、リヒトというコンストラクトが戻ってきた事で、自分の心の穴が埋まった気がした。
帰ってきた彼女に対し小言を言うのをやめたら、彼女の言葉通り、尻を見て鼻を伸ばす時間の方が多くなってしまった。
その後、俺は旅立ちに備えて、地図にボーグルの森の場所を記し、そして大凡の旅の日程と、それに必要な飲食物と魔法の材料等をリスト化しつつ、リヒトの尻を見ていた。
ようやく旅の準備が出来、そして仲間となるリュージに声をかけ、共に旅に出る事を快諾してもらって数日後、俺達は街の外門近くで合流した。
「誰だ? この桃尻女は」
これが新生リヒトを見たリュージの第一声だった。
「お前、いつかぶっとばすぞ」
そしてこれがリヒトの返事だった。
旅立つにあたって、俺はちょっとだけ仲間選びに後悔してしまった。




