反撃の狼煙
「来るぞ……ウルゴーは待たずに攻め続けるつもりだ……」
魔法障壁を張ろうとも、それを壊してでも短期決戦に持ち込むつもりだった。
こちらに休む時間を与える事も、兵糧で攻める必要も無かった。
疲れ切った敵を数の暴力で踏みつぶす。それだけでこの制圧戦は終わる。
セリーナスは人の姿に戻ったヴィスカスを見て慌てて治療をしていた。
立っているのが不思議なぐらい、全身に傷を負っていた。
せっかくの美人もこれでは、と言いたくなるような有様だった。
しかし、それでもヴィスカスの目は生きていた。
ピラミッドの地下にて俺達に完敗し、可哀想なほど落ち込んでしょんぼりした彼女が、どんな目をしていたかを知っている。
あの絶望と哀しみの目の色では無かった。彼女は今も何かを待ち、その目は死んではいなかった。
魔法障壁の修理が終わってから三時間半ほどが過ぎた。
もうすぐ夕暮れになろうかという地平線に、無数の人間達の影が現れる。
絶望的な数。肉の壁。怒りと憎しみの塊が、静かに近づいてくる。
彼らは今、目の前にいるクソッタレのスラニル野郎にようやくトドメをさせる時が来たと息巻いている事だろう。
彼らにとっても死んだ戦友や仲間は居る。その敵を討とうという気持ちがある。
ただ占領するだけでは飽き足らないだろう。彼らはスラニルに生きる者全てを殺し、この地を平地にしても、その怒りを静める事はないかもしれない。
さすがの俺も、これはダメかもしれん。どこまであがくか、と覚悟を決めた時だった。
突然、俺の目の前に、空の上から一本の光の筋がすう、と目の前床へと落ちてきた。
なんだろうかと思って床に落ちた光を見ると、その光は床上でぐんぐんと大きさを増し、青白く光る鎧を着た小柄の騎士に姿を変えた。
「半日の遅延、詫びる言葉も無し! ヴィスカス様。パラゴンナイト、ディ=アック。白竜トーラス様の許しを得て、仲間と共にただいま馳せ参じ申した!」
バトルマスター・ザーガッシュも、そんな事を言っていた様な気がする。グランドマスター・ディ=アックもここへ向かっていると。俺はてっきりデッドフォールから向かっているのかと思っていたが、そうではなくて、彼の仕えている伝説の白竜の所へ戻っていたらしかった。
「……トーラスの石頭め……やっと動いたか……」
「ディアック様! ディアック様もこられたのですか!」
ディアックの到着を誰よりも喜んだのはロアックだったかもしれない。
俺はグランドマスター・ディ=アックの正装の素晴らしさに目を奪われていた。
鈍く青く光る白い金属は、ブルーミスラルと呼ばれる、この世で最高級レベルの鋼材だった。
その鎧には竜族の末裔を思わせる彫刻が余すところ無く施されており、その鎧そのものでも芸術品の価値があるだろう。
もう一人、ゴート卿も騎士としてその鎧に見惚れていたらしく、あんぐりと口を開けて見とれていた。
「よし、ディアック。わらわはこの通り立つのも難しい……お前とロアックで、人間共に一泡吹かせてこい」
「御意!」
「さぁ、人間共……よくもここまでやってくれたな……私が300年かけて何をしようとしていたか、今、とくとその目に刻むが良い……」
「ふふふ……ふは、はははは! は……げほっ、げほっ、ぐふっ……」
「ヴィスカス様、肺にも傷を負っておりますので、どうぞお静かに」
笑いかけて吐血したヴィスカスに、慌ててセリーナスが駆け寄っていた。
「ううむ……ドラゴンが天使ルミエルに治療してもらうとは、世の中はやはり変わったのう……」
「では、皆様。参りましょうか」
ディアックがそう言ったので、俺達はその言葉に従ってしまい、ぞろぞろと後をついていってしまった。
俺もリュージもリヒトもキュネイも、セリーナスはボロボロになっているヴィスカスに肩を貸してついてきていた。
スラニル国王もゴート卿もホッセ卿も、ギルバートさんもボーダウさんも、何故一緒に来ているのか。
先頭に白く輝く騎士、その後ろに続く鋼の騎士。そのどちらもがコボルドだった。
ウルゴーの軍勢は、まずその小さな白騎士の姿を見て、今度は何をするつもりなのかと目を見張った。
パラゴンナイトのディアックは、その軍勢の前で立ち止まると名乗りを上げる。
「我こそは光の竜ヴィーシアの末裔であり、白竜トーラスに仕えるパラゴン・ナイト、ディ=アック! 我らが先祖の赤竜、ヴィスカスの嘆願により、汝らウルゴーのお相手をいたす!」
遠目には、キラキラした立派な鎧を着たコボルドの戦士がそう叫んだ様に見えていた。
それを見たウルゴーの兵士達が、ドラゴンの次はコボルドだってよ、ネタギレか。と苦笑する。
「我が主トーラスより古の戦士の召喚を許されたり! 我が呼びかけに答え、出でよ、竜の血族の戦士よ!」
ロアックが大切に持っていたドラゴンシャードを両手で高く掲げた。
そのシャードから虹色の光が拡散し、そして巨大なポータルゲートを造り出した。
(何だ……このゲート……こんなの見た事が無いぞ……)
カオスゲートは、中心にむかって闇を中心に暗色系の光が渦巻くものだった。
また、ポータルゲートは、大抵は白く輝いてはいるが眩しさは感じないものだった。
今、目の前に現れたゲートは、その高さは20メートルはあり、そして闇と光が明滅を繰り返しながら、虹色の渦を巻いているというも全く見た事のない物だった。
「うおおおあああああ!!!」
その巨大なゲートから怒号と共に姿を現したのは、ゲートの大きさの二十分の一も無い、身長1メートル足らずのパラゴンコボルド達だった。
「このゲート!! 無駄にでかすぎだろ!!!」
思わず久しぶりにツッコんでしまった。
しかし、出てきたパラゴンナイト達は見かけとは裏腹に、とんでもない強さだった。
彼らは目の前のウルゴーの大軍に突進すると、まるで邪魔な雑草を刈り取るように、いとも簡単に目前の兵士達をなぎ払い始めた。
「敵襲! 構えろ! こいつら、ただのコボルドじゃないぞ!!」
慌ててウルゴーの兵士達が気合いを入れ直し、馬力と勢いに任せて突撃してくるパラゴン達に斬りかかる。
しかし、その剣技も筋力の強さも素早さも、何もかもがパラゴン・コボルドが勝っていた。
兵士が振り降ろしてきた剣に対し、パラゴンはその剣を打ち返しただけで、その凄まじい腕力に耐えきれず、兵士の剣は宙へと弾き飛ばされていた。
自分が武器を失った、と思った時には、その兵士の手は切り落とされ、脇腹に剣を刺され、次の時には自分の内蔵が宙に舞うのを眺めていた。痛みを感じるよりも先に、兵士の命き尽きていた。
「ジール! ライオンハート! エンジェルスキン!」
それらは高位のパラディン達の神聖魔法であり、彼らがただの戦士ではない事の証しだった。
「光竜ヴィーシアよ、我らに力を! ヘヴンリィ・プレゼンス!」
パラゴンの剣を盾で受け止めた兵士は、攻撃を受け止めた筈なのに、自分の腹部に痛みを感じて、見下ろす。
パラゴンの盾には鋭い刃がついていて、剣を止めたとしてもその盾も避けなければ防御した事にならなかった。
自分の腹から切っ先が抜かれた後、剣で両足をなぎ払われた兵士は、激痛の絶叫を叫びながら地面へと倒れていた。
この小柄な殺戮コボルド軍団、その数僅か100騎の猛攻に対し、ウルゴーの一部隊は為す術もなく、惨殺されていた。
二万の人間が100匹のコボルドに切り刻まれていく。
パラゴンコボルド一匹当たり、200人を殺している計算だった。
ウルゴーの軍勢とて、戦い慣れた兵士達の集まりで、スラニル軍の市民兵などは全く相手にならない程の強さを持っていた。にも関わらず、これらのパラゴン達は、その上を勝る力を持っていた。
このパラゴン達は、悪魔達と結託した巨人族との戦いを控えていた猛者達であり、その敵はデビルやデーモン、ラクシャサだった。ウルゴーは人の世の戦において圧倒的に勝っていたにも関わらず、異世界の援軍には全く歯が立たなかった。
この時、賢王ウルゴーがもし生きていたなら、どう戦っただろうか?




