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天国の剣  作者: 開田宗介
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血塗られた軌跡


 地平線に朝日が昇り、城の東側にいたウルゴーの主力は朝日に向かって撤退していた。

 彼らは、目の前に昇る太陽の眩しさに目を細めていた。

 そして自分達の背後、スラニルの城壁から、赤い死の翼の怪物が空へ舞った事に全く気づかなかった。


 隊列は、2万ずつの部隊が横に4列、縦に2行が並び油断から散開をしていなかった。

 そのど真ん中にドラゴンブレスが吐かれ、中央の2行2列の4部隊、8万人が炎に焼かれた。

 ヴィスカスはこの時とばかりに、ファイアブレスだけではなく、ありったけの魔力を用いてメテオストームをばらまき、ファイアウォール(炎の壁)と|インセンダリ・クラウド《業炎の空間》も展開し、視界で動く物全てに死を与えていた。

 俺とは違い、ヴィスカスは人間を殺す事に対して、これっぽっちも情を交える事は無かった。その殺し方はまるで虫けらと同じ程度にしか思ってなく、人間が害虫を根こそぎ殺すのと同じように、ウルゴーの兵士達を皆殺しにしていた。


「人間のくせに大きな顔をした報いだ。だがこれで終わったわけではないぞ。まだ半分は残っておるのだからな」


 それが戻ってきた時のヴィスカスの台詞だった。

 彼女にとってやはり人間は支配の対象であり、対等の存在ではなかった。


 ウルゴーの主力の生き残り達は、答えの出ない疑問を持ちながら潰走していた。

 どうして魔法障壁があったのに、ドラゴンはブレスを吐いてこれたのか?


「魔法障壁の幻影を張っておいて、誤魔化しただけです。本物の障壁は、ひびが入って壊れた時に、消滅してますよ」


 これがギルバートさんの考えた悪戯だった。

 そして、それをヴィスカスに伝え、大量虐殺させたのは俺だった。

 ほどなく偽物の、みせかけだけの障壁は消え、スラニルは丸腰になった。


 今こそウルゴーは攻勢に出る時であり、魔法障壁が修復される前に甚大な被害を与えるチャンスだった。

 相手の詐欺まがいの手段で8万の兵士を焼かれ、残り19万となったウルゴー軍だったが、ダイゲン国王は攻め時を見誤らなかった。


 潰走する残りの8万は後方へ逃げさせて回復を図り、本陣の10万を2万ずつ5つの部隊に分け、同時に突撃させる。


 スラニルの正門から出た兵士達のうち、スラニル軍1万3000は2万の部隊と正面から対峙し、互いにけん制から入った。


 数の優勢と戦争なれをしているウルゴー軍に対し、スラニル軍の過半数は市民兵であり、まともに衝突すれば当たり負けしてしまうのは見えていた。

 故にゴート卿は1万3000の軍を2000人ずつ、6つの部隊に分け、相手と一戦交えた者はすぐに後ろへ逃げ、その逃げる味方を守れと命じた。


 これは一見して敵からみると、素人がわちゃわちゃ逃げたり斬りかかってきたりという、遊んでいるのかと思う様な戦い方だったが、その実、突進しようにも守りが堅く、逃げる相手を追う事も出来ない為、集団陣形を主とするウルゴーには攻めようがなかった。


 俺とリュージ、ロアックは、ギルバートさんと共にエル・カシ軍8000のうちの一員として2万の軍と対峙していた。

 エル・カシからの増援の多くは強力な魔法使い達であり、俺達前衛が敵の前線を翻弄しつつ、散開して逃げた所に魔法を撃ち込む事で、なんとか相手をしていた。

 敵としても、リヒトの技は恐怖の対象であり、近づけば殺されるという恐怖が見えていたので、迂闊には前に出たくない。

 そこにロアックとリュージが駆け込めば、ただの人間相手なら、一人二人を数秒で倒すほどの強さがあり、前線にいる者は逃げ場を求めて左右に展開しようとする。

 そうなると、俺達三人の役目はそれで終わり、一旦後へと下がって、ギルバートさん達がファイアボールやライトニングボルトを正面から撃ち込んで敵兵を倒していた。


 サゴシ軍3千は最も左翼の2万に対し、執拗に弓矢での攻撃をし続け、少しずつだが戦力を削っていた。




 ヴィスカスは残りの2部隊、四万人に対し、やむなく相手の攻撃範囲に飛び込みながら炎の呪文をばらまいては撤退し、突出する敵に対してはドラゴンブレスを吐くぞと脅してみせて、後退させていたが、さすがの赤竜でもこれだけの軍勢を相手に、まともな戦いができる訳がなかった。


 何十本もの矢を受けつつ、雷や氷の魔法を受けても怯まずに戦っているのは、一重に自分が竜族であるという自負心による所だった。

 人間のくせに、と言い捨てるそのプライドの高さが、まるで無敵であるかの様に空を舞い、死の爪によって触れた者を手当たり次第に裂き殺していた。


 戦いは膠着状態の様でもあったが、消耗戦である以上は、徐々に押されるのも運命だった。

 エル・カシの魔法使い達も、魔力を使い切り、残り6000人の味方を逃がす為に、俺達三人はしんがりを守りながら後退した。


 ゴート卿の部隊も9000人にまで戦力を削られ、相手にも相応の痛手は与えていたが、押し負けてしまっていた。


 ボーダウさん率いるサゴシ軍は、元より被害を最低限に止めていたが、矢も尽き、馬も疲れ果てて500人を失いつつ撤退していた。


 早朝から始まった攻防戦は五時間を経て、昼を越えていた。

 スラニルの魔法障壁が修理された事を告げられ、戦場に居た者は生き延びる為に城内へと逃げ込む。

 なんとか、魔法障壁の修理までは耐えたが、もう次は無い。お互いにこれで一息ついたとしても、次はもうスラニルの敗北は目に見えていた。

 だというのに、現実は更に非情な情報をもたらした。


「ウルゴー軍の増援が到着しました……その数……8万……」


 あくまでここに来たのは主力であり、後続の軍や遊撃部隊も居るのは当然だった。

 そしてその主力が痛手を被り、その兵士の補充に援軍を要請したとしてもおかしくはない。


 現在、戦闘を終えたウルゴー軍主力は6万2000まで数を減らしていた。

 しかし朝方に逃げた8万が治療と休息を終えて戦場に戻り、さらに援軍8万が到着し、計22万2000まで兵力を補充していた。

 対してスラニル側は満身創痍の1万5500人。


 この戦いでオーク達は前線に出なかったが、それはレオの考えによるものだった。

 勿論、レオが何を考えているかなど誰でも想像出来るだろう。

 少人数による本陣への奇襲を行い、直接ダイゲン国王を暗殺する機会を伺っていた。

 もしこの250人のうち100人でも本陣に駆け込めば、勝機は十分にあった。


 しかしながら現実の戦場は押されるのを受け流すばかりで、本陣は遠く動かず、現時点まででは、奇襲など全く出来ない有様だった。


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