徹底抗戦
戦闘は地味に始まっていた。
火蓋を切るという様なものではなく、お互いに最大射程から弓を撃ちあい、その距離からは近づかないというもので、こちらが押されれば障壁の中に逃げ込み、相手が退けばちょっかいをかけるという物だった。
ウルゴーとしては、それでも良かった。
こうして周囲を取り囲み、兵糧攻めを始めてから一週間。
今日のサゴシとエル・カシの援軍は、ドラゴンとリヒトさえ居なければ、合従させる事なく追い払う事が出来ただろう。
おそらくはサゴシとエル・カシは幾許かの兵糧を持ってきただろうが、数日分がせいぜいで、いつか飢える事には変わりない。
そんな風にチマチマと傷つかない様な戦い方をしていても、時はウルゴーに味方している。そうダイゲン国王は確信していた。
その日、日が暮れると、スラニル軍は城内へと撤退し、魔法障壁をたてて巣ごもり状態で時を待った。
夜半過ぎになっても緊張状態は続き、見張りの兵士達は交代しながら、ウルゴーの動きを監視しつづけていた。
「正直に言いますと、あと二日は耐えられると思いますが、それまでに術は完成しますかな?」
ホッセ卿につつかれて、ヴィスカスはふん、と鼻をならした。
「術はもう完成している」
「なんと! では、何故何も起こらないのです?」
「到着が遅れているのだ。暢気に旅の準備でもしているのか」
「到着? 術ではなく?」
「まぁ見ているが良い。その時が来たら、お前達もあのウルゴーの雑兵共も、口を開けて驚く事しか出来ぬだろうよ」
一体何を画策しているのか、ヴィスカスは楽しげにクスクスと笑っていた。
「時に、壊してないだろうな? ロアック」
「大丈夫だ。転んで少し傷ついたかもしれない」
「傷も付けるな!」
「すまない。大切にはしているつもりだ」
「何の話かね?」
ゴート卿がそっち耳打ちをしてきたので、ロアックがドラゴンシャードを持っている事を教えた。
しかし、俺達にとっては、だからなんだという程度の問題でしかなく、ゴート卿もそうですか。としか答えようがなかった。
「敵襲です! 西の魔法障壁に敵が攻撃をしかけてきました!」
見張りの報告を聞いて、すぐに俺達はその場所へとむかう。
見ると攻城用の破壊槌を使って、魔法障壁に果敢にダメージを与えている部隊があった。
放っておけば数時間後には魔法障壁は壊れ、修復するまでに数時間がかかってしまう。
「障壁が無くなるのを待って、突撃しようとしてる人達が一杯居ますよ」
キュネイの目ではそれが見えているらしく、障壁を守れば敵の侵入を許し、このままではいずれ障壁は壊れるという二択を迫られていた。
「……いや、これはブラフだ。本当の目的は東だと思うよ」
日没前の時の戦い方を考えれば、あの障壁は囮であり犠牲である可能性が高い。
もし彼らにドラゴンブレスが浴びせられれば、いくら待機していた所で全滅してしまう。
その全滅を前提としているならば、反対側の東にこそ、主力は終結している筈だった。
「東に、大軍が待機しています! 2万の部隊が4列、2段で計8部隊、16万です!」
危うく障壁を降ろすところだった。
もし障壁を降ろしたなら、敵の主力は猛然と城壁に食らいつき、一気に壁を壊して皆殺しにするつもりだったのだろう。
夜の闇に乗じたのは、こちらが騙されてくれれば幸いぐらいに思ったのかもしれない。
ウルゴーが戦い慣れているのはよく分かった。
こちらは戦い慣れていないからこそ、いちいち見張りの報告に右往左往してしまう。
それでも夜通し、破砕槌は魔法障壁を攻撃し続け、やがて、その壁にひびが入り始める。
「魔法障壁が完全に壊れるまで、あとどのぐらいだと思います?」
ギルバートさんに尋ねてみると、ひびが入ったならあと三時間という所です。という明瞭な答えが帰ってきた。
(三時間……ちょうと夜明けか……)
「一つ、面白い仕掛けも出来るんですが、やってみますか?」
ギルバートさんが俺にその”いたずら”の耳打ちをしてきたので、俺はすぐにその案に乗った。
「是非!」
「シェイ、なでなでして」
「どうしたんだ、リヒト?」
「なんだかすごく不安になってきた」
「不安か……そうだね。俺も不安だよ」
誰だって不安だろう。目の前に死が迫ってきていて、それは魔法で死ぬとか強い敵に殺されて死ぬとかではなく、30万の人間によってなぶり殺しにされるという、逃げ場のない不安だった。
俺がリヒトの頭を撫でると、ちゃっかりキュネイも側に寄ってきたので、二人の頭を撫でた。
そんな俺を見て、全く俺の事を知らないサゴシかエル・カシの人が、あの人は子供二人もいるのに、大変だねぇと、誤解された上に同情されてしまった。
ちなみに皆に見えない様にこっそりとレオも俺の腰に抱きついていたので、なるべくばれない様に頭を撫でた。
(レオって……甘えん坊だっけ……?)
奴隷としてついてきた割には、一度も奴隷扱いをした事はなかった。
それどころか優秀な策士と暗殺者として、感心してばかりだった。
そんな彼女でも、今のこの追い詰められた状況では、心細いのだろう。
あと三時間。その具体的な数字を聞いてしまったのが、不安の原因だったろうか。
今日は寝る事も出来ず、そして明日は第一波の攻撃を仕掛けてくるに違いない。
一度でスラニルを攻略出来ないのなら、魔法障壁を壊す度に何度も攻撃をすればいい。
一度一度の攻撃をこちらが退けたとしても、いつかは先にこちらの戦力が枯渇する。
敵ながら堅実かつ非情な戦いぶりだった。
そして三時間後。
「西の魔法障壁が突破されました!」
という報告があり、俺達はすぐに西の城壁にむかった。
そしてそこで見たのは、破砕槌の砕いた部分だけが壊れて幅1メートル程度の亀裂が出来た障壁の有様だった。
これでは人一人ずつしか通れない。
城壁の上からは弓兵が狙いを定めており、一歩でも入ろうとした者を撃ち抜くつもりでいた。
「残念だったなぁ。障壁が無くなってしまうと思っただろ? そこだけ壊れる用にしておいたんだ」
俺がそう言うと、兵士達は破砕槌をそのままにして、友軍の方へと戻っていった。
東側にたむろしていた主力も、魔法障壁が消えないのを目にして、仕方無く撤退を始めていた。
しかし、これは単なる”いたずら”でしかなく、それも最低最悪の部類に入る詐欺だった。




