戻ってきたリヒト
それから一週間ほど経った後、スラニルを裏切った貴族達の末路が噂で伝わってきた。
彼らはウルゴーに嘘の情報を流したとして、残酷な死刑に処されたらしい。
可哀想とも思わないが、ざまあみろとも思わなかった。
「殺さなくても良かったんじゃないのかな。恥をかかせるぐらいで良いじゃないか」
「嫌な奴らだったから、殺しちゃったんだろ」
「リュージがスラニルの国王でなくて良かったよ」
突貫作業で薦められた魔法障壁の修復も終わり、今日は魔法使いとして障壁の設置に協力していた。
まだ正式にウイザードとは認められていない駆け出しの魔法使い達も、今は非常時とあって、作業にかり出されていた。
中には既に俺より魔法が上手で、明らかに才能があり、どうみても未来のエリートな少年もいて、複雑な気持ちだった。
元々俺は中の上、と言われたいが現実は中の下程度の腕前で、精一杯頑張ってみても先は見えていた。
今でこそ、降って湧いた英雄状態だが、それも俺の成した事じゃない。
ゴート卿も天国の剣が無くなった事については、起こってしまった事は仕方無いが、果たしてこれからどうしたものか、と頭を抱えてしまっていた。
そんなわけで、王宮からお金を貰えてタダ酒が呑める今は、仕事が終わったらリュージと共にメシと酒を楽しんでいる始末だった。
「すいません、シェイ=クラーヘさんですか?」
「クラーベ。クラーヘは東の国の発音……ってあんた、東の国の人か」
俺とリュージのテーブルに、一人のコンストラクトの男性がやってきた。
身体の部分は白兵戦向きではないコンポジットプレートで、見慣れないローブを身に纏っていた。
「頼まれていた武器の修理が終わりましたので、届けに来ました」
「武器の修理? そんなの頼んだ覚えは無いけど?」
「私はただの配達人ですので、詳しい事は解りません。この剣をシェイさんに届けるようにという事です。依頼人はリヒトという方です」
「……リヒト?」
その音の響きを聞いた時、俺の心は一瞬だけ止まった。
「確かに届けましたよ、それじゃ失礼します」
配達人のコンストラクトが見せた皮紙には、リヒトというサインがあった。
ごとり、と重い音を立てて、目の前に白い布に包まれた大きな荷物を置き、配達人は一礼して酒場を出て行った。
「……リヒトってあの娘のだよな」
「……ああ……もし、この包みの中が、剣だとしたら、考えられるのは一つだけ。剣王様が修理してくれたんだろう」
それは自分の憶測ではなかった。そうなって欲しいという俺の願望を口に出しただけだった。
「神様がそこまでするか?」
さすがにリュージも俺の妄想を見抜いたのか、半信半疑の顔をしていた。
「とりあえず、中を見てみよう」
そっとロープを解き、巻かれていた布を剥がすと、真っ白な剣の柄が出てきた。
もうそれだけで天国の剣だという事は分かったが、そのまま荷ほどきしていくと、以前よりも遙かに精密に作り直された神の剣が出てきた。
しかも、持ってみるとやたらと軽い。
「これは……」
「良かったな」
俺の顔が笑顔で緩んだのを見て、リュージも笑ってそう言い、酒を飲んだ。
「ほう、それが噂の天国の剣ですか! これはまた見事な……」
酒場の客の一人が、このやたらと目立つ剣を見てそう言った。
他の客も天国の剣と、その持ち主である英雄を見つけて、突然騒ぎ始めた。
「ひとまず、退散しよう」
大抵の国民は、俺の顔など知らない。
勿論、天国の剣がどんな物かも知らない。
シェイという英雄が居て、剣王から授かった神の武器を使ってウルゴーを撃退した、という事と、その時の壮絶な一撃が話になっているだけだ。
それが酒場で暢気にメシと酒を食べていたんだから、騒ぎ出しても仕方無いだろう。
俺は慌ててリヒトを肩に担ぎ、リュージは飲み干してないジョッキを持って酒場を後にした。
「さてさて、こうなるとまた、話は違ってくるんだよな? 『英雄』さんよ」
「まさかなぁ、戻ってくるとはなぁ……剣王様が作り直してくれたんだなぁ」
自分が担いでいる武器を見ながら、喜びと驚きの言葉を漏らす事しかできなかった。
「おい、リヒト。おい、お前なのか?」
剣の鍔の部分に着いている綺麗な石を、ちょいちょいとつつきながら声をかけてみると、小さい声で返事があった。
「まだ動けない。今日やっと修理が終わった所だ。この身体には全く馴染んでいない」
「そうか……良かったな、修理して貰えて」
俺がそう言うと、リヒトは不思議そうな声で返事をした。
「どういう意味だ?」
「どういう意味って……あのまま壊れてしまうんじゃなくて、良かったなぁって」
「お前は武器が壊れたら、いちいち嘆くのか?」
「お前はコンストラクトで、ただの武器じゃないだろ」
「……なるほど、武器ではなく、『私』の方を気遣ってのことか」
「そうそう。そういう事」
酒場を出て王宮まで戻ってくると、リュージは家に帰ると言った。
俺も自宅にもどれは父と母が居るが、今は王宮勤めになっている。
以前のように、気軽に実家へと戻る事は、今の俺には出来なかった。
王宮に戻ると、早速、ゴート卿から呼び出しがあった。
酒場での噂は俺が歩くより早く、あちこちに伝わっているらしい。
執務室の扉を開けると、少し顔色が良くなったゴート卿が椅子に座っていた。
「剣が戻ったか」
「はい、剣王様が修理してくれました」
「それは良かった。まだ、この国は滅びずに済みそうだな」
そう言うゴート卿も、いつもの貫禄を忘れて、ニヤニヤとした笑顔になっていた。
この国の未来、そして自分の未来への希望が繋がったのだから当然だった。
「……自分には、なんとも言いかねます」
「この時の事をかねてより考えていた。国王もそのつもりでおられる。シェイよ、旅立つ時はちかいぞ」
「はい……何か、ヴィスカスについての情報は掴めましたでしょうか?」
「伝説は伝説のままだが……きっかけになるかもしれない噂が一つある」
「きっかけに、なるかもしれない、噂、ですか」
「そうだ」
ゴート卿は自分が何を言っているかを、タチの悪い冗談だと知りつつ、くだけた調子で話した。
「スラニルから北西の方向、ボーグルの森の中に、オーク達の屈強な砦がある」
「このあたり一帯のオークを牛耳る、スカルバッシュ軍団ですね」
「知っての通り、スカルバッシュの砦にはこの国と同じ魔法障壁が張られていて、それが故に討伐を免れている」
「オークのシャーマンでも、やり方と設備さえあれば、障壁は張れますよ」
「闇はもっと深いかもしれん。その闇の奥に更に深い闇があれば、それが君の目標になる」
「分かりました。俺は冒険という仕事をした事が無いんですが、助言をいただけますか?」
「君の友人と共に行く事を薦める」
「…………はい」
正直に言えば、騎士団の誰かを同行させて欲しかった。
或いは王宮に仕えているヒーラーでも良かった。
それもだめなら……ちょっとぐらい旅の準備資金が欲しかった。
でも、どれもダメっぽいので、俺はそのまま一礼して部屋を出た。
「帰ってきたら、酒ぐらいは奢るよ。私の財布からだがな」
と背中に声をかけてくれただけでも、良しとするしかなかった。
ゴート卿が自費でおごると言うぐらい、今のこの国には金が無いのだろう。
魔法障壁を突貫工事で修理したんだから、倍、いや、3倍ぐらい工事費がかかっているのかもしれない。
この国はとりあえず生き延びたが、金庫は既に空っぽらしかった。