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天国の剣  作者: 開田宗介
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正義という言葉を口にする者

 マジックマウスを使った突撃命令は、ヴィスカスに舌打ちをさせた。


「間もなくだ。だが、今すぐではない。それまで、わらわも前へ出よう」


 ヴィスカスはそう言い捨てて謁見の間を後にし、足早に王宮の庭へと出ると、巨大な赤竜の姿へと変わった。

 その真っ赤な鱗は日の光を受け、滑らかに、煌びやかに光り輝いていた。


 国王も、宰相も、騎士団長も、その雄々しい伝説の獣の姿に、畏敬の念を感じつつ硬直していた。


「ロアックよ!!! 分かっているな!!! お前の誇りにかけて壊すでないぞ!!」


「分かった! ナイトの誇りは命よりも尊し!」


 風の盾を掲げて答えたロアックの横で、空を飛ぶ赤竜を見る国王達の目に、明らかな希望の光が宿った。


「あれが……伝説の赤竜、ヴィスカス……」


「なんと雄々しく、美しい獣だ……」




 伝説の竜が空を舞うのを見て誰よりも驚いたのは、ウルゴー軍だった。

 彼らも、今時のドラゴンは見た事があったし、討伐した事もあった。

 しかしそれは退化したドラゴンで、巨大なトカゲの化け物に近く、その大きさもヴィスカスの半分も無かった。


「わらわの名はヴィスカス! ドラゴンポリスの統治者、五竜の一匹にして女帝の名を持つ者なり! 剣を向ける者は容赦なく、冥府へと送ってくれる!」


 目の前に飛ぶのは伝説の巨竜であり、語り継がれてきた伝承に違わず、巨大で美しく、圧倒的な強さを誇っていた。


「怯むな! 所詮はドラゴン一匹! 矢と投擲と魔法を打ち込め!」


 ダイゲン国王の命令に対し、兵士達は無謀にもヴィスカスの足下へと殺到し、下から上へ向けて、矢をつがえた。

 その数、約2万人に対し、ヴィスカスの口から赤竜の業火が吐き出される。


 俺達も一度は浴びたあの炎、赤竜のドラゴンブレスをまともに受けて、瞬時に数万人が黒こげの死体と化していた。

 炭化を免れた者も、炎を身体に焼かれ、その熱さに狂い叫びながら地面の上を踊り狂い、その命が尽きると共に倒れた。


 ある者は半身を焼き切られ、残る半身で必死に逃げようとしていた。

 無理矢理に傷口を焼かれて止血こそされていたが、その激痛はまさに生き地獄だった。

 痛みに耐えかねた者達は、口々に殺してくれと叫んでいた。


 ウルゴー軍にも当然、クレリック達がいて、負傷者を受け入れてはいたが、たった数秒で2万を越える兵士が死傷してしまっては、手が足りるわけがなかった。


「うろたえるな。ドラゴンブレスはそうそう放てる物ではない! 弓を撃て! 投げ槍を放て! 魔法使いは全員、魔法で攻撃せよ!」


 今度はウルゴーからの反撃だった。

 しかしヴィスカスはその間合いには入らず、高度を保つと、その様子をうかがうに留まった。


 ヴィスカスが見ていたのは、単騎で地上を走る、光の剣を持った青年だった。


「シェイ。剣王より強い力を使う。覚悟して私に力をくれ」


「えっ……何をするつもりなんだ?」


 スラニル騎士団から借り受けた馬に乗りつつ、背中の白い大剣を掲げると、大剣の刃は実体から光の刃へと変化した。

 これが今のリヒトの姿であり、その刃そのものが硬質の光の塊になっていた。


「ストーム・オブ・ブレード!」


 リヒトが自分から動き、天頂を突き刺す形をとった。

 それはダンス・オブ・ブレードと同じ姿勢だったが、今回は一本の刃が空へと飛ぶのではなく、無数の光の刃が宙を舞い始めた。


 何百という刃が高速で宙を舞い、俺を中心とした致死の竜巻を作っていた。

 馬を走らせ、突撃してきたウルゴーの軍勢と正面衝突すると、視界が血と肉塊の嵐で真っ赤に染まった。


(こ、これは直視できたものじゃない……!!)


 思わず、俺は目を細め、耳を塞いで、馬の動きを操る事だけに意識を集中させた。

 自分が駆け抜ける周りで、無数の人達の身体が切り裂かれ、内臓がまき散らされていく。

 こだまする悲鳴と絶叫と、息絶える数え切れない生命。

 斬れた腕が手首と二の腕に裂かれ、指一本に裂かれ、その骨も粉々に粉砕されていく。


 俺が通った場所は血と肉の海と化していて、まるで地獄を再現した様だった。

 俺が死にかけた時、混沌の神が言った。俺は何万人の血と肉をまき散らすと。

 あれはこの事だったのだろう。


「……悪魔の方がまだマシだのう」


 上空から見ていたヴィスカスさえも、その残虐非道な光景には呆れていた。


 ダイゲン国王が、中将としてこの地に来た時も、剣王の力によって、殺戮の嵐を目にする事になった。

 そして今、国王として将軍として再びスラニルを攻めている今回は、更に恐ろしい地獄絵図を見る事になった。


「賢王ウルゴーは、これを恐れていたのだ。分かるか国民よ!!! よく見るのだ!!」


「機甲涅槃界の神、剣の王の力を得たスラニルが、今、我が兵士達におこなった非人道的な殺戮を! 伝説の竜の力が放った、地獄の業火を!」


「スラニルは許してはならない! 人の世の戦いは人の世で行わねばならぬ。賢王がそうおっしゃられたのは、この狂気の沙汰を避ける為なのだ!」


「ウルゴーは、人間の国の代表者として、スラニルを滅亡させなければならない! 全軍! 全力を以て、悪を叩きつぶせ! 正義は我にあり!」


 ダイゲン国王の演説は見事だった。目の前で起きた悲劇を、それを繰り返さぬ為という大義名分にして、戦う理由を人々に与えた。

 それはいい。それは仕方の無い事だ。俺だって今のリヒトの攻撃には、目を反らすほどの嫌悪感を感じた。

 人がやっていい事ではない、とも思った。

 しかし、それでも、ダイゲン国王の一言が俺を怒らせた。


「正義は我にありだと!!! ふざけんなこの野郎!!! 一体誰のためにこれだけの人が死に! 誰のために苦しんでいると思ってるんだ!?」


「ダイゲン国王、これはお前が仕掛けてきたケンカだ! 正義もクソもねぇ! お前はただ暴力で他人をぶちのめして、言う事をきかせようとしているだけだ!」


「戦争に、正義なんて物はねぇ!!」


 ここまで怒りを感じたのは初めてだったかもしれない。

 いや、今まで貯まっていた怒りが爆発してしまっただけかもしれなかった。

 俺は馬に乗ったまま、リヒトを大きく振りかぶり、そしてその刀身に魔力をみなぎらせると、思い切り振り抜いた。

 最初にウルゴーを撃退した時と同じ様に。


 岩盤がめくれ上がり、人々が吹き飛び、その身体が四散していく。

 彼らに罪は無い。いつだってそうだ。戦の前線で死ぬ兵士達に罪なんて無かった。

 戦を起こし、前線へ罪なき兵士を送り込む指導者達こそ、罪を償うべき者達だった。


 しかし、そこまでの道は遠く、彼らに己が罪を償わせる為には、その何万倍もの罪なき命が犠牲になる。


 今、ヴィスカスと俺とリヒトが殺した兵士はあわせて3万ほどでしかない。

 ウルゴーの軍勢は30万。あと27万人の兵士が、目の前に肉の壁を作っていた。

 圧倒的な物量による絶望感。これが戦争だった。



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