二人の女帝
「無事、リッチキングとドラゴンを討伐出来た様だな」
ブラッドムーンを近くの船着き場に停泊させたタルキス船長は、わざわざオアシス・ライラットまで出向いてきてくれた。
「はぁ、なんとか……」
「それで、例の物は?」
「それがちょっと、今、取りに行っている所で……」
「なるほど、ドラゴンを討伐するのが精一杯で、お宝はそのままという事か。それならば私もお宝回収だけは手伝ってやるぞ」
「ああ、いや、戻ってくると思いますので、待っているんです」
「……誰かを取りに行かせたのか?」
「はい」
そこまで説明すると、その者の帰りを待つ事にしようと船長は納得してくれた。
リュージとレオが受けた魔炎の治療を見て、タルキス船長は良い薬があるとサービスで万能薬を分けてくれた。
そのおかげで、治りの悪かった肌の火傷も綺麗に治り、大助かりだった。
「そう言えば、その剣……リヒトと申したな。少し雰囲気が変わってないか?」
リヒトは再生した事によって、以前よりも少しだけ背が伸びた様に見えた。
「うむ。魔力を得たおかげで寿命が延びた。百年ぐらいは生きられるだろう」
「武器に寿命などあったのか。まぁ長命になったのは良い事だ」
「たしか、5年か10年って言ってなかったっけ……」
「肌を再生する機能に乏しかったが、今はほぼ無限に再生する事が出来る。もう壊れる事も無い」
「はぁ~そんな事に……」
「お前の剣では無いのか?」
「いや、まさかそこまで変わったとは思っていなかったんで」
と普通に会話をしていた時、タルキス船長がチッと小さく舌打ちをした。
「お前はもう少し女心という物を勉強しろ。接待ぐらいできんのか」
ヴィスカスという女帝を持ち上げてご機嫌をとっていた所に加えて、吸血姫もご機嫌を取らなければ行けないのを忘れていた。どちらも絶対に怒らせてはいけない存在だった。
「あ? ああ、船長お待たせして申し訳ありません、あちらでおくつろぎになりませんか?」
俺がそう言ってエスコートすると、船長はふふん、と鼻で笑いながら、客室の方に行った。
「町長、ワインとか料理とかお願いします」
「わかりました、すぐに」
船長は以前と変わらず、リヒトとキュネイとレオを侍らせ、オアシスの料理長とブラッドムーンの給仕長に料理を作らせて宴を始めていた。
海賊というのはいつでも飲んで喰って騒ぐのが好きなんだろう。それ以外の時は、命を賭けて悪事に手を染めている訳だから。
その宴が夜中にさしかかる頃、ようやくヴィスカスが戻ってきた。
「何をしておるのじゃ、お主達は?」
「なんだ、この女は?」
女帝同士の初対面は、一瞬凍り付いたが、ヴィスカスが胸に抱えている七色に光るドラゴンシャードを見て、タルキス船長が歓声をあげた。
「それか! それが伝説のドラゴンシャードか!」
「うむ、これはわらわが特別に作ったこの世に一つしかないファンタズム・ドラゴンシャードじゃ」
「はよ、それを私によこせ」
「お前は誰だ? これはシェイの為に持ってきたのだ」
「ごめんヴィスカスさん。そのシャードは、こちらのタルキス船長への報酬なんだ」
「お前が欲しがっていたのではないのか! 報酬とは、つまり、この者は傭兵か何かか?」
「そんな感じ……吸血姫の海賊船長。色々助けて貰ったんだ」
「仕方無い……ほれ、これはお前の物だそうだ。売るなり飾るなり好きにすればいい」
「わーお、これ本当にすごく綺麗じゃない! こんな綺麗な物がこの世にあるなんて、生きてみるものよねー!」
(なんとか、これで話は治まった……)
元々はパーフェクト・ドラゴンシャードを渡す話だったが、キュネイの知恵のおかげで、別の物で納得して貰う事が出来た様だった。
ドラゴンシャードを使って何かをするとは言ってなかったので、綺麗で貴重な宝石なら、それで良いみたいだった。もう生きてるとか死んでるとかいうツッコミをする気力は俺には残ってなかった。
「シェイよ。お前はこの迎えを待っていたのであろう? この女にスラニルまで送迎させる予定か?」
「……この女は、さっきから上から目線なのだが、誰だ?」
「こちらは女帝ヴィスカス様です」
「……つまり、レッドドラゴン?」
「そうだ。お前は吸血姫らしいが、わらわの足下にも及ばぬ存在と知れ」
「嫌な女だ。気に入らぬ。シェイはこういう女が好みなのか?」
「なんだお前は、このエルドリッチナイトが好みなのか? こやつはわらわの胸を見て鼻の下を伸ばしている様な奴だぞ」
そんな事は一度たりとも無かったのだが、ヴィスカスは俺をいきなり抱き寄せると、その豊満な胸に俺の顔を埋めさせた。
「うぷぷ、苦しい……」
「やはり胸か! 再生した時に胸はどうしようか迷ったけど、シェイは小さい方が好きだと思ったんだ! いや、シェイの心の中を覗いた時、大切なのは胸より尻だった!」
後ろではリヒトが色々勘違いをしつつ、他人の性癖を勝手に暴露しまくっていた。
「胸なら私だって負けてはおらん。お前の様に易々とは触らせぬだけだ」
「タルキス船長は、ガリエットさんという方がおられるのでしょう?」
「うむ、求婚までしたのに、どこかへ逃げおった。まぁ向こうが出てくるまで待つしかないがな」
「想い人がおるなら、追って捕まえれば良いではないか。それとも相手が仕方無く出てくるのを待つのが良いのか?」
「うむ。やはり男は出向かせる方が良いとは思わぬか?」
「それはそうだな。女は男に大切にされて貢がせてこその存在だ」
(この二人は男の天敵だ……なんて恐ろしい女達だ……)
「シェイよ。これで私とお前の約束は守られた。これからスラニルに戻るのだな?」
「はい。俺はその為に旅をしてきました。ヴィスカスの助力がある今なら、ウルゴーの侵攻は食い止められると思います」
「……そうか。残念ながら、私はそれに荷担するつもりはないが、一つ、楽しくない報せは聞いている」
「と言いますと?」
「スラニル方面に勢力を持っていたダイゲン隊長は、ウルゴー帝国の約三分の一を味方にしてハル・ウルゴー帝国として独立宣言をした。戻って戦いの準備を整えた方がよい」
ハル、とは真の、という意味で、ダイゲン新国王は自分こそがウルゴー帝国の後継者だと宣言したのだろう。
ウルゴー帝国の三分の一としても、スラニルから見れば三倍以上の大国。本気で正面から攻められたら、当然轢き殺されるだけだった。
「タルキス船長、ご迷惑とは承知で、最後にお願いします。俺達をスラニルに連れて行って下さい」
「よし、街を出てすぐに出発しよう。宴はこれまでだ。リヒト、キュネイ、レオ、お前達は本当に可愛らしい娘子じゃ、生き延びるのだぞ」




