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天国の剣  作者: 開田宗介
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口約束もほどほどに


 ヴィスカスは戦いを諦め、俺を舞台の上に戻すと、小さくなったドラゴンシャードを見ながら、ひたすらションボリしていた。


「ヴィスカスよ、お前は勘違いをしているようだが、我々はお前を許したわけではない」


 再び少女の姿に戻ったリヒトが、ヴィスカスにそう言った。


「私に何をしろと?」


「このエルドリッチナイト、シェイは故郷のスラニルを救う為にここまで来た。何度も死にかけ、苦難を乗り越え、伝説でしか存在していなかったお前を見つけ出した」


「これは命令だ。ウルゴーの侵略からスラニルを救え。その代わりに、このドラゴンシャードには、可能な限り吸い取った魔力を戻して、お前に返そう」


「……それは良い取引じゃな。うむ、私にはそれを拒否する理由は無い」


「つまり、伝説の赤竜が、スラニルの味方になってくれるの?」


「そういう事じゃ」


 目の前にいる伝説の怪物が友好的な態度を見せた事に、俺は心底ホッとした。

 これでスラニルは救われる。そう実感して、俺はその場に仰向けに倒れて、大きく息を吐いた。


「では、地上へ戻るとするかのう。まだ、あのオアシスはあるのじゃろう?」


「ありますよ」


 レッドドラゴンはグレーターテレポートの呪文を唱えると、俺達を連れて、オアシス・ライラットに運んでくれた。


 見覚えのある街の広場に着いた俺達は、ひとまず町長に挨拶をして、休む事を考えた。

 それぞれが疲れ果てて重い身体を引きずりつつ歩きだすと、その傍らに真っ赤な髪の美女がまるで仲間のような素振りで立っていた。


「あの……あなたは誰ですか?」


「わらわはヴィスカスじゃぞ? 竜の姿では人里は歩けまい」


「マジですか!? すごい美人じゃないですか! ドラゴンなんかやめてどこかの国の王を色仕掛けで骨抜きにした方が良いんじゃないですか!?」


「うむ、美人だというのは拒否のしようもないな。昔は良かった、わらわに一目惚れしたあちこちの国の王が色んな宝物をくれてのう……」


「もうそれは皆がちやほやしてくれて、とても幸せじゃった。毎日届く恋文を読むのが愉しくてのう……あの頃に戻りたかったのじゃ」


 もしかしたらヴィスカスは、とてもピュアな女性だったのかもしれない。

 今までにもヴィスカスは悪というより、ただちやほやされたいだけだ、という事は聞いていたが、まさかここまで乙女チックなドラゴンだとは思わなかった。


「また、女が増えたな……」


 ボロボロになったリュージがセリーナスに肩をかしてもらいながら、ぼそっと呟いた。


「いや、彼女はラスボスだから。旅の仲間じゃないから」


「ロアックとやら、そのドラゴンシャードはわらわのものじゃ、返せ」


「ダメだ! お前はまだ信用出来ない! ロアックが預かる!」


「ウルゴーを退ける事が出来たら、返しますから」


 俺がそう言うも、ヴィスカスはロアックとの口論に夢中だった。


「お前はドラゴンの血をひいておるのだろう? わらわをもっと崇めぬか!」


「お前はレッドドラゴン! ロアック達は光の竜!」


「知っておるわ。ヴィーシアは我々ドラゴンにとっても神だからのう」


 俺達が町長の家に戻ってきたのを見て、信じられないといった顔をしたのはムラキさんだった。


「まぁ、なんとか帰って来れたんですよ。そんな顔しないで下さいよ」


「ご無事でしたか……私はちょっと怖かったんで……」


「普通そうですよね。あの小さなピラミッドの罠は大変でしたよ」


「ですよね……私、皆さんに被害が出ないように、出来るだけ少ししか案内しませんでした。でも皆さんが残って調べると仰るので、これは無理かなぁ……と」


「なんじゃこれは? ライラット王ではなく、ただのデーモンのミイラではないか」


 偽物のライラット王の遺体を見たヴィスカスが、不機嫌な顔でそう言う。


「ああ、ヴィスカスさん、それには触れないであげて下さい。嘘が必要な事もあるんです」


「まぁ、別に良いが……一応は長年付き添った仲だからな。あのように嘘偽りで伝わっているのを見ると、いい気持ちはせぬな」


(今はいい人っぽいけど、怒らせたら何をするか分からないんだよな……ドラゴンだもんな……)


(この感覚……タルキス船長と同じだ)


「あっ! しまった!」


 そう言えば、ドラゴンシャードは戦利品としてタルキス船長に渡す事になっていた。

 しかしこっちは口約束で、ヴィスカスに返す事にしてしまっていた。


(うわあ、しまった忘れてたぁ、どうしよう……)


 この流れからしてヴィスカスがドラゴンシャードを諦める訳がない。タルキス船長が力ずくでも取ると言ったら、ドラゴン対海賊吸血姫の戦いが始まる事になる。


(ひぃぃぃぃ……やばいぞこれ)


「ちょ、ちょっと、キュネイ、レオ、相談してもいい?」


「できれば……少し……休みたいんですが……ご主人様……」


「そうだね、レオは休んだ方が良いね、ごめんね」


「私は大丈夫ですよ、何ですか、旦那様?」


「シェイ、どうしてリヒトに相談しないのだ。どうして仲間はずれなのだ」


「まぁリヒトも何か良いアイデアを出してくれるなら良いけど……みんな覚えてる? タルキス船長にドラゴンシャードを渡すって話」


「あ! そっか! しまった、どうしようシェイ?」


 まぁリヒトの性格では、そういう答えだろう。分かってた。


「他にもっといい物をあげれば良いんじゃないですか?」


「他にもっといい物……?」


「ていうか、ドラゴンシャードっぽい別の物をあげれば良いんじゃないですか?」


 俺達がここに生還できた事が伝われば、数日後にブラッドムーンが迎えに来るだろう。

 それまでに代わりの何かを用意しなければならない。

 そう思ってヴィスカスにドラゴンシャードの代わりになる物があるかどうか聞いてみた。


「何を言っておる。ドラゴンシャードならいくらでもある。ドラゴンシャードはドラゴンの住処から取れる魔力を吸った水晶の事だぞ?」


「良品を一つ分けて下さい! 出来ればワンメイクな奴」


「あの特別なドラゴンシャードでなければ、この赤竜ヴィスカス特性の物でも作ってやろうか。価値を求めるのであれば、十分だろう」


 ヴィスカスは俺達の頼みを聞いてくれると、特別製のドラゴンシャードを作る為にビラミッドの下のねぐらへと戻っていった。

 美人を褒めて持ち上げておけば、悪い事にはならないという一つの例だった。

 そして数日、彼女が戻る事はなく、先にブラッドムーンが迎えに来てしまった。


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