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天国の剣  作者: 開田宗介
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神殺し


 剣王と俺は共に真正面から激突し、そして、互いの刀を猛然と奮う。

 相手は三倍以上もある巨躯でありながらも、こちらより素早く動き、戦いに関してはプロ以上。リヒトがインテリジェンス・ソードでなければ、俺の未熟な剣技では歯が立たない相手だった。

 剣を振り降ろしたかと思えばその柄で殴りかかり、剣を戻す為に蹴りを放つ。

 その一撃一撃は正確無比で、避ける事すら叶わない。

 

 ガギン、ギギン! という硬質の響きは、リヒト自身の悲鳴にも思えた。


 それでも俺は剣王の剣をはじき返し、懐に入り、その足に斬りつけ、蹴りを弾き、その蹴りに対して魔法を放つ。

 その後、一旦距離をとった剣王は、両腕を伸ばし、胸を張って真上を向いた。

 それを見たリヒトが、すかさず自分から剣を垂直に構えさせ、そして剣王が放った技を叫ぶ。


「レイン・オブ・ブレード!」


 剣王の身体の各所から中空へと刃が跳んだのに対し、リヒトの剣は一本の刀身が空へ飛んだ後、分裂して刃の雨と化す。

 互いの剣は空で打ち消しあい、俺の真上へと落ちてくる筈の刃は全て弾かれていた。

 しかしそれ以外の刃は舞台へと突き刺さり、足場を崩壊させていく。


「あ、足場が……壊れる……!」


(これが……あの時の……)


 遠見の長が見せた幻が現実の物になった。

 上にも下にも星空が広がっている。

 足場になる所は無く、俺は星の海の中を漂っていた。

 皆は残っている舞台の上に居る様で、俺の様に落ちてはいないみたいだった。


「その技まで、会得したか。我が剣よ」


「剣王の名にかけて、恥じる戦いはしません」


「うむ、よくぞ言った」


 足場を失って動けない俺に、剣王が容赦なく斬りかかってくる。

 ひたすらに防御に徹するが、その先に何が待つかは見えていた。


 頭頂から下段へと振り降ろされる剣を弾いて反らし、横から凪いでくる剣を受け、更に続けて来る斬撃を再び受ける。

 ギャリン、という音と共に天国の剣の刃がこぼれ、破片が宙に舞う。

 それでも攻撃を受け続けるしかない。


 あの幻の時と同じ様に、俺の手の中で天国の剣が崩れ去っていくのを感じていた。

 しかし、それは力によって自己崩壊を起こしたのではなく、剣王の苛烈な攻撃を受け続けた結果だった。


 刀身にひびが入り、鍔がはじけ飛ぶ。

 刃は既にボロボロに崩れていて、まるでのこぎりの刃の様になっていた。

 ひびはついには刀身を斜めに折り、もはや斬撃を受けるのも難しい。


 これが、剣王の鍛えた剣の、最後の姿だった。

 俺は最後まで見ていた。自分の中で剣が砕け散るのを。

 最後の一片も残さず、天国の剣はその役目を終えて、塵と化していた。


 もう、俺には剣王の攻撃を止める武器は無かった。


 リュージやキュネイが何かを叫んでいた。

 逃げろと言っているのか、それとも降参しろと言っているのか。


 剣王は俺にとどめを刺さず、様子を見ていた。


 その不自然さにすぐに気づいたのはヴィスカスだった。


「どうした? とどめを刺さぬのか? よもや情が湧いたのではあるまいな?」


 レッドドラゴンの問いに、剣王は何も言わない。


「契約はまだ成されてはおらぬ。剣王よ、我が敵、シェイ=クラーベを倒せ」


 そこまで言われてようやく、剣王は俺から視線を反らし、ヴィスカスの方を向いた。


「あれから随分長い時が経った。悪魔との戦いに対する助力を余に求め、そしてその契約には、お前の身の危険を守るという条件がこっそり付け足されていた」


「狡猾なお前に対し、余はそれほど知恵が回る方ではない。さてどうしたものか、と考えた末に、こうする事にした」


「……何の話だ……?」


 剣王の言っている事がヴィスカスには理解出来ず、困惑しながら周りを見た。



 俺には解っていた。リヒトは一言もそんな事は言わなかったが、天国の剣が砕け散った時、彼女の存在は、白い大剣には宿っていなかった。

 リヒトと俺は一つであり、その存在は俺の心の中に守られていた。


「来い! リヒト!」


 俺は後方の、舞台の上にある、ドラゴンシャードに向かって手を伸ばした。

 その手の中には、リヒトのコアシステムである、ドーセントがあった。

 剣王との撃ち合いの中で、リヒトは自分の身体が攻撃に耐えきれない事を察していた。

 だからレイン・オブ・ブレードの時に中心核であるドーセント・ユニットを分離し、俺がそれを守った。


 剣王は、次にリヒトがその刃を失った時に、一度目と同じ様に消えさらない細工をした。

 その為の、新たな、人の姿に対応したドーセント・ユニットだった。

 そのリヒトのドーセントユニットが、長年育ったドラゴンシャードの強大な魔力を吸い取り始めていた。


 リヒトは俺と一つになりたいといい、キスをしてきた。あの時に彼女の記憶と俺の記憶はリンクしていた。初めて彼女に手を繋がれた時、彼女は言った。これで彼女と俺を鎖でつないだ、と。それよりも強力な強い絆によって、俺と彼女の記憶は繋がれていた。


 俺の中に存在するリヒトという少女の記憶が、手の中のドーセントに流れ込んでいき、その中の記憶を呼び覚まし、魔力の塊であるドラゴンシャードのエネルギーを吸い取っていく。


「おおおお! 何をしている! その水晶をそこまで育てるのに300年かかったのだぞ!?」


 ヴィスカスは怒り狂っていたが、どうする事も出来なかった。

 俺を殺せば魔力は失われる。しかしドラゴンシャードが魔力を放つのを止める事も出来ない。


 手の中のドーセントはその球体を中心として、光の剣をかたどっていた。

 それは白く眩しく、神の力を宿した、紛れもないアーティファクトだった。

 剣の刃は光そのものだった。白く輝き、揺らめきながらも、あらゆる物を断ち切る刃。

 復活したリヒトは、まさしく『天国の剣』の名にふさわしい光の剣だった。


 俺は生まれ変わり、俺の心と一つになったリヒトを手に剣王へと打ちかかっていく。


「見事に化けてみせたな、シェイ。リヒトをよくぞそこまで鍛え上げた。余は満足だ」


 剣王はただ待っていた。

 リヒトで斬りつける俺の正面に立ち、剣が振り降ろされると、避けもせず、光の刃に切り裂かれ、そしてその姿は消えた。


 正確には剣王はこのフェイルーンを追放され、機甲涅槃界へと強制送還された。

 それはつまり、ヴィスカスによって下僕として召喚されるという契約の決裂だった。

 再びヴィスカスが剣王を従える為には、再度剣王と契約しなければならないが、もう二度と剣王が騙される事は無いだろう。


「……そんな……300年もかかったというのに……こんなに小さくなってしまうとは……」


 ヴィスカスは怒りをも忘れてしまうほど、悲しみに打ちひしがれていた。

 リヒトに魔力を吸い取られたドラゴンシャードは、その力の大半を使い切り、両手で抱えられるほどに小さくなってしまっていた。

 勿論それでも強力な竜水晶だが、ドラゴンポリスを復興するには絶望的に力が足りなかった。


「私の完敗か……ここまできて……長い時を経て……そして、何も得る事はなかったか……」


「元気だそうよ。なんとかなるって!」


「お前がそれを言うのか!」


 ドラゴンがあまりにも可哀想だったので、慰めたら怒られた。


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