時の無い世界で……
「マジック・オブ・インヴァルナラビリティ(魔法を無効化する魔法)のお守りか何かだな、それ」
それは中程度の呪文までを弾く魔法だが、とても強い呪文に対しては守りきれずに壊れてしまうという物だった。
俺がつけているギルバートさんから貰った指輪も、壊れてしまえばその魔法の効果は無くなる。護符とはそういう物だった。
「ラー=ライラット三世自身は、実はそれほどは強くない。そして自分が強くないと知っているからこそ……」
「お前が身につけている、そのじゃらじゃらとした宝石は、みんな防御の魔法がかかった宝物だな!」
「見抜いたか、小僧……しかし誰だってそうだろう。自分が弱ければ、最強の武具で身を固めるものだ」
「リュージ! ロアック! そいつの身体から身ぐるみ全部剥いでしまえ!!」
「おっしゃあああ!!!」
「えーっ! お前らそれでも冒険者か!? 戦わんのか? この魔法の装備を打ち破る強さで、勝利を手に入れないのか!?」
リッチキングは慌ててその場から逃げだそうとしたが、ここは中空に浮かぶ円盤の上で、逃げる場所などなかった。
そして縮地法で一瞬にして側に駆け寄ったリュージが、リッチキングに飛びかかる。
「とっとと脱げやこのクソジジイ!!」
かつて、リッチキングという凶悪なアンデッドに対し、これほど粗野で横暴な戦い方をした冒険者達が居ただろうか。
俺とロアックとリュージは、リッチキングを羽交い締めにすると、頭の冠をつかみ取って放り捨て、首のネックレスを引きちぎり、宝石まみれのローブに剣を突き立てて引き裂いた。
相手がもし女性だったら、とんでもない強姦魔に見えただろう。
しかし相手は、齢300歳を越す、肉もそげ落ちた骨だった。
「まだだ、まだ終わったわけではないぞ。お前達が奪ったのは私が身を守るためにつけていた武具にすぎん。私の強さが衰えた訳では無い!」
「ディアス・サーンよ! 燃え……」
両手を掲げ、あの業火の魔法を呼び出そうとしたリッチキングの後ろに、この時を待っていたという様にレオが立っていた。
そして、リッチキングの細い脊髄に、深々とアンデッドキラーの刃を埋め込む。
「その技を使う時、お前は無防備になる。リュージもそう言った筈だ」
全ての防御をはぎ取られたからこその、致命的な一撃。
不死者が死ぬ、という矛盾が目の前で起こっていた。
「ああ……あああ……命が……身体に戻ってくる……やめろ……私を定命に戻さないでくれ……うあああ……」
リッチキングの身体は止まっていた時が一瞬にして流れ、失った生を取り戻すと同時に、生ある者は死すという掟に導かれていた。
見た目はそのままの骨だが、肉体と魂と時が切り離された今、それは単なるカルシウムの塊でしかなかった。
既に目の前の骸に魂は存在せず、言葉も失い、その骨も風化して塵と化してしまった。
ようやく、一つの強敵を倒す事が出来た。
スラニルを出た時、まさか見習い魔法使いの自分が、リッチキングを倒す勇者になると想像出来ただろうか? 正確には、古代の王の身ぐるみを剥いだだけだが。
しかし、代償も大きかった。
リュージの身体を焦がした炎は、思ったよりもその体力を奪っていた。
一仕事追えたリュージは、力尽きて舞台の上に倒れてしまい、セリーナスに見守られながら、荒い吐息をついていた。
そしてレオもまた、業火の中を堪え忍び、その身体に酷い火傷を負っていた。
「ご主人様、すまない……私はこれ以上は無理……」
そう言うと、レオも倒れ、慌てて俺はリュージの横に寝かせて、セリーナスに看護を頼んだ。
「大丈夫です。光の神にかけて、この二人の命は守ります」
セリーナスはそう言って、二人に継続的な治癒の呪文をかけ続けてくれた。
「うう……炎防御の薬と治癒薬をがぶ飲みした……気持ち悪い、気持ち悪いよう……」
「吐いた方が楽ですよ」
「もうだめ無理、オェップ……」
セリーナスの看護の元、キュネイの次にレオまでもがゲロってしまった。
どうかリヒトだけはゲロったりしないように、と心の中で願った。
「さて、ヴィスカスさん。出てこないと、この竜水晶を叩き壊すぞ?」
呼ばれて、赤竜は再び星空を舞い、舞台の上に降りた。
「まずはよくやったと褒めるべきだな。これでこのドラゴンシャードをこれ以上育てるのは難しくなった」
「降参してくれる?」
「まさか。あと何千年かかるか分からぬが、この時の無い世界なら、いつかは完成させる事ができよう。それまでの時間がのびただけだ」
「ここは、時がないのか……」
「ここは異次元の狭間。魔法使い達もポータルゲートでしばしば使う。平行世界の狭間にある虚無の空間。時など無い」
「長いあの縦穴は、その為の通路だったのか」
「何をするにしても、研究室は必要だったのでな。ライラット王と私は最初にこの空間を作った。ここに居る限り、彼奴も永遠の時間を手に入れる事が出来たから、喜んで協力したぞ」
「もっと若い頃にやっとけば、爺さんも若さも保てただろうに」
「……ぷっ! お前は人間のくせに、存外面白い事を言うな?」
(あらっ? このドラゴンもタルキス船長みたいに、笑いのツボがずれてるのかな)
もしかしたら長生きしてしまうと、笑いに飢えてしまうものなのかもしれない。
彼らが本当に必要なのは、コメディアンなんじゃないだろうか。
「殺すには惜しい男だな……しかし、お前はそう思っては居ないのだろう?」
ヴィスカスが中空へと舞い、そして巨大な羽を一仰ぎすると、舞台の上に見覚えのある物が現れた。
それはカオスゲート、異世界に繋がる門……マスターウイザード、ロディットによって開かれたものと同じゲートだった。
そして、そのゲートの中から、全身を刃の鎧で包んだコンストラクトが現れる。
キング・オブ・ブレード。剣の王。
「剣の王よ、古の盟約により命ずる。我が敵を倒せ」
「やはり……こうなるのか……」
リヒトがそう呟いた。そして俺もこうなる覚悟はしていた。
森の長が俺に道を示してくれた時に。
いつか、俺とリヒトは剣王と戦う事になる。
リヒトも、そう道を示されたのかもしれない。
「来たか、シェイ=クラーベ。この時を楽しみにしていたぞ」
「さすがは剣王様。ロディット卿の時と同じく、力に対して力で答える事をお望みか」
「そう。お前にリヒトを委ねたのは、お前に望みを託したからだ。この剣の王が、神殺しの力を持つ『人間』という種族に託した望み、その期待に応えて貰おう」
「ロアック、キュネイは下がって、みんなの所にいてくれ。これは俺とリヒトの戦いだ」
「旦那様、頑張って下さい」
「お前に光の竜ヴィーシアの加護がありますように」
ヴィスカスは更に上空に昇り、観戦を決め込んでいた。
俺が剣王の前にこの身を晒すのは、あの時と合わせて二度目。
あの時、俺は怯えていたが、心の中のどこかで、冷静に自分を見ていた。
今回は、構えたリヒトに魔力を流し込み構え、そして剣王の覇気を正面から受ける。
白金の兜の奥に光る剣王の目は、俺の目を見て喜んでいた。
「見事な覇気よ。お前の中にあるその力、存分に吐き出せ!」
「いくぞリヒト」
「うん!」




