レッドドラゴン・ヴィスカス
シェイとリヒトの長い旅も、ようやく伝説のドラゴン、ヴィスカスまで辿り着きました。物語も終盤。最後までお楽しみ下さいませ。
縦穴を降りて辿り着いたのは、俺にとって見覚えのある場所だった。
(星空の……舞台……)
遠見の長が俺に見せてくれた幻は、上も下も星に包まれて宙に浮いている状態だった。
ここはそうではなく、大きな丸い舞台があり、そこから見上げると夜空のように星々が瞬いていた。
舞台の上には中央に祭壇があり、その上に巨大な赤い宝石が宙に浮いてゆっくりと回転していた。
多分、これがドラゴンシャードだろう。
俺が見た事がある竜水晶は手に乗る程度の、子猫ぐらいの大きさだが、目の前に浮かんでいる水晶は象よりも大きい。
その他にはリッチキングの姿もドラゴンの姿もなく、無人の用に見えたが、程なくバサッバサッという風を羽に孕む音を立てて、伝説の獣が俺達の前に姿を現した。
(これが、ドラゴンか……)
四つん這いにも関わらず、頭頂までは6~8メートルはあった。
その前足一本でも、人間の身体四人分はある太さで、先に付いているかぎ爪一つが子供一人分ぐらいの太さだった。
身体は真っ赤な鱗で覆われているが、その一つ一つが光沢を帯びており、とても綺麗だった。
「あれから300年。人間がここに来たのは初めての事だ」
竜は流暢な女性の言葉で話しかけてきた。タルキス船長より少し歳を取っているぐらいの声色だった。
「最初に言っておくが、そのドラゴンシャードを壊す事は、お前達の祖国の破滅を意味するぞ。それがなければウルゴーの軍団を退ける事は叶わぬ。くれぐれも傷を付けぬようにな」
よほど大切な物なのだろう、まず最初に注意を促してきたのは、この巨大な宝石の事だった。
それも踏まえて、この宝石を壊してしまったら、このドラゴンは相当怒るだろうなぁ、という悪戯心はあったが、スラニルを助けられなくなるなら、そんな悪戯はやめた方が良さそうだった。
「赤竜ヴィスカス、剣王よりお前の討伐を命じられてきた。その命、ここまでと思え」
そう宣戦布告したのはリヒトだった。
俺も彼女もその為にここまで来たのだから、当然の事だろう。
「うむ。そうだな。その件については私もよくわかっている。だが、お前達がこの私と戦えると思ったら大間違いだ」
ステージの端にカオスゲートが現れると、その中から全身を宝石の装束で身を包んだ骸骨が現れた。
冠にも宝石、手に持った錫杖にも宝石。着ているローブも金色で、体中にじゃらじゃらと飾りが付いていた。死せる魔導王は不死の力を得て、彼の望み通りリッチキングという不死身の王になっていた。
「キング・ラー=ライラット三世か」
「いかにも。私はこのヴィスカスの力によって永遠の命を得て、そのドラゴンシャードを作ってきた者だ。残念ながら、伝説のペインアース・ドラゴンシャードは出来なかったが、それでもそれに準じる物は作れているぞ」
「ここに来るまでに、あんた達の話は色々と聞いてきたんだが……ヴィスカス、お前はそこまでしてドラゴンポリスを復興させたいのか?」
俺がそう問いかけると、女帝はふん、と鼻をならして答えた。
「復興ではないな、新たな支配の為。再び我々竜族が地上を支配する為の拠点作りじゃ」
「一度滅んだ国を復興させるとか、夢を見るにしても少し乙女心が過ぎやしないかい?」
「何を言うか、巨人族もウルゴーを使って再び力を得ようとしている。そうなれば地上は竜の支配どころか、地獄の悪魔達の支配下になろうぞ」
「その話はよく知らないんでね。とにかくお前達にとって俺達人間は支配し、踏みつぶすだけの存在でしかないってのはよくわかったよ」
「いいか、聞け、シェイよ。そして天国の剣リヒトよ。かつて、この世界は三匹の神竜によって、空と大地と地下の三つの世界が作られ、そして光の竜によって光がもたらされた」
赤竜は強く羽ばたくと、高みから俺達を見下ろしながら過去のいきさつを語り始めた。その言葉に伴って、中空に幻が浮かび上がる。
「それは平行十二世界の神々の行いであり、この世界はペインアースと名付けられて産まれた」
「その後、我々竜族は光の神々の指示の元にドラゴンポリスにおいて、長い秩序と平穏を保っていたが、巨人族は闇の神々の指図の元に、地上に破壊をもたらし続けた」
「これは仕方の無い事だ。この地は元より神と悪魔が戦う地。竜族と巨人族がいずれ戦うのは必至じゃ」
「我々竜族はなんとかして、この世界を光に満ちたまま守ろうとした。しかし巨人族はダークマターと呼ばれる闇の魔法を使い、地上を次々に廃墟にしていった」
「巨人族の王、サリアク・カニデモスの愚行を止める為、我々竜族は己の一族を犠牲にして、サリアクと巨人族を倒し、ドラゴンネクロポリスの中に全てを封じ込めた。これが滅亡戦争じゃ」
「我々は決して悪の存在ではない。私は数十年の間、ドラゴンポリスに封じられた我が同胞を救うべく手段を探し、そしてドラゴンシャードを使う事で、その封印を解く方法がある事を見つけた」
「その方法を見つけたのは、このキング・ラー=ライラット三世。彼は私の目標に協力する為、代わりに永遠の時間が欲しいと言った。パーフェクト・ドラゴンシャードを作るまでに永劫に長い時間が必要だったからじゃ」
静かで綺麗で獰猛な赤い獣は、仲間である金色の装束を着た死者の王の側に静かに降り立ち、夜空の下で俺達を見据えていた。
「なるほど、長い歴史を教えてくれてありがとう。俺はあまり歴史は好きじゃなかったんで、そういう事があったなんて知らなかった」
「このまま帰れ。スラニルを救いたいというなら、私とライラットが力を貸してやろう。私達は魔法使いを根絶やしにもしないし、お前自らに戦えなどとは言わんぞ?」
その甘言を聞いた時、リヒトが動揺したのがわかった。
俺の目的はスラニルを救う事だから、ここでヴィスカスの申し出を受けるというやり方もあった。
そうすれば目の前のドラゴンとリッチキングと戦わずに済むどころか、その協力を得られるのだから。
「俺は、剣王様に言われてね……勝ちたくば戦え、と。その為に色んなものを捨ててここまで来て、その代わりにいろんな大切なものを手に入れて、ここまできたんだ」
「歴史がどうとか、竜と巨人のどちらが悪いとか、俺には関係ないんだ。そしてドラゴンポリスの復興もね」
「交渉は出来ぬか。ならば致し方ない。全て燃えて灰燼と化せ!」
そう言うや否や、ヴィスカスは巨大な頭部を振り上げ、そしてその口から膨大な量の炎を吐き出してきた。これが伝説に名高いドラゴンブレスだった。
その火柱に俺達が包み込まれたのは一瞬の事で、しかも炎は直撃した場所だけでなく、この舞台全てを炎の海に包んでいた。
「ディアス・サーンよ! 燃えよ!」
そう叫んでいたのはリッチキングだった。
ヴィスカスはファイアブレスを吐くと、すぐに中空を舞い、下方へと飛んで行って姿を消した。
そして舞台の上には、ロアックの風の盾によって、ドラゴンブレスの直撃を逃れた俺達と、リッチキングだけが残っていた。