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天国の剣  作者: 開田宗介
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神の剣の一撃

「ウルゴーの民に警告する。我は機甲涅槃界より使わされし者。この国は剣王に助力を乞い、そして我々はそれを聞き入れた。今すぐ剣を納め、撤退せよ。さもなくば、剣王の力をその目にする事になる」


 リヒトが凛とした声でそう言った。

 ウルゴーの兵団は、目の前にいるのが青年なのに、聞こえた声が少女だった事に違和感を隠しきれず、動揺していた。


「どうです? 退却してくれませんか?」


 と俺が言うと、ウルゴーの兵長らしき屈強な軍人が答えた。


「そのつもりは無い! その剣王の力とやら、見せてみよ!」


 ウルゴーの兵長は俺を剣で指し示し、そして目の前にいる兵士達に俺の首を跳ねる様に命じた。

 目の前に迫る死を感じつつ、俺はリヒトを腕に抱え、体重を鎮めた。

 何だろうか。とても心が静まりかえっている。

 死ぬ時って、こんなに冷静でいられるものなのだろうか?


(いやぁ、死にはしないさ……多分ね)


 俺の心の中で、もう一人の俺がそう呟いた。そう信じたかっただけかもしれない。




 最初の動きはほぼ完璧に身体に叩き込んでいた。


 肩に剣を抱えたまま、身体を回転させ、そして腕の上に剣を滑らせる。

 剣の重さが腕に程よく乗ったら、そのまま足を動かして、身体を安定させる。

 身体自体は、目を回さない程度にゆっくりと回せばいい。

 遠心力で破壊力は十分に大剣に乗せる事が出来ていた。


 あとは、切っ先を相手に向ける様にして、思い切り、振り抜くだけ。


 リヒトがその力を最大限に発揮した時、軽く振っただけの剣が、轟音を上げた。


「なっ!?」


「う、うわ!!」


 真っ白な神の剣は、その切っ先から地面を破壊し、えぐり取り、そして空へと舞いあげるほどの爆発を伴う衝撃波を出していた。


「ぐわあああ!!!」


「ひ、退け! 距離を取れ!!」


 それは斬るという生易しい行為ではなかった。

 あの夜、剣王が柄で床を砕いた時と同じ。破滅と破壊の嵐だった。


 目の前でウルゴーの兵隊達が空へと吹き飛ばされていく。

 衝撃波の直撃を受けた者は既に死んでいた。

 手と足がちぎれ、別々に空を舞っている。

 血しぶきをまき散らしながら、地面へと叩きつけられ、割れた岩盤に押し潰されている者も居た。


 あの時、リュージは言った。この剣はやばい。強すぎる、と。


 大爆音を上げながら、正面の軍隊は消し飛び、空へと舞い散っていた。

 地面はえぐれ、大きな亀裂がいくつも走り、無力な人々は逃げる事しか出来なかった。

 しかし、こちらにも代償はあった。


「えっ? えっ?」


 俺の腕の中で、天国の剣がぼろぼろと崩れ去っていく。

 その破壊力を、自らを崩壊させてまで放出した神の剣は、耐えきれずに自壊していた。

 刀身が吹き飛び、鍔にひびが走り、柄が砕け散る。

 一体何が起こったのか、俺には全く理解出来なかった。


 天国の剣の放った一撃は、それで脅すに十分な効果があった。

 先頭の兵長達を失ったウルゴーは、その大軍勢の数にも関わらず、たった一人の青年の前から逃げ帰り、十分な距離を取った。


 外壁の中に戻った俺は、国民達から賞賛の言葉を受けたが、舞い上がれる気持ちなんてなかった。

 俺の手の中に、あの剣はない。これからどうすればいいのだろうか。

 剣王は俺にあの剣を使ってドラゴンを倒せと命じた。

 しかしその剣は、たった一振りで木っ端微塵になってしまった。

 あの、自らの崩壊を引き替えにした破壊力で、ドラゴンを倒せという事だったのだとすれば、これは間違いなくゲームセット、詰んでしまっていた。


 いや、それもあるが、あの少女はどうなってしまったのか。

 あれで死んでしまったのだろうか。あれで終わりなのだろうか。

 あの一撃の為だけに、コンストラクトの少女は、俺に手渡されたのか。


 実の所、俺の心の中に一番大きな傷を残したのは、あの少女だったかもしれない。

 彼女はみてくれこそ機械人形だったが、その憎まれ口は親友に似ていたし、その仕草は年端もいかない子供のようだった。

 もし、ただの剣を手渡されていたなら、俺の心にこんな穴は開かなかっただろう。


 幸いなのは、ウルゴーにはそんな事など分かるはずもなく。あの調子でバッタバッタと衝撃波を出されては、到底勝ち目など無いと怯えた事だった。

 そもそもそんな非現実的な破壊力を持てたのは、機甲涅槃界が助力したからに違いない。

 この時、スラニル占領軍を率いていたのはダイゲン中将という猛将で、彼の判断は、一端引いて万全の体制を整えるという慎重案だった。

 今回のこの一撃はウルゴーの敗北にしてはならなかった。

 宣戦布告にきて、相手の力を様子見しただけだ、という事にしなければならなかった。


 それぞれの虚勢がそれぞれを守り、それぞれを決着から遠のかせた。

 もしウルゴーの軍勢が勇猛果敢であったなら、スラニルという国は滅亡し、俺も屍となっていた。

 もしスラニルの国王が勇猛果敢だったなら、剣王の名を掲げて一矢報い、ウルゴーを滅亡へと導く橋頭堡を作りかねなかった。


 あの大帝国ウルゴーが小国スラニルに負けた。という事実は、ウルゴーの敗因はその内乱が原因。反旗を翻すなら今しかないと離反を呼び、そして異世界の神に助力を乞うという事は、これほどまでに力を得る事なのかという風説を広める事にもなった。


 しかし、ウルゴーはあくまで様子見として撤退し、それが意味するのは次は容赦しないという事であり、その確信を持つ為には、スラニルがどこまで異世界の力を借りているか、その戦力はいかほどなのかという確かな情報が必要だった。


 戦争は常に情報戦から始まる。その点において、ロディット卿がこうまで秘密裏にして剣王とコンタクトをとったのは、まさしく、敵を欺くには味方からという考えからであり、もうこの世には居ぬ知将は、死してなおスラニルを救った。


「難しい事はよくわからねぇ。とにかく今日は勝った。そしてお前はあの剣を失った」


「ああ……リュージのおかげて勝てた。そして、あの子を失った」


「あの子、ちょっと可愛かったな。コンストラクトにしては」


「上から目線で何様気取りだったよ。さすがは神様の使いだった」


「天に戻ったんだろう。悪く言ってやるなよ」


 今宵の酒場は盛況だった。

 当たり前だろう。あのウルゴーの侵略を撃退し、滅亡を免れたのだから。

 いずれまた、ウルゴーは攻めてくるかもしれないが、それまでに魔法障壁を修復する事は不可能ではなかった。


 王宮の魔法使いは全滅したが、障壁の設計図と設置方法はまだ残っている。

 即日、工兵達は修理に取りかかり、そして魔力行使するに必要な物資を調達しはじめていた。

 俺は、障壁を作る際にはもちろん生き残りの魔法使いとして手伝うつもりだが、その修理や設置については全くのドシロウトだった。


「これから……どうすりゃいいんだろう。いや、あの剣が壊れた時点で、天命は失敗だよな」


 この国が救われる方法はもう無い。皆はその事を知らない。

 このままこの国を去った方がいいだろうか。そしてどこか遠くの国で、この国が滅んだ噂を聞きながら、一人こそこそと生き延びようか。


(もう、あれだけやっちまったんだから、タダではすまないよなぁ……)


(まさか壊れるなんて思わないしなぁ、やっちまったなぁ……)


 俺は誰にも相談出来ず、一人で悩むしかなかった。





「まさか、初撃で崩れ去るとはな」


「このまま、捨て置けばよろしいのではありませんか?」


「この剣王が自ら鍛えた剣が、たった一振りで壊れたとあれば、笑い話にしかならん」


「では、新たな剣を作られますか?」


「うむ。新たな剣ではない、折れし剣を鍛え直す」


「何故また?」


「余は少しあの人間を見下していた。ただの凡弱な魔法使いだと思っていた。リヒトを使う事は出来ず、ウルゴーの侵攻の中、討ち死にするものと思っていた」


「剣王様。その語りよう、随分とお喜びのご様子ですな」


「化けるやもしれん。あの者は憎きヴィスカスを見つけ出し、討ち滅ぼすかもしれん。久々に助力というものをしてやりたくなった」


「これは相当な惚れ込み様。あの青年の剛胆さが気に入りましたか?」


「仲間が全部死に、その師も潰えたというのに、あの者は怯え竦みながらも、その心は余を真っ直ぐに見ていた。人間が神殺しと呼ばれる、恐ろしい部分を持っている」


「この天国の剣、それを自壊させるほどの鋼の心、どこまで鍛えきれるものか、見てみたい。化けてみせよ、魔法使いよ」


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