謎だらけの王墓
とりあえずは、東側の玄室を見に行ったのだが、階段を昇ろうとすると、その階段自体が酸の吹き出す罠のついている階段だった。
登り終えると、個室にレバーがついているのが見えたが、そのレバーを引くと小部屋に閉じ込められてしまうらしい。
そして別のレバーで再び小部屋の扉をあける事が出来る。
この二つのレバーを引く事で上への階段がある部屋へ行く事が出来る。
つまり最初に誰かが一人小部屋の中に入ってレバーを引いて閉じ込められ、その後に別の誰かが違う場所のレバーを引いて先へと進めるようになるという事だ。
そして、その小部屋には勿論、罠がしかけられていて、最初に入った者は死ぬのだ。
次の部屋はまた衛兵のミイラの部屋で、その先に進むと、罠の通路が続く。
似た様な構造の通路は迷いやすく、また、落とし穴等で落ちたりしても、延々とこの巨大なピラミッドの中を彷徨う事になってしまう。
その間にも罠と衛兵の部屋が続き、盗掘者達は途中で力尽きてしまうのだろう。
「今、こうして安全に墓の中を見て回れるのも、何百人もの犠牲者のおかげです。その代わりに財宝は盗まれてしまいましたが」
ようやく、東の玄室についた。
立派な棺桶があり、既にその蓋は開けられている。部屋に置かれていた様々な財宝も失われ、今は割れた土瓶しかなくなっていた。
「こんな風に四つの玄室があり、そのどれか一つに本物の王の身体が安置されていました」
「本物の王の遺体は、今、どこに?」
「街の資料館に運んでいますよ」
「そうですか」
それが本物の王の遺体であるかどうかは疑わしかった。
本物はこのピラミッドのどこかにいて、きっと俺達が来るのを待っている。
今は、自分の末裔が共に来ているから、何もしないだけかもしれなかった。
ムラキさん達は表向きの王の遺体をここの玄室から運び出し、大切に管理しているのだろう。
残る他の三つの玄室も見て回ったが、殆ど同じ構造の玄室がピラミッドの四方に一つずつあるだけだった。
予想はしていたが、当然、ピラミッドの上への登り口も、また、中央部への通路も無かった。
一応、一階基部の、落とし穴の先にある牢獄も見て回ったが、キング・ライラットの所へと繋がる道は無かった。
代わりに、ムラキさんが言っていたファイアメフィットが、松明に火を灯しながら飛んでいるのが見えた。
「おい、あれはメフィットだぞ」
そう言ってロアックが指を指すと、ムラキさんがロアックに優しく説明した。
「はい、彼が炎の番人です。悪いメフィットじゃないですよ。とても辛抱強くて、とても誠実な使い魔です」
「ほー……そうか、悪い奴ではないのか」
炎の番人のメフィットは、一つ一つの松明を丁寧に手入れし、燃えつきかけている松明は、火を消して残りカスを地面に払い落とし、新しい松明を掲げていた。
「王様の為に火を灯す。未来永劫、火を灯す。火が消える時、災いが起こる。だからオイラは火を守る。世界を守っているのはオイラ。火の番人の、このオイラ」
そんな歌を口ずさみながら、小さなメフィットは己に与えられた仕事をこなしていた。
今までに何百年。そしてこの先もずっと、松明を見守り続けていくのだろう。
「なるほど、アイツはああして世界を守っているのか」
ロアックはその歌を聴いて、大きく頷いていた。
初日、俺達は大きな成果こそ得られなかったが、現地調査としては十分な情報を得る事が出来た。
街に戻ってから、最後に確認しておく情報として、王のミイラを見せて貰った。
町長の家の隣に併設された博物館では、墳墓から発見された一部のお宝とその説明、そして王のミイラが展示してあった。
「てめーの国の王様には、角と尻尾がついてんのかよ……」
偽物の遺体を見たリュージが、呆れてそう呟いていた。
明らかにキングライラットの遺体ではなく、人間の遺体ですらなかった。
いや、むしろ、デーモンの亡骸に装束と冠を被せているという点では、王の遺体以上に厄介な情報を俺達に教えてくれた。
「オーレリア姫というグレーターデーモンはリッチを召喚するって言ってたけど……ラー=ライラット三世は、デーモンを配下にしているかもしれない」
「自分の遺体の代わりに手下のデーモンに冠を乗せて埋葬か。あの石版の件に加えてまた一つ、俺はこの王様が嫌いになったぜ」
カッシナーさんは言っていた。ラー=ライラット自信はそれほど強くない、と。
そして自分が弱いと分かっているからこそ強い、と。
それがこういう回りくどい手段に繋がっていくのだろう。
リュージは真っ直ぐ歩き、障害があれば乗り越え、打ち壊していくタイプだ。
俺も似た様な物だが、できるだけ楽をして乗り越えていこうとする気概がある。
障害を克服するのにリュージは己の力を強くし、俺は様々な情報と工夫で対処する。
言わば、俺にとっての情報は、問題を克服する為の大切な力だった。
よく分からない正体不明の、対処の仕方も分からない相手、というのが俺はとても苦手で恐怖さえ感じる。 だからこそ、相手の事を出来る限り知り、そして準備し、様々な対応策を備えて戦いに挑みたい。それだからこそ、毎日暇があれば、もっと楽な方法は無いのか、と思考を巡らせている。
リヒトには、俺のする事は今ひとつ理解出来ない様で、キュネイにはよく分かる様だった。
「シェイは用心深すぎる。結局は目の前にいかないと分からない事ばかりだぞ」
「そうだね。リヒトの言う通りだ」
「でもいざという時の為に、色々と準備をしておくのは無駄ではないですよね」
「そうだね、キュネイの言う通りだ」
「大胆さも用心深さも、どちらも必要だ。大切なのはバランスだ」
「そうだね。レオの言う通りだ」
「シェイはみんなの事を認めてしまう。リヒトはもっと褒めて欲しい」
「リヒトはこの世で最も強く、綺麗な剣だ。君が居ないと俺はリッチキングにもドラゴンにも勝てないよ」
「……シェイは口が上手いだけだ」
などと憎まれ口を言いながらも、リヒトはまんざらでもない様子で、俺にべたべたしていた。
「なんだか、どんどん子猫になっちゃってますよね。可愛い」
キュネイがおかしそうに笑っていた。
確かにリヒトよりキュネイの方が猫らしくても良さそうだった。
しかしキュネイは猫独特の孤高した雰囲気を持っていて、時折、とても神秘的で綺麗な眼差しで遠くを見つめ続けている時があった。
猫にも甘えたがらない子がいる様に、キュネイはベタベタする方ではないのだろう。
リヒトが俺にやたらとすり寄ってくるのは、毒の一件のせいもあった。
エル・カシで俺が誘拐された事と、アナセマの毒を弾けなかった事をリヒトは自分のせいだと思っている。
元より責任感の塊のような性格だが、そこに自分の非を認められない悔しさを持つ様になってしまった。
だから、適当に甘えさせておく方が、彼女の為でもあった。
言葉にして、リヒトが必要なんだよ、と言ってあげないと、彼女の作られた心は、その不安で自壊しかねなかった。
ある意味では人間の心よりも弱い。人工の心というのはまだまだ未完成なのだろう。




