それぞれの道
「おや! まさかあなたはルミエルでいらっしゃいますか! これはこれは初めてお会いいたします」
エルゴルさんはセリーナスの正体を見抜くと、すぐに席を立ち、そしてセリーナスの前に片膝をついて深々と頭を下げた。
「あの、どうぞ、お顔をあげて下さいませ。私はそのようにされるほどの者ではございません」
「それでは、お言葉に甘えまして。お名前を伺ってもよろしいでしょうか? 光の導き手様」
「セリーナスとお呼び下さいませ」
「セリーナス様。何か困った事がございましたら、このエルゴルにご相談下さい。光の国アイリアは我が神プラチナフレイムの同胞。協力は惜しみません」
どうやら、良い所で良い接点が出来た様だった。
少なくとも荒くれ共といがみ合いながら強敵と戦うのを避けられて良かった。
「へぇ、本物の天使か、こりゃすごいな」
ガールードさんがそう言いながら、高い酒を飲み干していた。
俺達は少し距離を置いた所に座り、そしてお互いの様子を伺う事になった。
「あの、質問してもいいかしら? エルドリッチナイトさん」
エルフの魔法使い、ファフランさんが話しかけてきた。
見た目は二十歳ぐらいだが、エルフの事だから100歳は過ぎているだろうか。
エルフの魔法使い、というだけでもう、人間の魔法使いとは1ランク強さが違うと言われている。
「その子……コンストラクトの子……アーティファクトじゃない?」
「私は剣王に鍛えられし者、天国の剣、リヒトだ」
「……マジかよ。こりゃまたすげぇな……光の天使と剣王様の使いだって? 何が起きようとしてるんだ?」
ガールードさんの言葉に、盗賊もこちらを直視する様に椅子の向きを変えていた。
「俺達は、剣王の天命を受けて、赤竜ヴィスカスを倒しに来たんです」
「ああ……うん……それで、ここに来たのか……ライラット三世と一緒に居るよな、あいつ」
「知ってるんですか!」
「我々の目的とは違いますので、詳しくは調べていませんが。あの墓地に居るという話は聞いています」
何だろう? このすれ違った感じは……。
俺達にとって史上最強の敵の名前を聞いても、あ、そう。という風に流されてしまった。
「ガールードさん達は、別の目的でこちらに?」
「俺達はオーレリア姫というグレーターデーモンを殺しに来た」
「グレーターデーモン……ですか……」
それはドラゴンやリッチとどっちが強いのだろう。という素朴な疑問を抱いてしまった。
「グレーターデーモンは、リッチ達を召喚します。ラー=ライラット三世ほどの強力なリッチではありませんが、とても厄介な相手です」
「ヴィスカスとラー=ライラットか……できれば避けたい相手だな」
その言葉が意味するのは、必要ならば面倒だが倒せる、という自信だった。
「どうして、あなた方の様なお強い方が、ヴィスカスを退治しないんですか?」
キュネイが思った事をそのまま質問してしまうと、ガールードさんは笑った。
「それが道って奴さ。お前達は何かの理由で、ヴィスカスを倒しに行くんだろう? 俺達もある理由でオーレリア姫を倒さなくちゃいけないのさ」
「道、ですか……」
キュネイが困っているのを見て、同業者として気になったのか、盗賊が口を開いた。
「ラー=ライラット自身は、実はそんなに強くねぇ。俺も若い頃、あそこのお宝に挑戦した事があるんだ」
「だが、ライラットは自分の弱さを知っている。自分の弱さを知っている奴ってのは強い。その弱点を補おうとするからな」
この盗賊の言っている事は、真に的確だった。
自分が弱いと分かっている奴は強い。もう少し正確に言えば、強くあろうとして、自分の弱さを知っている者は強い。という事だ。
「ライラットが眠っているのは、ピラミッドの一番底だ。だが、そこへ行くには一番上にいる守護者を倒す必要があるんだ」
「しかし、冒険者達の殆どが、上へ行く道が分からず、観光名所よろしく、ぐるっと一周して出口に戻ってきてしまうのさ」
「つまり、上へ行く道を探し出せばいいんですね?」
「そう。でも、あのピラミッドには上に行く道が無いんだ」
盗賊の言う言葉は殆ど謎かけだった。
「カッシナー、もうちょっと分かりやすく言ってやれよ。コボルドナイトさんはもう寝てるぜ」
ガールードさんがそう言うと、カッシナーさんは軽く頭を掻いてから言い直した。
ロアックはここに来て、椅子に座り、ご飯を食べて、飲み物を飲むと、あとはウトウトしてテーブルの上でいびきを掻いていた。
「大きなピラミッドの側に、小さなピラミッドがあるんだ。これも観光名所になってるがね。この小さな方から、大きな方へ飛ぶんだ」
「問題は飛んだ先さ。俺はそこで回れ右をして戻ってきた」
「何があったんですか?」
「罠があった。とびきり上等のな。俺はアサシンであって罠外しは得意じゃない。ガールードが行ったとしても無理だぜ、お前ならきっと大笑いして帰ってくるよ」
「なんだ? そんなに楽しげな罠なのか」
「楽しいって言うか、ばかばかしいの一言だね。ラー=ライラット三世の用心深さは世界一だよ」
カッシナーさんの話では、何人かは俺と同じ物を見た筈だ。何人かは挑戦したかもしれない。でも、未だに誰もライラット王に遭った者はなく、ヴィスカスの姿も見ていないのだから、そいつらは皆死んだか諦めたのさ。という事だった。
「とにかく……行ける所まで行きます。行き詰まったら、先へ進む方法を探します」
「お前、いい冒険者になれるよ。今日は俺のおごりだから、好きな物食べていけ」
ガールードさんはそう言うと、宿屋の主人に財布をまる事預けていた。
「さすがにその金を全部使っちまったら、そこで終わりにしてくれ。俺もそれしか持ってないんだよ」
そう言うと、俺の肩を軽く叩いて、酒場を出て行った。
先輩の冒険者としては、とても尊敬できそうな人だった。
彼らにはオーレリア姫というグレーターデーモンを倒す使命があると言っていた。
それがどんな強敵なのかは想像もつかないが、俺達には俺達でやらなければいけない事があった。
さて財布の中にいくら入っていたのかは分からないが、俺達全員が満足して呑み食べできるぐらいのお金はあった様だった。