死せる王の砂漠
ブラッドムーンはデッドフォールを出て、一端南にある港街ラヴァニアに寄り、そこから砂漠入りを目指していた。
ラヴァニアはノース・サーンでは最も巨大な貿易港で、殆ど交流のない反対側の大陸カーベアからの商船も来る事があるそうだ。
残念ながら、俺が意識を失っている間にラヴァニアを通過してしまって、その街を見る事は出来なかったが、主に物資補給と、俺の薬の材料を手に入れただけで、すぐに出発してしまった。
向こうの大陸はこちらの大陸よりも遙かに危険でありながらも、魔法と技術は比べものにならないほど発展していて、しかも何度も神々からの攻撃を受けているらしい。
このディアス・サーンの大陸は俺達にとっては巨大だが、別の大陸に比べたら少し小さいのだそうだ。全く、世界は広い。
意識が戻ってから一日ほどでようやく立てる程に元気を取り戻した。
一度自分で飲食が出来る様になると、セリーナスの治癒魔法の効果もよく効くようになり、回復はとても早かった。
寝たまま薬を飲んでいるだけでは半年は身体の痺れはとれず、その間に神経のあちこちで傷ついてしまい、後遺症も残るそうだ。ライトブリンガー様々だった。
「随分と凡ミスをしたようだね」
船長室に呼ばれ、吸血姫からもらったねぎらいの言葉がそれだった。
「はぁ、次からは戦った後に水浴びする様にします」
「そんなに清潔に気を遣う冒険者なんて効いた事が無いよ。レオが居て良かったと思いな」
「船長は、レオの事をご存じだったんですか?」
「そりゃ闘技場の11位を知らない訳がないだろう。あらゆる暗殺術を極め、不死者まで殺すというソードダンサー。奴隷の契約でアリーナに居たのなら、私が頂いておけば良かった」
「その死へ誘う為の知識が、人を救う手段になるとはね」
「生と死は常に表裏一体。その道理に抗うのが不死者達。しかしその原理は単純。肉体の代わりに時を手にれる。時と精神の繋がりを断ち切れば、不死者は滅びる」
「そう、お前は私達不死者の天敵だよ。これから遭うだろうリッチキングにとっても、これほど嫌な奴は居ないだろうね」
肉体の中に心が入っていれば、それは生きているという事になるのだろうか。
不死者は肉体を捨てて時間の流れそのものに心を結びつける事で、永遠に生き続けるのだろう。
その道理だと、作られた肉体に作られた心が入ったリヒトは、やはり生きているという事になる。
確かに、このリヒトも含めてコンストラクトと呼ばれる者達は、生きている、としか例えようがないのだが。
機械の中に自立した意志を持った存在、それがコンストラクト達。機甲涅槃界の住人達は、自律機構体と呼ばれていて、正確には生命体ではない。
生命体ではないにもかかわらず、彼らは生きている。様に見える。
(不死者も同じか……タルキス船長は死んでいるのに、生きている。様に見える)
そしてリッチもそう。ゾンビもグールもそう。全く同じだ。これが死霊術の基本だった。
生と死の狭間に知識を求める死霊術師は、自らをゾンビ化したり、マミー化したり、吸血鬼化したり、そして最後にリッチになる事を目指す。
それは強大な力とか不老不死を求めているだけではなく、知識を追求した結果だった。
「もうすぐオアシスにつく。キング・ラー=ライラットの末裔達が都を造り、平穏に暮らしている。そこにお前達を降ろした後、私はデッドフォールに戻る」
「ありがとう、船長! 俺達、できるだけの事はするよ!」
「……いや、そうじゃなくてね? 私だけ帰っちゃうの? とか聞かないの? 帰ってもいいの?」
「えっ? 帰らないの!? 一緒にリッチと戦ってくれるのか!?」
「帰るわよ! なんで私が戦わないといけないのよ!? だからそうじゃなくってね、財宝はどうするの? とか取引は? とか、そういう大人の話があるでしょ?」
「そうか、ありがとう」
「何に対するお礼!? 全て自分達の良い様になるとか思ってるの!? 本当! お前はあのパラディンにそっくりなのよね! もーっ! ずうずうしぃぃぃ!!」
前から、少しだけ思っていた事があったが……。
この船長は、どこかに乙女心というか、かまって欲しいっていう気持ちがあって……。
(微妙に、面倒臭い女だなぁ……)
デッドフォールに辿り着いた時の様に、一生懸命ご機嫌取りをして丁度ぐらいだった。
その時の気持ちを思いだして、サービス心と真心で接してみる事にした。
「タルキス船長ってさ、わりと寂しがり屋さんだよね」
「なっ! 何それ!? 馬鹿にしてるの?」
「いや、ちょっと可愛い所もあるんだなって」
「か、可愛いとか、こんな若造に言われても、嬉しくないわよ」
(いや、絶対に嬉しい。そういう顔をしてる)
ソファに深く腰掛けた吸血姫の船長は、血が通わないが故に頬を染める事はなかったが、明らかにその表情は緩みきっていた。
「ここまで良くしてくれて、本当にありがとう。ヴィスカスを倒したら、必ず竜水晶を手に入れて船長の所に戻ってくるよ」
「勿論だ。私の為に行き、私の為に戻って来い。ライラットの末裔には話を通してある。町長のマー=ルートにあって来い。幾許かの情報を得られるだろう」
(つまり……既に手筈は整えていたという事か……)
もしかしたら、タルキス船長は俺達の為にデッドフォールからここまで下見に来ていたのかもしれない。
日数からすると、微妙に計算が合う所もあやしい。
(もしかして……タルキス船長って……ダメ男に振り回されるタイプなんじゃ……)
以前に聞いたガリエットという名の男にしても、その後どうなったのか全く話題に上る事は無かったが、言葉の端々に、騙されたとか、油断のならないとか、人を食ったとか、そういう表現が出てくる。
つまりそれだけ振り回されてるという事だった。
(タルキス船長は怖いんだけど、悪い人ではないんだよな。もう人でもないんだけど)
同じ様な事を前にも思った様な気がする。
「船長、オアシス・ライラットに到着します」
飛空艇のエンジン音が静かになり、ゆっくりと下降していくのが身体で分かる。
俺達は早速下船の準備をする為に、部屋へ荷物を取りに行った。
オアシスには飛空艇を停泊させる船着き場がない為、近場の崖に接岸して、そこから街へ歩いていく事になる。
船着き場に相当するこの崖っぷちには、最低限の建物があったが、それほど多く飛空艇が来る事はないらしく、寂れきっていた。
「では、いってきます。船長」
「とっとと行って、お宝を持ってこい!」
砂漠で日が出ているというのに、船長は日傘にサンシールドまで張って、甲板で見送りをしてくれた。
これではまるで、俺達は海賊の一員みたいになってしまっていた。
「あー、ガリエットもいいけど、シェイもいいわよねー。でもシェイはいろいろコブがついててもう面倒なのよねー。とはいえガリエットなんて逃げ散らかして、今頃どこにいるのかもわからないしー」
「船長がお求めになるお宝は、本当に手に入れ難い難物ばかりですな!」
「やっぱり人の心が一番、手に入らないわね。そして人の心が一番、素敵だわ」




