油断大敵
「久しぶりにシェイと共に戦えた。やはり武器はこうでなくてはな!」
今回の死闘で一番満足していたのはリヒトだった。
「旦那様が死んじゃうかと思いましたよ。もうほんと、ドキドキしながら見てました。お二人とも大丈夫ですか?」
キュネイはとてもいい観客として楽しんでいた様だ。
「どうして殺さない? 私にはご主人様の考えが分からない」
不機嫌な顔でそう尋ねたのはレオだった。
「だって俺は暗殺者じゃないから」
俺がそう答えると、レオは口を尖らせて、そういう意味じゃないと言いたげに拗ねていた。
「リュージ様は毎回、身体がボロボロになるまで頑張るので、私はとても心配です。もし私が居なかったら、どうするおつもりですか」
珍しくセリーナスに諫められて、リュージは苦い顔をしていた。
「うん……きっと死んでるな。いつもすまない」
いくらリュージが身体を鍛えているからと言って、素手で敵の攻撃を止めたり弾いたりしているのだから、傷は絶える事がない。
俺達の様に武器ではじき返したりしている訳ではなかった。
モンクの技は、その類い希な強さと引き替えに、常に自分自身の身体を犠牲にしている所があった。
「今回は良かったな! 前回のはかなり駄目だったが、今回のは良い商売になった」
マスターゴージの言葉に周りのチャンピオン達はうんざりしていた。
所詮は商売なのだ。それを言ってしまったらそこまでなのだが、しかしそれが現実だった。
チャンピオン。グランドマスターなどと称号を貰えたとしても、金の為にショーをしている労働者に過ぎなかった。
一攫千金を求めて来ている下位ランカーならともかく、既にある程度の地位と財産を得ているチャンピオン達には、ため息しか出なかっただろう。
せめてもの救いが、あんな化け物と戦わされなくて良かった。という正直な気持ちだった。
次はやばい。このこのゴージは金のためなら俺達を殺す。と内心でびくびくしていたが、先に救いの女神がきてくれた様だった。
「今晩、ブラッドムーンのご帰還だそうだ。お疲れさん」
「……良かった……俺は今、本気でそう思ってる」
そう呟く俺の腰を、リヒトがぽんぽんと優しく叩いて慰めてくれた。
「良かったですね、旦那様。キュネイもこれで少し安心です」
朗らかな顔でそう言うキュネイにレオがすごい剣幕で噛みついた。
「ブラッドムーンがついたって事は、いよいよ本番なんだぞ!? アナセマより強い相手と戦う事になるんだぞ、分かってるのか!?」
「えっ、そうなんですか? 蛇人間より強い相手って居るんですか?」
「リッチキングとドラゴンだぞ? その手下にはアンデッド達が無数にいる」
「アンデッドは苦手です。バックスタブとか効きませんものね」
「キュネイ、お前はどことなく一本ずれているんだ。暢気な事を言ってないで、せいぜい死なない様にしろ」
「はい、わかりました」
(ああ、それは言わない様にしていたのに……)
と思いつつ、レオとキュネイのやり取りを聞いていた。
レオのいう事は正しい。今回のこの戦いは死闘だったが、これから行く死の砂漠は、いよいよヴィスカスのいる所に辿り着くことになる。
それがどれだけ恐ろしい所か、全く想像が付かなかった。
このデッドフォールでさえも、来るまでは地獄だと思っていて、来てみてやっぱり地獄だと思ったが、まだまだ現実の範疇だった。
(しかし、いよいよ、伝説の竜に辿り着けたんだ……)
当初は、ヴィスカスなんて既に死んで居ない物だと思われていた。
過去に五色の竜が居たという伝説は信じても、それが今も生きているとは思えなかった。
そしてそのヴィスカスに会い、もし倒せたとしても、俺達にはウルゴー大帝国という、伝説よりも強大で致命的な敵が存在している。
宿屋に戻った俺達は、貸し部屋になだれ込むと、四肢を広げて倒れ込んだ。
そのまま眠りそうなぐらいも疲れていた。
今晩、船長がここに到着するまでは休んでも悪くは言われないだろう。
「スラニルは、もう滅んでたりしないよな?」
俯せになり、一息ついて考えたのが故郷の事だった。
「大丈夫だ。もしスラニルが滅んだら、私にその旨が伝えられる」
リヒトのその言葉を聞いて、少し安心し、息を吐いた。
このデッドフォールでの滞在は、予想外だった。
ただでさえエル・カシで日数を潰している俺達に、いつまで時間が残されているかわからない。
ウルゴーは内乱が起きているというから時間が稼げているが、それがいつ平定されるかはわかったものじゃない。そう考えると胃が痛くなる。
旅を始めた時と違い、今は前に進むのも地獄、待つのも地獄だった。
「旦那様。肩が凝りますよ」
俺が少しイラついているのを察してくれたのか、キュネイが肩を揉んでくれた。
「それは何だ? 肩を揉むのか?」
「ほら、今、緊張して肩に力が入ったままですから。こうして筋肉をほぐすと気持ちいいんですよ」
「……わ、私もやってみる」
キュネイにやり方を教えてもらいながら、リヒトが肩から背中のコリを揉みほぐしてくれた。
誰かにこんな事をしてもらったのは、初めてかもしれない。
酷く痛むが、それと共に筋肉がほぐされた気持ち良さがあった。
(うーん……このまま眠って……しまう……)
整体師、マッサージ師の名を聞いた事は当然あったが、これほど気持ちの良いものだとは思わなかった。
ただのスポーツの為の準備運動程度にしか思っていなかった。
そのまま、まどろみの中に身を委ねると、意識を失ってしまった。




