スペシャル・デス・マッチ! アナセマウォリアーズ
「今日のは、特別に許してやる。でも、次は無しにしてくれ。クレームが多くて叶わん」
トレーニング室でマスターゴージが頭を掻きながらそう言った。
「どうにもあれは……もうちょっと相手を選んでくれませんか?」
「何を贅沢言ってやがる。次は蛇人間のアナセマ達だぞ」
「向こうは殺すつもりで襲ってくるのに、こっちは殺しちゃいけないってのも、どうにかなりませんか」
「わかった。じゃあ殺してもいい事にするよ。無制限のデスマッチだ」
「そっちじゃなく、向こうにもこっちを殺さない様にお願いしたいって意味ですが……」
「どうせ噛まれたら猛毒で死ぬ様な相手だ。本気でやりな」
「そ、それは本気でいきます……できれば武器も使いたい」
「もう闘技場じゃねーな。ただの決闘場だ」
ゴージの言う通り、次の戦いはミノタウロス・ロード戦との比ではなかった。
サウス・サーンの奥地に生息するアナセマ達は、蛇が進化して人間の様に両手を使える様になった者達だった。
彼らは魔法というよりも超能力に近い技を使い、呪文の詠唱を必要とせずに魔法を放ってくる。
その上に身体は鱗に覆われ、牙には猛毒があるというとんでもない生物だった。
この一戦はスペシャルデスマッチとされ、その日のメインバトルよりも人を集める事になってしまった。
皆、やはり誰かが死ぬ所が見たいのだろう。そして命を賭けた戦いを見たいのだろう。
俺はリヒトを持ち、ロアックは風の盾を掲げ、リュージはトログロダイトのお守りと、使い慣れた魔法のハンドラップを手にしていた。
相手は5匹。全員がハルバードを持ち、常にシュウシュウと息を漏らしていた。
戦いの銅鑼が鳴り響くその瞬間まで、アリーナには静寂が満ち、人々はその瞬間を待った。
今回ばかりは最初から本気で行くしかなかった。
俺は即座にロアックとリュージに防御魔法をかけ、そしてリヒトに四象と魔力の力を乗せた。
アナセマ達は、いきなり最初に閃光弾を放ち、縮地でも使っているかの速さで間を詰めてくると、長槍を振り回す。
俺達よりも遙かに戦い慣れた戦士達だった。
しかし、俺の手の中のリヒトは、久しぶりに敵と戦える事を喜んでいた。
言葉には出さないが、柄を持てば伝わってくる。
俺が剣を振ると、その意向を察して、自分から更に強い斬撃を相手に与える為に加速する。
アナセマのハルバードはリヒトの斬撃を数度流していたが、とうとう耐えきれずに柄の部分で受ける事になり、真っ二つに折られていた。
しかし、味方の窮地を見て、別のアナセマがすぐに前に現れる。
これだけの強さの敵が5匹というのは、ちょっとばかり楽とは言えなかった。
ロアックの風の盾は、見事に敵の攻撃を凌いでいた。いや、ロアック自身、盾の使い方が上手く、敵の攻撃を流して無力化している。
格闘戦において、最も体力を消費するのは、空振りした時だった。
攻撃を受けてくれれば反作用で引き戻す事が出来るが、空振りした場合は自分で放った力を自分で止めねばならず、そして隙を作らないためには倍以上の力で引き戻す必要がある。
それはリュージの戦い方もまた同じだった。
ひたすらに敵の攻撃をフェイントとダッキング、ステップでかわし、回り込みながら距離を測りつつ、一気に踏み込んで一撃を放ち、すぐに離れる。
敵はリュージに斬りつけたくとも、離れている時は空振りばかりさせられ、突進してきた時には、間合いが近すぎて武器を振れない。
今回はミノタウロスの時と違い、リュージにとっては相性の良い相手だった。
ただし、この蛇族は転倒するという事が無く、身体のバランスを崩すという事もないので、体さばきでよろめかせたり、投げたりという事は出来なかった。
常に相手の懐に入り、ワンツーを決めて、素早く下がる。
もしその二発が綺麗に入ったなら、三発目は相手の顎を砕くアッパーが待っていた。
このコンピネーションを綺麗に入れられた一匹は、さすがに昏倒してそのままそこに倒れてしまっていた。
一匹は倒れ、一匹は素手、残り三匹がまだ臨戦状態だった。
この三匹は互いに背中を預け、先ほどとはうって変わって決死の覚悟で守りを固めていた。
その必死の防御に、場内からブーイングが飛ぶが、当人達はそれどころではない。
死ぬか、生き残るか。この戦闘はそういうものだった。
相手の防御を突き崩すには、やはり衝撃波が良かった。
今まで数度使い、破壊力をコントロール出来なかったが、今回はわざと力を抜き気味にする事で調整してみた。
力による衝撃波ではなく、風による衝撃波を試みた所、上手く烈風状態となり、防御していた三匹全員を仰け反らせる事が出来た。
固まっていてはまずいと考え直した三匹は、慌てて互いに距離を取る。
これで一対一。こうなれば単騎戦で強いリュージが居る分、こちらが優勢になる。
俺とロアックも眼前の敵に突撃し、そして相手も意を決してこちらに斬りかかる。
場内が興奮した観客の怒号で満たされ、俺はその喧噪の中、何度も剣を斬りつけ、かわし、受け流した。
ロアックが放った一閃が、見事に一匹の首に命中し、胴から宙へとはね飛ばしていた。
自分の何倍もある相手に、小柄なコボルドが飛びかかってその首を斬った事で、また場内が歓声に包まれた。
リヒトと俺はこの時、ようやく互いに互いの操り方を分かってきた様で、大剣を振りつつ、身体の回転を止めず、時には反転し、時には二度上から下へと打ち下ろし、まるで舞いを踊る様に相手へと斬り続けていく。
その猛攻にアナセマの戦士はただひたすら後退するしかなく、気づくと場外にまで押し戻されていた。
後がない。相打ちになったとしても相手を斬らねば自分だけが死ぬ事になる。
そう考えた戦士が、一矢報いる為の捨て身の一撃を放ってきた。
しかし、俺がとったのは囲む師は欠く、の戦い方だった。
追い詰めれば必死の一撃が来る。防御を捨てて、ただこちらに当てる事だけを考えた攻撃が来る。
だからわざとリヒトを背負うように抱え、片足を踏ん張って体重を低くし、相手の下に潜り込んで、難を避けた。
敵の一撃は背中のリヒトに炸裂し、火花を散らしていた。
しかしこれでは俺の方も攻撃できないではないか。と相手は思っただろう。
アナセマがハルバードをひき、そして俺も体勢を整え直すと、改めてリヒトを相手の方へと突きつける。ここで命を賭ける程の事じゃ無い。そう冷静に考えさせるのが目的だった。
自分が完敗した事を悟ったアナセマは、ハルバードを離し、自分から場外へと降りていった。
この俺のやり方を甘いという奴が何人も居た。どうしてとどめを刺さなかったのかと。
しかし勝負とは戦意を失うまでの事だった。
殺し合いといえど、戦意のない相手はもう殺すに値しない。
もし相手が心を持たぬ獣ならば、とどめをさす事になっただろうが、彼らは違った。
そして残る一匹はリュージとの撃ち合いの末、こちらと同様、決死の覚悟で毒牙をもった口を大きく開けて、せめて道連れにしようと噛みついてきた。
その時、リュージが初めて見せた行動があった。
リュージは大口を開けたアナセマに対し、自分も頭突きをするかの様に前へ一歩踏み出すと、相手の目をにらみ返した。
「…………」
アナセマは、口を閉じればリュージの頭に噛み砕けるにも関わらず、そのまま身体を硬直させ、そしてごろり、と身体を横たえた。
「……気絶させたのか?」
「九感という技だよ。五感を越えた九つの感覚全てを麻痺させた」
「モンクってそんな事が出来るのか……」
「気絶させるだけだ。気絶しない奴には効かない。使い勝手の悪い技なんだよ」




