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天国の剣  作者: 開田宗介
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低レベルスペルも役に立つ時がある



 ミノタウロス・ロードの弱点は、魔力には弱いという点だった。

 だからフォースミサイルやエルドリッチブラストと言った、魔力の破壊呪文だけは怯みもするし、直撃を避けようともする。


 おかげでロードは一番厄介な敵を俺だと認識し、うまく注意を引く事が出来た。

 突進と、そこからの戦斧の振り回しを避けつつ、俺は他のミノタウロス達から距離をとる様に逃げる。


 リュージとロアックは、ロードほどではないにせよ、似た特徴を持ち、物理攻撃に強いミノタウロスナイト達に苦戦を強いられていた。

 そして俺達が苦戦すればするほど、場内は盛り上がりを見せ、ミノタウロスを殺せ、という側と冒険者達を殺せという側の声援が飛び交っていた。


「んむ、むう、魔法、使いめ……疲労の呪いをかけたか……」


 何度目かの失敗の後、俺はロードに疲労困憊ファティーグの呪文をかける事に成功した。

 この呪文自体に殺傷能力は無いが、簡単に言うとバテバテで倒れる寸前のような気分にさせる。

 実際には体力はまだあるのに、座りたい休みたい、という気持ちにさせ、咽が渇いた、腹が減った等の疲労感も上乗せする。

 そして更に、思考力を散漫にするマインドフォッグと、吐き気を催すスティンキングクラウドの呪文を放つと、とうとうロードはその場に座り込んでしまった。


「うう……気持ち悪い……くそ……」


 所謂ただの時間稼ぎに過ぎない。

 ロードが動けない間に、リュージとロアックがナイト二匹を倒せるかどうかが問題だった。


「こら魔法使い、戦えよ!」


 というヤジが飛んでくるのも致し方なかった。

 闘技場でこのやり方が喜ばれる筈も無い。


 しかし、時間稼ぎはなんとか成功した様で、リュージとロアックは一匹のミノタウロスナイトの角を折って気絶させてしまうと、もう一匹のナイトの武器を弾き飛ばし、正面から組み合っていた。


 正面からミノタウロスと組み合ったリュージとロアックは、力比べをして相手を場外へと押しだそうとしていた。

 以前にアーチャーが降参をした時に逃げ道に使った、アリーナ外周の段差。

 そこに落ちてしまう事は、負けを意味していた。


 この、リュージとロアックの二人対ミノタウロスナイトの相撲は、観客には大好評だった。

 馬力についてはミノタロスの方が勝っている筈だった。

 しかし、リュージはミノタウロスが体重を乗せられないように、下から上へと両腕で突っ張って持ち上げ、そしてロアックが足に組み付いてずるずると押していた。


「んぬぬぬぬぬ」


「んにゅうううう」


 ミノタウロスは踏ん張ろうにも踏ん張りきれず、片足だけで耐え続けていたが、それも長くは保たず、場外へと押し出されてしまった。


「くそっ! 私が力比べで負けるとは!!」


 場外に落ちたミノタウロスは本気で悔しがって、何度も壁を叩いていた。


「よく頑張ったなミノタウロス、今のは良かったぞ」


 そう観客から声援を受けると、ミノタウロスは壁を叩くのを辞め、自分の敗北を認めたようだった。


「残りは……ワシだけか……ううむ、呪いも解けてきたぞ、魔法使いめ」


「正々堂々って訳には行かなくて済まないね。あんたが強すぎるのさ」


「褒められるのは……嫌いじゃないぞ、魔法使い」


 白い毛を全身にはやせた勇姿が立ち上がり、妨害していた魔法を振り払う。


 俺、リュージ、ロアックに囲まれ、ミノタウロス・ロードは鼻息を荒くした。


「どいつからくる? 一度に全員か?」


「そうだね、一度に全員だ」


「来い!」


 ミノタウロス・ロードが持っていた巨大な戦斧を振り上げ、俺達の誰が近くによってもその脳天を叩きつぶせるようにして待つ。


 しかし俺達はそのまま近づかず、間合いを少しつめただけだった。


「臆したか? なら、こちらからいくぞ!」


 ロードがそう言って、正面の俺に向かって突進しようと足を一歩踏み出した時、俺はその足下に油膜の呪文を唱えた。


油膜グリース!」


「はぅあ!?」


 全体重を乗せたロードの第一歩は、油面に着地するとつるりと滑り、見事に顔面から床へとスッ転んでいた。


 先ほど、リュージとロアックが俺に見せてくれた相撲は、大きなヒントをくれた。

 この巨漢の怪物は、その見事な上半身と大馬力の太股を有しつつも、ひづめの二本足ではバランスが取りづらいのだ。

 だから突進する時は姿勢を低くし、時には四つ足になってもバランスを取ろうとする。


「グリース! あっちにもグリース!」


 この呪文は召還術の基礎の魔法で、子供達が教わるような物だった。

 さぁみんなで油を召喚してみましょう。という奴だ。

 使い方によっては、大木や巨石を移動させたり、或いはこの様に何者かを転倒させて退路を確保したりと、色々と便利な魔法だった。

 ただし、以前にも言った様にセリーナスの使うフリーダム・ムーブメントという神聖魔法の前では全くの無力だが。


 そして、この場合ミノタウロス・ロードにも、俺達にも公平に災いをもたらしていた。


「うおっ? おっ? こっ、いてぇ!!」


 リュージがバランスを取ろうとして転び、観客から笑われる。


「これならどうだ!」


 ロアックは最初から寝そべり、油の上を滑ってミノタウロス・ロードに体当たりをするが、そのまま反動であらぬ方向に弾き飛ばされ、あやうく場外になりそうだった。


「ウホーッ、落ちるところだった」


「落とすのはこいつ! お前が落ちるなよ!」


 俺も同様に油面を滑るようにしてミノタウロス・ロードに体当たりし、油の上を場外へと押しやる。

 そして自分は剣を床について必死で反動に耐えた。


「あ! そうか、縮地法なら!」


 リュージは油の無い所まで一端下がると、そこからミノタウロス・ロードに向けて縮地して飛び込んだ。

 そして接触する時に空中で蹴りを放ち、自分は空中で停止してロードだけを滑らせるという神業を披露した。

 それはタイミングも丁度で、なおかつ蹴る力も加減して、突進力を相殺させなければ、そうはならなかった。


「うおおおおあああああ…………」


 ミノタウロス・ロードは為す術もなく油の上をつるつると滑っていき、そして場外の壁にぶつかると、下へと落ちた。


「これは残念! ミノタウロスの君主! 場外にて敗北だ! さぁ配当の受け取りは担当まで!」


 即座にアナウンスがそう叫んだのは、今のこのやり方に不服をお持つ客が多い事を知っての事だった。

 基本的に殴り合いと流血。或いは力比べを見に来ているのに、最後のこのオチはあまりいただけないものだった。

 ただし、頭脳派とか策略が好きな人にとっては、大好評だったみたいだが。


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