パラゴンコボルドナイト
そう言って立ち上がったのは、ロアックより一回り大きなコボルドだった。
いや、よく見ると体表の鱗は硬質で、もっと竜に似ている……パラゴン・コボルドと呼ばれる古の種族だった。
「パ! パラゴンナイト様! やはりこの世に居られたのですか! 私は水晶竜ヴィーシアの血をひく一族。ロアックと申します」
当然ロアックは彼の前にうやうやしく膝をつくと、深くお辞儀をした。
「我が末裔か。お前も赤竜の討伐に参加しているのか」
「は、はい。この者達と共に」
細かな意味では色々と違う所もあるが、大筋ではそうなので、何も突っ込まない事にした。
「初にお目にかかります。グランドマスター。自分はエルドリッチナイトのシェイ=クラーベ。そしてこちらが機甲涅槃界の剣王から授かりし、天国の剣、リヒトです」
「私は剣王より、赤竜ヴィスカスの討伐を命じられ、このリヒトを授けられ、旅をしています」
「了解した。ゴージがここに君達を来させた理由も分かった」
ディ=アックはすたすたと小屋の方へと歩いていき、俺達にも来る様に促した。
「ここは素敵な所ですね。私もいつかこういう所に住みたいです」
「私には、何の価値も見いだせぬ退屈な場所にしか見えない」
「休むにはいいけど、ずっとここに居るのは退屈だろうな」
セリーナスとレオは何も言わなかった。セリーナスはリュージの側にいられれば良いし、レオにとってここは単なる通り道に過ぎないのだろう。俺もレオと同じ気持ちだった。
こぢんまりとしている海小屋の中は、掃除されていて小ぎれいになっていた。
そして小屋の中に水晶竜の祭壇が祀られているのを見て、このパラゴンがとても敬虔な信者だとわかった。
おそらくは僧侶と同じ様に、慎ましやかな毎日を送っているのだろう。
そして、剣を振るう時は鬼神と化す、というタイプではないだろうか。
「ロアックと言ったな、君の名前は、正しくはロウ=アックだ。岩の盾という意味を持つ。君のご先祖様はパラゴン・レフュージという所に隠れ住んでいるよ」
「ロウ=アック……それがロアックの本当の名前……岩の盾……」
「私はディ=アック。風の盾という意味だ。君も私も、ヴィーシアのガーダーなのだ」
「そうでしたか……分かりました。これからもこのロアックは名誉あるガーダーとして正しき道を進んでまいります」
「うむ。機甲涅槃界の剣王の事は、私も青竜コウゼイアー様から伺っている。君のその人工の肉体は、コウゼイアー様の知識によるものだね」
「はい、そうです」
いつもはタメ口のリヒトも、このパラゴンの前では、丁重に対応していた。
「そして赤竜ヴィスカスについては、白竜トーラス様から伺っているが……決して良い事ではなく、手が付けられなくなってトーラス様も悩んでいるという話だった」
「元々、赤竜ヴィスカスは女帝と言われるだけあって、最も気が強く、最も荒々しいわがまま娘なのだ。誰の言う事も聞かないし、頭を小突く事すら難しい」
「剣王様も騙されて支配下におかれていると聞きました」
「そうなのか。それは初耳だが、故に剣王はヴィスカスの支配から逃れたいのだろうな」
そこで一つ、小さなため息をつくと、グランドマスターはロアックの肩をぽん、と叩いた。
「私も一緒に行ってやりたいが、私はここを守る様に白竜様から仰せつかっている。グランドマスターとは名ばかりで、この呪われた海賊島を悪魔達に渡す事の無い様に守るのが役目なのだ」
「だから、お前にヴィスカス討伐の任を託そう。この盾を持っていきたまえ」
そう言って、グランドマスターは、祭壇の傍らに置いていた真っ白で風が渦巻いている彫刻が施された盾を、ロアックに手渡した。
「ありがとうございます! 必ず、赤竜を倒して参ります!」
「君は岩の盾の守護者なのに、風の盾しかなくてすまない。その盾は地水火風の災いから君を守ってくれるだろう。当然、ヴィスカスの炎の息にも耐えられる」
「君にその盾を与えるのは、単にヴィスカスを倒すためではない。彼女は強力なドラゴンシャードを持っている筈だ。それを取り返し、持ち帰るのだ」
「それは、世界を滅ぼす力を持つ竜水晶の事ですか?」
「使い方によってはそうなるが……ヴィスカスはこの世界を滅ぼすつもりは無いだろう。
彼女は単純に、皆にちやほやされたい為に、ドラゴンの都を復興させたいのだから」
「あ、そ、そうなんですか……」
混沌の神から聞いた話では、とても危険なアーティファクトだとしか聞いていなかったが……たしかに混沌の神としては、世界を混乱に陥れる方が好ましいだろう。
あれは、あの神様の望みだったのかもしれない。
「滅亡戦争はそれだけ深い傷をこの世界に残した。五色のドラゴンは身を隠し、我々パラゴンもそれに従った」
「この世に残った竜は退化し、多くは獣レベルまで知能を失い、獰猛で危険なトカゲに落ちぶれている」
「私がこうしてラマニアンに居るのも、フェイルーンに居ては衰弱してしまうからだ」
「ヴィスカスの目的を達成させてやれば、あなたも助かるのでは?」
俺がそう尋ねると、ディアックは首を横に振った。
「そうなれば、我々一族はヴィスカスの奴隷として生きねばならない。彼女は全てを支配し、女王になりたいのだ」
「ここに来たという事は、もう、森の長からは道を示して貰ったのかね?」
「はい」
「では、その道を行くが良い。もしここに来る事が道ならば、私の出来る事はこれだけだ」
「ディアック様。ロアックは導きによりここに来ました。この先、とても大きな戦いが待っておりますが……」
「森の長の天啓は、それが起こるまでは他人に言ってはならない。道が変わってしまう」
ロアックはここに来る天啓を得ていたらしい。それを喋るのをディアックが止めた。
俺の見た幻はあまり良い感じの物ではなかった。
あの幻の中でも、俺の手の中でリヒトは崩れ去っていった。しかし、それでも俺は不安を感じてはいなかった。
この先、俺に何が起こるのだろうか。あれは何の光景なのだろうか。
俺の他にリュージは、リヒトは、キュネイは何を見たのだろうか。
「遠見の長の天啓を受けていないのは、レオとセリーナスの二人か」
二人を見てそう言うと、どちらも首を振った。
「いや、私は既に見ている」
とレオ。
「私は天啓を受ける必要はございません。森の長の真の名も知っております故」
彼女はやはり封印されていただけあって、俺達とは一線を画した存在の様だった。