グランドマスター・ディ=アック
「旦那、もうブラッドムーンは出航しちまいました。戻ってくるのがいつになるかは分かりやせん」
「間に合わなかったか……さて、俺にどうしろって言うんだ」
万策尽きたと言った顔で、マスターゴージがため息をつく。
「グランドマスターに頼むしかない」
レオがそう言うと、ゴージはため息をついた。
「最後の手段だな……さて、グランドマスターは何というかな」
「あの、グランドマスターというと、つまり、闘技場で一番強い闘士ですよね?」
「そうだ。相手になる奴が居なくて、エキシビションマッチしかしていない」
「それは、相当強いって事ですか」
「強い。とてつもなくな」
マスターゴージの言葉にレオも頷いていた。
「グランドマスターは最上階の自分の部屋にいる。といってもあれが部屋かどうかも疑わしいがな……」
「今日はもう遅い。明日、直接行って、声をかけてみろ」
という事になり、俺とリヒトとレオは一生懸命梯子を登って中層階へ戻り、リュージ達の所に行くと、グランドマスターに会いに行く事を告げた。
「グランドマスターは、一番強い奴の事か?」
最初に反応してそう尋ねてきたのはロアックだった。
「そう、とてつもなく強いらしい」
「おお! それなら是非、会わなければな!」
ロアックもある意味ではこの島の住人と同じく、力にこだわる方だった。
俺とリュージの双方が強いと認めたからこそ、共に仲間としてついてきていた。
もし俺達が弱ければ、愛想を尽かして自分一人で旅をしていたかもしれない。
「……」
笑顔でそう言うロアックの顔を、レオが眉を潜めながら見ていた。
夜、寝てみて分かったのは、この島が気温としては、とても暮らしやすいという事だった。
熱くもなく寒くもなく、風通しも良く、軽装で寝ていても問題が無く、王宮の賓客室より過ごしやすい面もあった。
賓客室のベッドは素晴らしいが、熱帯夜などは寝付けない事が多かった。
寒さをしのぐ為の暖炉はあれど、熱さを凌ぐものはなかなか無い。
王様などは部屋に氷を運んだりするが、普通はそんな事はしない。
寝心地がよく、熟睡してしまい、次の朝になってあと、自分の身体にリヒトとキュネイが寄り添っている事に気づいた。
レオは相変わらず、部屋の隅に蹲る様にして寝ていた。
俺が起きると、リヒトとキュネイも目を醒まし、大きく伸びをする。
リュージとセリーナスはまだ寝ている様で、彼らが自然に起きるまではゆっくりする事にした。
グランドマスターとしても、朝っぱらから大人数に訪問されては、いい気はしないだろう。
日が昇り、昼前ぐらいの時間を狙って、俺はグランドマスターに会いに行く事を皆に伝えた。
特に異論もなかった為、中層階から上層階へと登る。
グランドマスターがどこに居るかはレオも知らなかったので、船着き場の男に聞いてみると、一番上だとしか言わなかった。
漠然と上と言われて、仕方無く上を目指す事になり、階段を昇ってみるとなるほど一番上のフロアに、小さな部屋が一つあった。
その部屋は妙に小さく、人が住むのではなく、何かの神様を祀っている様な感じだった。
白く、高さは2メートル程度しかないドーム状の部屋には、一つだけ扉がついている。
「すいません、誰かおられますか?」
そう言いながらノックをしてみると、返事は無いが、扉が音もなく開いた。
やや身をかがめて扉から中を覗くと、部屋の中には誰も居ない。
「あ、留守……か……」
「なんだ、居なかったのか」
部屋の中に入ると、そこには真っ白な球体がぽつん、と部屋の中央に置かれていた。
「なんだこれ?」
「これは、魔法のオーブですね。何の魔法がかかっているのかはわかりません」
キュネイがそう言うので魔法探知で調べてみると、確かに強力な魔法がこの球体にはかかっていた。
恐る恐る、指先で触ってみると、ガラスの玉の様な感触がした。
特に触っても害はなさそうなので、今度はコンコン、とノックをしてみると、いきなり球体が喋った。
「誰かね? 私に用か?」
「喋った!? ま、まさかこの球体が……グランドマスター?」
「これは私の部屋だ。君達は何者だ?」
「部屋……ああ、これはポータルオーブなのか……」
スラニルでも一つだけ、ポータルオーブと呼ばれる、異次元の小部屋がある。
これは各次元と次元の狭間に小さな空間を作ったり、或いは別の異世界へ繋げたりして使う魔法球で、魔法の研究をしている学者などが好んで使っていた。
スラニルではマスターウイザードが魔法の研究の為に、オーブを使っていたが、それは綺麗な水晶球だった。
「俺達は先日、このデッドフォールに来た冒険者です。こちらにきて闘技場のマスターゴージに世話になっています」
「なるほど、冒険者の一行か。君達にここへ来る様に言ったのはマスターゴージという事だね?」
「はい。グランドマスターなら、ヴィスカス討伐について何か良い知恵を伺う事ができるかと思って来た次第です」
「ヴィスカス!? レッドドラゴン・ヴィスカスの事か!?」
「はい、ご存じですか?」
「……わかった、お前達に直接あって話をしたい。中に入りたまえ」
そう声がすると、目の前の白い玉がすう、と透明になって水晶球に変わった。
これはマスターウイザードが使っていたのと似ている。きっと閉じている時は白く変色するのだろう。
「触れば中には入れるから」
皆にそう言うと、俺は最初に、ポータルオーブに触り、その中へと入った。
「ここは……ラマニアン?」
ラマニアンというのは異世界の一つで、人間という種族が存在しない動物と妖精の世界だ。
この世界では魔法によって人間は繁殖出来ないが、異世界から訪れてきた人間や精霊達が小さな街を作って住んでいる集落があった。
それはこの世界が自然の力に満ち溢れており、平穏な世界だからだった。
原則としてこの世界で争う事は禁じられているが、悪魔達は時折、この地を侵略しにくる事もあり、それを撃退する異世界の同盟者達も居たりする。
目の前に広がるのは青い海岸と、豊かな緑の森、そしてその海辺に立つ小さな小屋だった。
ここはリゾートビーチとしては最高の場所だった。
「ようこそ。私がグランドマスターのディ=アックだ」