武器なのか少女なのか
「ゴージさんが何か言ってくるまでは、俺達はここで稼ぐ事になるのか」
部屋の隅でマントや武具を壁際に置いた俺は、横になって一息ついた。
俺の頭の近くにリヒトが座り、その隣にキュネイが荷物を降ろす。
レオは窓際の近く、部屋の角に行くと、そこで落ち着いていた。
「11位の私を倒したご主人様だ。いくらでも稼げるだろう」
「君が11位だったのか!」
「5人がかりで仕掛けたのに、よく凌いだな。立派だった」
「やっぱりグルだったのか……」
「バトルロイヤルで組まない奴は相当腕のある奴か、ただの愚か者だ。そういうご主人様もコボルドとモンクの三人で組んでいた」
「それはそうだな……」
「ご主人様達はいずれ、ここを出て行く予定の冒険者。そんな連中にチャンピオン達が殺されても困る。闘技場はビジネスだから」
「それでまずは金か……チャンピオンは一緒にドラゴン退治はしてくれそうにないし、金を稼いだらここからはさようならって所かな」
「そんな所だろう。さて、もし何か食べたいなら、向かいの酒場が丁度いいが、ご主人様はどうする?」
「いいね、荷物も降ろしたし、腹ごしらえをしよう」
「闘技場の人形は常に忘れずに。それがここのパスポートだから」
俺とリュージとロアックは人形を手に取り、そしてリヒト達は肩をすくめた。
「女は基本的に男の奴隷のふりをして居ればいい。主の側を離れなければ、無用な争いは避けられる」
そのレオの言葉のおかげで、俺は右にリヒト、左にキュネイ、前にレオという状態で歩く事になってしまった。
明らかに俺は浮いていたのだが、しかし、その浮き具合がかえって良い結果になった。
マングスタの向かいにある酒場シースネークは、どこにでもある安い酒場だった。
ただし、酒の種類は限られていて、料理は乾物と果物と魚料理だけだった。
こんな辺境の島にあるのだから仕方無いだろうし、肉や野菜などの高級品は上層階に全部流れているだろう。
開いている席に座ると、途端に俺達に視線が集まるが、その直後に男達が噂を始める。
「ありゃさっきのバトルロイヤルで、いきなりレオとテザンをぶちのめした奴らじゃねーか」
「ゲストって聞いてたけど、世の中、まだまだ強い奴はいるもんだな」
「見ろよ、あのレオがご覧の通り奴隷に成り下がってるぜ」
「やめとけ、お前なんか一瞬で殺されるぞ」
客の殆どがバトルロイヤルを見ていたおかげで、どうやら闘士としての最低限の体裁は保てたようだった。
酒場の主人は愛想の良い中年の親父で、手際よく料理と酒を用意すると、店員が食事を運んできた。
今日、タルキス船長と食べた昼食では、もう二度とまともな食事にはありつけないと脅されていたが、どうにかそれは免れる事が出来た。
これもバトルロイヤルの結果のおかげだった。ここではやはり、力を見せる事によって、ある程度の権力は確保されるのだった。
とびきり美味しいというわけでもなく、不味いという事も無い料理を腹に入れ、気が大きくなってくると、レオが酒を飲みながら呟いた。
「……多分、マスターゴージはある人物に連絡を取ろうとしている。これはあくまで私の想像だから、鵜呑みにはしないで欲しい」
「ふーん……それで、ある人物ってのは?」
「遠見の長と呼ばれる賢者だ」
その名前に聞き覚えがあった俺達は、互いに顔を見合わせた。
モディウスを倒した時、あの古い遺跡で聞いた名前だった。
「……知っているのか?」
俺達の反応を見てレオが聞き返してきた。
「トログロダイトの古代遺跡で、道を示された事がある」
俺がそう答えると、レオは難しい顔をしてジョッキをテーブルの上に置いた。
「ゴージにもタルキスにもそれを言ってないのか?」
「あ、そう言えば……船長に言ってなかったな」
モディウスを倒した事までは話したのだが、そこで船長にダークシックスの神殿に何があったのかと聞かれ、旅人の神に出会った所まで話を飛ばしていた。
「ゴージにはすぐに言った方が良い。無駄骨を折らせても仕方が無い」
「そんなに大変な事なのか?」
「遠見の長はノース・サーンの魔法の森の中に住んでいると言われる賢者だ。彼の天啓を授かるには、直接会いに行くか、或いは世界に散らばる遠見の目の遺跡に行く必要がある」
「多分、その遺跡に俺達は行ったんだと思う」
「ああ。ゴージはそれを知らないから、お前達がどこかの遺跡へ行けるように手配をする筈だ。それにはもちろん金が要るし、そして飛空艇も居るだろうから更に金がかかる。勿論乗組員も要るし、彼らを束縛する間の雇い賃も要る」
「それでとにかく金が必要ってわけか」
「しかもそれが全部無駄になる。一刻も早く止めないと」
「分かった、急ごう。リュージ達は宿に戻っていてくれ、俺とレオで言ってくる」
「私も行くぞ」
「ああ、じゃあリヒトも一緒だ」
その時、俺は何気なく、そう答えたのだが、リヒトにとってあまり良い答えでは無かったみたいだった。
リュージ達と分かれ、レオと共に闘技場へ戻る時、リヒトが俺に言った。
「シェイ。私はお前に託された武器だ。ただの女では無いのだ。じゃあ仕方無いから、などという言い方はやめてくれ」
勿論そんなつもりで言った訳ではないのだが……リヒトは自分を武器だと言うが、ただの武器がそこまで繊細な感情を持つだろうか?
今、俺に自分の思いを告げたリヒトは、一人の女の子に思えた。
俺がリヒトの頭を軽く抱き寄せると、彼女はそれとなく甘えてきた。
そんな俺達をレオが横目で見ていたが、彼女はどう思っただろうか?
「遠見の長に会っただと? それでお前達はここに来たのか?」
闘技場の開演時間はすでに終わっていて、ゴージは仕事を終えた後の酒を楽しんでいた所だった。
しかし、俺が遠見の長に会った事を告げると、目を見開いて俺達を見た。
「いや、ここに来たのはタルキス船長に連れられての事で……船長にも遠見の長の事は話していなかったんです」
「お前の示された道に、この島はあったか?」
「いえ、俺は見ませんでした」
「……おい、ブラッドムーンが出発したかどうか、見てこい」
掃除をしていた男にそう言うと、男はすぐにモップを持ったまま外に駆けだして行った。
「そうなると、もう俺達の手にはおえないかもしれんな……タルキスの奴はとんでもない;連中を連れてきたらしい」
「マスターゴージの考えとしては、遠見の長に俺達の道を示して貰い、それでヴィスカスへ繋ごうとしたんですね」
「ああ、普通はそうさ。誰もが行き着くのは遠見の長の天啓だ。遠見の長が間違った道を示した事は無い。たとえそれが、その者の死を示すものであっても」
「ある者は自分の命を賭して、誰かを守ろうとする。ある者は困難を乗り越えて、その先に進もうとする。それを運命という奴も居るが、俺はその言葉は好きじゃない」
「運命は常に1つみたいな響きがある。でも、道は自分で選び、切り拓く物だ。死ぬにしても、死に方ぐらいは自分で選びたいだろ?」
「マスターゴージは道を見て貰ったんですか?」
「いや、断ったよ。怖くてね。でもそれでいいのさ。俺はね」
そう言うマスターゴージの横顔は、疲れた壮年の親父の顔だった。