ご主人様と旦那様
「まず、誤解の無いように。彼女は神速レオと言います。シンの国の暗殺者です。色々あって俺達の仲間になる事になりました。彼女の特技は死者を殺す事です。これでリッチキングも倒せるかもしれませんね!」
「いや、特技ではない。そういう武器を持っているだけだ。それに仲間でもない。私には自立した自由は無い」
「てめー、俺がいちいちお前の行動を指図するとか思ってんじゃねーぞ、自分の頭で考えて最善の行動をとりやがれ」
若干ブチギレながらそう言うと、レオはこくこくと小さく頷いた。
「お前、思ったより口が悪いんだな、わかった……ご主人様」
「うむ、こいつは性格も悪いぞ」
レオの言葉にリヒトも頷いてそう言った。
「そうなのか。お前がリヒトだったな、仲良くやろう」
「仲間なら仕方無い。だがシェイの命を狙うつもりなら、容赦はしない」
そう言ってレオとリヒトは握手をしていた。光と闇のコラボレーションとかいうあれだ。
「……仲よくやっていけそうだな」
「ああ……な、なんとかやっていくよ……」
リュージの身体の傷を優しく手当てしているセリーナスの姿を見て、なんだか目が潤んできてしまった。
(ありがとうリュージ、気を遣ってくれて……ここまでボロカスに言われてる俺だけど、きっと仲良くやっていくよ……)
そもそもこのレオはロアックの奴隷なのだが、ロアックにレオを返しても、絶対に面倒をみないのは分かっていた。
そう思うと、このまま自分が預かった方が良い。そう自分に言い聞かせた。
「そうだ! 俺は、旅の仲間を集めているんだ!」
「そうですね。ドラゴンとリッチキングを倒すには、強い仲間が必要ですから」
キュネイが他人事の様ににっこり笑ってそう言った。
君もその仲間の一人だという事を、忘れないで欲しいと切に願った。
「そう言えばキュネイは修行とかしないの?」
「タルキス船長の紹介で、ここのエンジニアさんの所で修行ができそうです。戦闘の訓練は出来ませんが、もっと機械に強くなれるよう頑張ります」
「そいつは立派に修行だな、頑張ってくれ、頼む」
「はい、旦那様」
「だ、旦那!?」
「レオさんがシェイをご主人様と呼ぶなら、私は旦那様がいいかなって」
彼女の選択がどういう根拠で行われたのか、全く理解出来なかった。
「私はシェイをどう呼べばいい?」
「シェイでいいよ! 普通で良いからね!」
リヒトが羨ましそうにそう言ったので、慌ててそうお願いした。
(ああ、普通に会話が出来る子が居ないかなぁ……)
そんな事を考えたが、そもそもリヒトに合うまでろくに女の子と話をした事も無い俺が、普通に会話なんて望む方が間違いだった。
俺達は闘技場を離れ、中層階の宿屋へと向かう事にした。
船長がいる時は乗れた魔法昇降機も、今の俺達には近寄る事すら危なかった。
登りの昇降機の近くには、真っ赤なマントを羽織った、肩幅の広い海賊船長が居て、その周りには、片腕が丸ごと剣になっている奴や、緑色の皮膚をした怪物が見えた。
ここではキャプテンが正義であり、その名前が持つ強さが正義だった。
俺達の様なただの冒険者は、そのへんの海賊よりも立つ瀬がない。
結果、登りの階段も使えそうにないので、梯子で少しずつ昇っていくしかなかった。
梯子は小部屋から小部屋へと繋がっていて、時には隣の小部屋へ行くのに、宙吊りのロープの上を渡る必要があった。
各小部屋は荒れ放題、好き放題に使われていて、勝手にゴロ寝する者も居れば、壁の隅に用を足す者も居た。
住民の中には、既に気が普通ではなくなっているのか、空中に釣り竿を伸ばしている者も居た。
奇妙なリズムで鉄板を叩きながら歌う者、その曲にあわせて踊る者、ここでは何をしようが自由だった。窃盗、喧嘩、麻薬、殺しも含めて。
おそらく9つか10の梯子を登り終えると、ようやく中層階の階段の間に辿り着いた。
ここまでくれば、最下層よりも治安は良く、道を行く人々の姿もわりとマシになった。
道の脇には相変わらずゴロ寝している者や酒を飲んでいる者が居たが、道が広い分、小汚さは感じられなかった。
「レオ、マングスタはどこ?」
「こっちだ。ご主人様」
レオに先導されてついていくと、わりと大きめの……そんなには綺麗ではない宿屋が見えた。
レオは扉を開けてさっさと店の中に入り、カウンターにいる片目の親父に話しかけていた。
「おい、ゴージさんの客人だ。部屋を開けろ」
「ああ? えーと何人だ?」
「七人」
「男女相部屋なのか」
「嫌なら自分達で金を払って、もっと高い所に泊まるしかない」
レオの言う事は当然だった。俺達は闘技場の闘士としてゴージに雇われている身だった。まだ給料は貰った事は無いが。
「女性の皆さんは、相部屋でも大丈夫?」
「婚約者が一緒に部屋なのは当たり前ですよ」
とキュネイ。
「私は元から一緒の部屋だっただろう」
とリヒト。
「私はリュージ様と同じ部屋ならかまいません」
とセリーナス。
「相部屋、お願いします」
片目の親父はふん、と鼻を鳴らすと、木製のかなり大きな鍵を俺に手渡した。
「四階がお前達の部屋だ。他に客は居ない」
ギシギシときしむ狭い階段を昇り、そして廊下を抜け、更に階段を昇ると、階段の突き当たりに扉があった。
貰った鍵を鍵穴に入れて回すと、やたらと重い。
どうやらこの鍵自体が扉の裏側の閂を回す歯車になっていて、おかげで両手で力を入れて回す必要があった。
グゴン、という閂が地面に落ちた音がして、扉を開けると、木の床の広めの部屋に入れた。
部屋の中には調度品は何も無く、壁の窓を開けると、向かいの酒場の煙が入って来たので慌ててしめた。
ベッドも毛布もない、ロッカーも無い、何も無い部屋だった。
「これで宿屋とはね。本当に寝るだけだな」
それでも床に腰を降ろし、一息つけた事で、気持ちは随分楽になった。
皆が疲れからため息を吐き、そして、思い思いの所に陣取ると、適当にくつろぎ始めていた。