またヨメが増えた……
「タルキスが俺に言ったのは、この闘技場にいる上位10人のチャンプ達を仲間に出来ないかって事さ」
「……という事はバトルロイヤルは、ゴージさんが俺達の力を見る為ではなく、チャンプ達が見る為だったという事ですか」
「そうだ。でも言った通りお前達には敵しかいない。これがどういう意味か分かるか?」
「……助けはないって事ですよね」
「ああ。お前達が一年もここに居れば、10位以内に入れるだろうよ。でもよ。世の中にはそういう奴は少なくない。強い奴は沢山居る」
「ここで闘技場に出ている奴は、ここで生きる事を前提にして戦い、もし闘技場では不満なら出ていくんだ。元チャンピオン候補の一人、バトルマスター・ザーガッシュの様にな」
それは俺たちに人形をくれた、あのオークの団長の名前だった。
あの時、俺達はスカルバッシュとやりあう事は無かったが、もしやるとなれば、ここにいるチャンピオン達並みに強い敵と戦う事になっていたのだろう。
「まずは一人、お前達に仲間をくれてやろう」
ゴージは懐から一枚の布を取り出して丸めると、ロアックに投げつけた。
「なんだ? これは?」
「それはシンの国の契約証だ。レオ、お前の新しいご主人様だ」
レオと呼ばれて姿を現したのは、あのソードマスターの少女だった。
彼女はロアックの前に黙って片膝をついていた。
「そいつはシンの国からここに売られてきた奴隷だ。闘技場の闘士として働き、その稼ぎは全て闘技場に渡す。その代わりに衣食住の面倒は見るという契約になっている」
「だが、それも負けた所で契約終了だ。この闘技場にとってレオはもう価値は無い。倒したお前が、そいつを奴隷として連れて行け。好きにするがいい」
「ご主人様。何なりとご命令を」
「……要らない。シェイについていけ」
ロアックはそう言うと、丸めた布を俺の方に放り投げてきた。広げてみると灰色の布地に血文字でレオという名前が書かれていた。
「おや、コボルドでも人間の女は好きな筈だが、相当の堅物だな」
「俺に渡されても……」
「…………」
俺が布を受け取ったのを見て、レオは俺の前に跪いたが、その視線は殺気に満ちていた。
それもそうだろう。俺はこの少女を盾として使い捨てたのだから。
「……何なりと……」
悔しさを噛みしめ、押し殺すような声でそう言われても、全く嬉しくなかった。
「リュ、リュージ……」
「いらねーぞ。お前のヨメにでもしろ」
「いやもう、これ以上はちょっと……それにこの子、特殊なジャンルだし」
「そいつの名は神速レオ。シンの国で暗殺者として生まれ、育てられたが一族は戦いに負け、慰み者になった。倒した側の中にまだ人の心を持つ奴が居て、性奴隷になっているレオを俺に売ったのさ」
「こっ、この年で性奴隷?」
リヒトよりは年上だがキュネイと同じぐらいだろう。俺よりは一回り年下に見える。
それで性的な慰みを経験した上、今まで何人手にかけてきたのか。
「俺は手を出してないぜ、俺はガキの身体より、そいつが稼ぐ金の方が遙かに興味があった。しかし、負けた相手のいいなりになるのはシンの暗殺者の掟だ。もうそいつは俺の言う事は聞かない」
マスターゴージはそう言った後、あご髭を弄りながら、にやりと笑って一言付け加えた。
「そいつ、リッチキングを倒せるかもしれないぜ? 死者を殺す術を知ってる」
「死者を……殺す?」
あきらかに言葉の矛盾に驚きながら、俺は目の前に跪く少女を見た。
「本当に?」
俺が尋ねると、彼女は腰につけていた不思議な短刀を俺に見せた。
それは鞘に入った小刀で、シンの国特有の武器だった。
「これは黄泉斬りと呼ばれる、死者と亡者を殺す刀」
「タルキスも、その小刀に斬られちゃ、ただじゃすまねぇだろう。これでリッチに対するカードは渡した。あとはドラゴンだな」
そこまで言うと、ゴージはしばらくの間、頭をひねらせた後、膝を叩いて言った。
「よし! お前ら! ここで稼いでいけ。世の中金だ、金があればなんとかなる!」
その言葉は、今の所はいいアイデアがないからとにかく働けという風にしか聞こえなかった。
「分かりました。俺たちはどこで寝泊まりすればいいんですか?」
「これを持って中層階のマングスタの宿に行け」
ゴージは俺たちに一つずつ、あの人形をくれた。しかし、それぞれ形は違っていた。
「それがこの闘技場の闘士の証しだ。それで中層部までの宿はただで泊めてくれる」
こうして、俺たちはしばらくの間、デッドフォールの闘士として働く事になってしまった。
闘士として働く時より、アリーナを出た後の方が、俺には厄介事が多かったが。
「お帰りなさい、色々大変でしたね」
「お疲れ様、リュージ。傷の方、手当しましょうか?」
闘技場の外で、リヒト、セリーナス、キュネイがボーグさんと共に待っていた。
「では、俺はこれで失礼します」
ボーグさんは彼女達の護衛役だったらしく、俺達にそう言って去っていった。
「船長は?」
「試合を見た後、帰って行きました。またどこかへ出発するみたいです。私達には、ここで頑張る様にって言ってました」
「まぁ海賊だし、そういうものか……」
どうやら俺達の成長を待ってくれる、という様な都合の良い人では無かった。
船長は船長で海賊としての暮らしに戻り、ここにまた戻ってきた時に、俺達が強くなっていたら、その時に話を進めるつもりなのだろう。
それまでは、ゴージの言う通りここで稼いで暮らしていくしかなさそうだった。
「シェイ、こいつはなんだ?」
「…………」
俺の側に無言で立つ黒装束の少女を見て、リヒトとキュネイが困った顔をした。
「それはシェイの奴隷だ」
「ロアック、余計な誤解を呼ぶ言い方はやめてくれ」
「最初はロアックの奴隷だったが、ロアックは要らないのでシェイにあげた」
「確かにそうだけど、そうなる経緯があったから」
「……奴隷? シェイも奴隷がほしいんですか? 私じゃ駄目なんですか?」
「キュネイは奴隷じゃないだろ! この子も奴隷とは思ってないから!」
「え……?」
俺がそう言うと、今度はレオが困った様な顔をした。
「嫁なんて一生仕える奴隷みたいなものだろう」
リュージがそう言うと、レオは納得した。
「そうか、奴隷ではなく嫁か……似た様なものだな」
「嫁じゃないよ? もうこれ以上嫁さん候補が増えても困るから! あとリヒトとレオはちょっとキャラ的にはかぶってるし。陰と陽の違いはあれどカテゴリは同じって感じで」
「……これと、私が?」
という同じ台詞を、リヒトとレオは互いに指さして同時に言っていた。




