九死の中の一生
俺は、ウルゴーのあの時と同じく、右足を軸にして身体を回転させ、そして腕に剣の刃を乗せて、それに魔力と体重を与えた。
炎と雷は消し、代わりに純粋な魔力のみを乗せる。何故そうしたのかは分からない。
ただ直感的に、それが最も破壊力があると思ったからだった。
そして、俺の身体は一回転し、その回転運動の延長に剣を伸ばした時。
俺の手の中で、剣は脆くも崩れ去っていった。
(あの時と……同じ……俺の手の中で……剣が……)
眼前の地面に亀裂が入り、俺の目の前に巨大な魔法の衝撃波が放たれる。
前にいた二人が宙へと吹き飛び、そして右から巨大槌を振り下ろそうとした男は、足場を崩されて不格好に転んでいた。
(この力は、リヒトの力ではなく、俺の力だったのか……)
スローモーションの様に吹き飛んでいく二人の向こうに、アーチャーの冷徹な眼差しが見えた。
その目は俺が武器を失い、丸腰だという事を確認していた。
そして黒いオーラを纏ったデッドリーアローがその弓から放たれる。
もしその魔法の矢を受けたら、俺はその魔力に抗わねばならず、もし負ければ、その場で即死する事になる。
しかし、もう盾になる物は無かった。その致死の矢を防ぐ手立ては……。
「いいや、あるね!」
「!?」
四人目の刺客。二人の闘士が剣でうちかかり、三人目が巨大槌で俺を叩きつぶそうとした時、姿を隠したソードダンサーが背後から俺を刺し貫こうとしていた。
つまり俺は、計五人から同時に攻撃を受けていた。
後ろを振り向いた俺は、その暗殺者の少女に対し、ニヤリと笑った。
何故笑ったのか分からない。いや、分かっていた。楽しかった。この一瞬の攻防が。
だからこそ俺は彼女に聞こえる様に、まだ手はある、と言い放った。
身体をひねり、左手を大きくあげて万歳をする様な格好で、彼女の致死の一撃をギリギリで避ける。
胸元を剣がかすめ、その剣を持つ彼女の右腕が見えた。
左手をそのまま降ろし、少女の背中を掴むと、俺はその子を致死の矢の盾にした。
「貴様!!」
やむなく少女は、双刀のうち、左手の剣で致死の矢を弾いた。
俺はギリギリで避けた彼女の右腕を掴み、電撃を走らせると、その剣を奪う。
そして、そのまま彼女の背中を左手で押し、前へと突き飛ばして転ばせた。
残るは、眼前のアーケインアーチャーのみ。
相手も、こちらが今の一連の攻撃を避けた事を見て、厳しい表情になっていた。
しかし、狙いは揺るがず、俺に向けられている。
(メニーショットがくる!)
アーチャーは背中の矢筒から複数の矢を一度に掴み、そしてつがえて放ってきた。
その数、初撃は三本。二撃目は四本、三撃目は五本。
精神を集中させる事でマルチショットを立てつづけに撃ち続けるという、熟練した弓レンジャーの奥義だった。
体勢を崩し、地面を片手で殴りつけるようにして斜め前方へ転びながら、無数にも思える矢の雨を交わす。
しかし、近づけば近づくほど、避ける事は困難になる。
アーチャーならば、至近距離で敵に向けて弓を撃つというブランクショットも心得ているだろう。
最後の数メートル、俺は持っている剣をがむしゃらに振り回しながら、アーチャーの懐へと駆け込んでいた。
ズガガガ、と地面を弓が削る音が聞こえていた。
何発かは身体に刺さったが、興奮している為か痛みは全く感じなかった。
今の俺が考えているのは、目の前の敵を『殺す』事だけだった
「俺の負けだ!」
次の一撃で魔力の宿った剣を打ち込める筈だったが、アーチャーは両手をあげて降参し、そして後ろに飛び退くと、敗者が逃げる為の溝に飛び込んでしまった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
心の中に浮かんだ言葉は、逃げられた。という悔しさだった。
しかし、一呼吸置くと、いつもの自分を取り戻していて、熱していた心が冷めていくのを感じた。
(あぁ……ブチギレしてしまったなぁ……)
本気でキレたのはこれが初めてだったかもしれない。
でも、自分の中に、そういう闘争本能があるというのは、薄々ながら自覚していた。
どこまで自分がやれるのか、という気持ちがそれだった。
振り返ると、ソードダンサーの少女が、あろう事かロアックに気絶させられてのびていた。
彼女は俺の方を憎しみのこもった目で見ながら立ち上がろうとしていたのだが、その彼女が自分の十八番である不意打ちを、ロアックからくらって剣の柄で殴り倒されていた。
「いやいや、この子は危険だった。かなり危なかった! シェイはよく避けた!」
ロアックは俺の方を見て頷きながらそう言った。
先にロアックが避けたからこそ言える言葉だった。
「終了! そこまで! 現在の勝者は10人! ここに立っている者達が、ランク20位以上のヒーロー達です!!」
見回すと、リュージがテジンという槍使いを倒した所だった。
それでちょうど10人が残ったのだった。
「さぁ、皆様、配当金を担当の者からお受け取り下さい! 今回は42位の幻術使いが大穴となりました!」
場内に歓声と罵声が混じり、怒号と化していた。
俺とロアックは賭けの対象では無いし、リュージは掛け率が低い。
客にとってはその42位から20位に浮上した幻術使いだけが、今回の立役者だった。
「なんだよ、新入りが勝っちまうなんてよ……」
「すげぇやつだけどよ、賭けられないんじゃ意味がねぇんだよ」
等と、俺とロアックに対する評価は、とても勝者に向けられる物ではなかった。
「きゃあー! リュージが勝ったわー! 伝説の再来よー!」
と見知らぬ女が黄色い声で叫んだのを見て、リュージは見知らぬ女が勝手に自分の名前を叫んだ、という事そのものに不機嫌な顔をしていた。サービス心のある奴なら、片手をあげて愛想を返してやっても良い所だった。
俺達の他に七人。アリーナの中に立っていたが、彼らはまるで戦っていなかったかの様に、棒立ちしていた。
そして俺達の方に一瞥をくれた後、階段を降りてアリーナから出ていった。
「最初のテストは合格だが、周りを見ての通り、お前達には敵しか居ないな」
トレーニング場に戻ると、マスターゴージが何かをくちゃくちゃと食べながらそう言った。
「俺としちゃ、適当な所で倒れてくれた方が良かったんだがな。三人とも残って20位に入るとは、タルキスは本気でドラゴン退治をさせるつもりらしい」
「時間はそれほどあまりせん。俺達にトレーニングをつけてください」
俺がそう言って頭を下げると、ゴージは壁の隅に向かって噛んでいた薬草を吐き捨てた。
「トレーニングでドラゴンが倒せるわけないだろ」




