ソードダンサーの少女
「さぁ、今宵のバトルロイヤルの参加者は総勢42人! ルールは簡単。目の前にいる相手をぶちのめし、気絶させるだけ!」
「無様にも降参したいなら、アリーナの隅にある溝に転がり落ちて、逃げるのも生き延びる知恵だ」
「このアリーナは敗北者に情けはないが、再戦する者はいつでも歓迎する! お前が勝利するのはいつだ? 今宵か? それとも百年後か?」
そのアナウンスの声に続いて、人々が、今だ、今だ、今だ、と叫びながら地面を踏みならし始めた。
彼らにとって、ここの者は掛けの対象なのだから、勝ちを望むなら今しかないだろう。
「では今宵のバトルロイヤル。無差別戦、開始ィィィ!!!」
ゴーン、と銅鑼の音が鳴り響き、そして、俺の周りにいた数人が、いきなり俺に向かって剣やメイスを振り下ろしてきた。
(まぁ、そりゃそうだろうね……)
数日でも見知った奴より、新参者に対して持つ敵意の方が強い。
そして少なくとも、そいつが強いかどうかは戦った事がないから分からない。
自分より弱いかもしれない、という期待をこめた先制攻撃だった。
素早く地面の上を転がった俺は、すぐに体勢を立て直し、魔鎧、魔盾、残像、幻影防御、加速、四大防御と続けざまに自分に加護の魔法をかける。
それだけで先制攻撃をした奴らは目を見張り、俺から距離を取っていた。
「こいつ、魔法戦士か……」
ただの戦士より厄介な相手だと踏んだ彼らは、別の目標へと襲いかかっていく。
それも、誰かと戦っている相手に対し、後ろからの不意打ちは当たり前だった。
しかし、そういう奴というのは、わとりあっさりカウンターを喰らってしまうものでもあった。
楽に勝とうとするなら、普通に戦うよりも面倒なのだ。
楽に戦う為に、細工や工夫をしているのだから。
アナウンスでも言っていたが、このバトルロイヤルは気絶させるのが目的で、殺すのが目的ではない。
勿論、相手を殺してしまってもお咎めはないし、殺すつもりで戦わなければ倒せない相手ばかりだが。
俺はあえて、自分の持つ剣に炎と雷を付与し、これでもかというぐらいに目立たせた。
これはこれで、上位に勝ち登ろうとする相手から注意を買う事になるが、大抵の奴は後回しにしようとする。
炎の剣を持つ魔法戦士を相手にするぐらいなら、小さいコボルドを狙った方が良いと思うのは誰でも考える事だが、ロアックは見た目よりも遙かに強い戦士だった。
その小柄な身体を生かしつつ、戦士達の足下に入ると、二、三人の足に剣を斬りつけてあっという間に転ばせてしまっていた。
そして転ばせた何人かのうち、とどめを刺せる者の所に足早に近づき、顎に剣を叩きつけて気絶させていた。もしその剣が鋭利に研ぎ澄まされていたなら、ロアックは首を狙った事だろう。
リュージの方は、さすがというべきか、銅鑼がなってから数秒後には一人を悶絶させ、その後は周りから敬遠されて、うんざりとした表情になっていた。
そのリュージの前に、長い槍を持った男が一人、ゆっくりと歩いてくる。
「竜児=伽藍か。いずれ戦う事になるなら今でもかまわんよな?」
「いいぜ、かかってきな」
「俺はテザン。覚えておけ」
テザンと名告った男はパイクマンと呼ばれる槍使いだった。
槍を突く、斬るだけではなく、回し、打ち据え、また槍自体を使って移動したり、防御にも使う名手だった。
槍の名手の直線的な突きを身のこなしでかわしつつ、相手の懐に入って突きと蹴りを放つリュージ。
そしてそれを槍で受け止め、流しつつ、リュージの背中を竿の部分で打ち据えると、観客達は大喜びでその戦いっぷりを応援していた。
ロアックが更に数人を打ちのめしつつ、囲まれないように逃げ回っている時、一人の少女がその眼前に姿を現した。
少女は透明化によって姿を消していて、しかも気配を消していた。
その状態でロアックが近寄ってくるのを待ち、不意を突いたのだった。
少女は身体を回転させながら、二刀の剣を連続でロアックへと打ち込んだが、ロアックが慌てて走る方向を変えたので、その斬撃は追いかけてきた別の闘士を切り刻むことになった。
「危ない! 今のは危なかった!」
さしものロアックもその少女の鋭く早い不意打ちには驚いた様で、その少女から逃げるように円を描いて回避していた。
あれはソードダンサーと呼ばれる暗殺者で、ローグの一種だった。
彼らは敵を殺す事を目的として訓練を行い、常に一撃必殺を心がけている。
その証拠に、今の一撃を受けた闘士は、残念ながら既に命を断たれていた。
「んっ!?」
自分の身体を守っていたマジックシールドが、放たれた矢を弾いて白く光る。
他人の事を心配しているほどの余裕はなかった。見ると闘技場の反対端から、弓を構えた男が俺を狙っている。
(レンジャーに目を付けられたか……)
まぁ持っている武器が炎を上げている以上、誰かに狙われるのは当たり前だった。
それが遠距離職なら、尚更だろう。
(近づけば、乱射してくるだろうな……)
レンジャーはマルチショットを使いこなすことが多い。手練れになると一度に四本から五本の矢を放ってくる為、近づく前にこちらの身体は針の山の様に矢を受けてしまう事になる。
俺は戦っている別の相手を盾にする形で身を隠しながら、そのレンジャーへと駆け寄っていく。
レンジャーもまた、俺が近づいてくる事を知って、距離を取りながら矢を放ってきていた。
(弓に魔法の力が乗っている……アーケインアーチャーか……)
ジャンルとしては剣に魔法を乗せる俺と同じく、弓に魔法を乗せる職だった。
その矢は火、雷、氷に加えて、麻痺や即死の魔力まで乗せることが出来る。
特に黒いオーラを纏った即死の矢は、絶対に受けてはいけない攻撃だった。
そして、その即死の矢の一撃を決める為に、こちらを麻痺させたり、足を狙ってきて走らせない様にしたりしてくる。
相手の所まであと10メートル。まだ距離がある。
盾代わりにした闘士が、俺が走るのを邪魔しようと、ちょっかいを出してきた。
バトルロワイヤルである以上、攻撃のチャンスがあれば仕掛けるのは当然。
しかし、それは一人ではなく、目の前で打ち合っていた二人が同時に俺を見た。
いや、二人だけではない。もう一人、右側からも両手槌を持った大男が迫っていた。
「ん!?」
この三人とアーチャーは、もしかしたら仲間だったのかもしれない。
或いは闘士としての本能がこの四人に連携させたのか。
目の前の二人が打ち下ろす剣を避ければ、右にいるスレッジハンマーの男に叩きつぶされる。
剣を受け流し、ハンマーを避ける為に左へと身をかわせば、目の前に盾となる物が無くなり、弓の直撃を受ける事になる。
(こいつら……!!!)
その時、俺は、俺の身体の中に、何かが目覚めるのを感じた。
何か、俺の中にある俺の知らない感情が、俺の全身を奮い立たせていた。
それはもしかしたら、戦いに対する本能かもしれないし、自分が死ぬと悟った時の覚悟かもしれなかった。