問題は俺
その日、俺とリヒトは王宮を出る事を許されず、次の日、国王の謁見室に呼ばれた。
「魔法ギルドの消失、魔法使い達の消息、機甲涅槃界への助力、剣王の到来、全て事情は聞いた」
国王は明らかにやつれた顔で、淡々と話した。
おそらくは、様々な重鎮達と共に答えの出ない話し合いをし、そして今もまだ解決には至っていないのだろう。
俺は床上に片膝を突き、頭を深く垂れていたが、リヒトは俺の隣で立ったままだった。
「私達にはお前の言葉を信じる事しか出来ない。そして現実として、この国はほどなくウルゴーの降伏勧告に屈する事になるだろう」
「もし剣王の事が知れれば、国民は全て殺される事になる。だからお前達の事は秘密裏にしておかなければならない」
「二人とも即時、この国を出よ。そして剣王の命である赤竜ヴィスカスを探し出し、討伐せよ」
「それは剣王の望むところではない」
国王の言葉に対し、横に立つリヒトが淡々と告げた。
俺は慌てて顔を上げ、リヒトの顔を見たが、白金に光る兜の奥に、赤く光る目を見る事しか出来なかった。
「ウルゴーに屈するのであれば、剣王も私も知る所では無い。あのマギスターの自己犠牲はただ無駄死にだっただけだ」
「そして我が剣王は、その様な隠し事をする卑怯者を許す事は無い。ウルゴー帝国の侵攻など待たずして、我ら機甲涅槃界がこの国を焼け野原にかえてやろう」
「……万事休すか」
国王は椅子に深く座り、目を閉じた。
側にいた重鎮達は、どうしていいか分からず、リヒトと国王を交互に見ているだけだった。
「我々が生き残る道はただ一つ」
騎士団長のゴート卿が膝をついたまま言った。
本来、この場で彼の立場では自分から発言を許される事は無かった。
それでも、今は無礼を承知で提言していた。
「ウルゴーには徹底抗戦を行い、この者が剣王の天命を全うするまで耐える事のみ」
「そんな非現実的な……相手はウルゴーですぞ?」
宰相のホッセ卿がそう言うのを、国王が片手で遮った。
「ウルゴーに滅ぼされるか、或いは、剣王に滅ぼされるか。卑怯者に行く末はない、という事か」
「私はロディット卿に長らく、この国の守りを任せてきた。そしてその者から話を聞く限り、ロディット卿は最期の一瞬まで卑怯者にあらず、この国を守ろうとした」
「だから私はロディット卿の意志を受け継ぐことにしよう。シェイ=クラーベ、剣王の天命を受けし魔法使いよ。この国の未来、汝に託す」
「……御意」
この国王は、見かけは凡庸で、また覇気にも乏しく、王者という言葉からは遠い存在だった。しかし、彼の心に宿る意志は強く、そして毅然としていた。
「良い君主だ。まずはお前達が見ている不安を取り除くとしよう」
リヒトはそう言うと、国王の前に進み出て、膝をついた。
つまり、スラニル国王に服従の意志を見せたという事だった。
「この国が魔法障壁によって守られていたという事は、理解しております。そしてそれが無くなった今、ウルゴーが武力をもって降伏勧告を行いに来る事は明白」
「その時にはこのリヒトが、ウルゴーの軍勢を退けてご覧に入れましょう」
リヒトの言葉には確固たる自信があった。
「頼む。もう我々には選択の余地はない」
国王はそう言うと、席を立ち、そして王座の段差を降りて、片膝をつくリヒトに手をさしのべ、その手をとって立たせた。
国王の精一杯の礼節だった。
「国王様……あなたが善い人だという事は存じ上げておりますが……これはちと大変な事ですぞ」
「ホッセ卿、ウルゴーとの交渉を頼む。お前にしか出来ぬ難題だ」
「無論、微力を尽くします」
「そうしなければ首が飛ぶしか無いな。ここは我々老兵が耐えようではないか、ホッセ卿」
「ゴート卿は猛虎の方であらせられるからそう言える。ああ、ロディット卿はもっと知的で思慮深い方であったのに」
ホッセ卿はロディット卿が剣王にケンカを売った現場を見ていないから、そう言える。俺達弟子でさえも、まさか神様相手にタイマンをする様な人だとは思っていなかった。
こうして、国王より勅命を受けた俺とリヒトは、重要参考人という名目は無くなり、代わりに重要人物として扱われ、王宮の中の賓客室に通された。
「さて、ああ言ったはいいが、問題はお前だ。シェイ」
「……気づいてた?」
部屋の中に誰も居ない事を確認し、滅多に座れる事の無いふかふかのソファに身体を預けた。
「ちょっと、私を持って素振りしてみろ」
そう言うと、リヒトは天国の剣へと形を変え、ガラン、という重い音をたてて床上に転がった。
俺は仕方無くふかふかのソファから立ち上がり、床上に転がるアーティファクト『天国の剣』の柄を持つ。
そして頑張って床から15センチほど持ち上げた。
「お……も……い……」
「重いなんて事はないだろう? このサイズの大剣では、十分の一程度しか重さはないぞ」
「はぁ……はぁ……むりだよ」
「……もう少し軽くしてみる」
剣の形のままリヒトはそう言い、再び俺は柄に手をかける。
「おっ……今度はなんとか……」
両手で渾身の力で持ち上げ、そして、なんとか肩に持ち上げてみる。
そう言えば俺は、木こりの使うあの大斧を持ち上げられなかったのを思い出した。
「んぬぬぅふぐぅぅぅあ」
「お前はどれだけ力が無いのだ? よくそれで今まで生きてこれたな?」
「魔法なら、それなりに使えるよ。ほら」
俺は一度剣を床に置くと、剣に浮遊の魔法をかけてふわふわと浮かせた。
「何をするのだ! 剣から重さを取ったら剣波も剣圧も無くなるだろう! ただの棒きれになるではないか!」
「そうだね。それは理解出来るよ。そして俺が非力で君を持ち上げられない事も、ご理解頂きたいね」
「まいったな……これは、どうするべきか」
床上で少女の姿に戻った彼女は、床上で寝そべってダラダラとしていた。
明らかにやる気を喪失している感じだった。
機械の身体にピカピカの鎧姿では、可愛いとは言いにくい外見なのだが、その仕草はまるで子供のようだった。
「これではヴィスカスどころか、ウルゴーを撃退するのも難しいぞ?」
「そう言われても、剣王様は分かってて俺に君を託したんだろ? 試練として」
「そうだな。しかし、ここまで見事に貧弱な男だとは思わなかったのだ」
「なんとかならないかな? 軽くしてもらうのは仕方無いとして、ハッタリだけでどうにかしようよ」
「とりあえず、腕立て伏せと腹筋からしてみるか?」
「おいおい、今から基礎体力つけるつもりかよ、ウルゴーが来るまでに筋骨隆々にはならないって」
「何か無いのか? いいアイデアとか。魔法使いなのだろう?」
だんだんタメ口になってきたリヒトを見ていて、一つ思い当たる事があった。
この娘に似た性格の友人の事だった。
「……あ? 何言ってんの、お前?」
「ま、大体、返事の予想は付いたけどね」
「数日で筋肉なんてつくかよ。筋トレしたら三日間は筋肉痛だろ」
「誰だ、このバカっぽい男は」
リヒトがリュージの顔を見上げて言った。
「なんだこのクソ生意気なコンストラクトは」
リュージはリヒトの顔を見下ろして言った。
(同族嫌悪って奴だな……)
「彼はリュージ=ガラン。俺の親友のモンクだ」
「それで、この娘はコンストラクト・リヒト。生きている剣だ」
「生きている剣?」
「まぁ、そのうち分かる。とにかく俺はなんとかして、彼女を振り回して戦わなきゃいけないんだけど、ご存じの通り、力が無くてね」
「女を、振り回して、戦う?」
言葉を額面どおりにしか受け取らない男には、難しい話だっただろう。
「剣になってくれる?」
俺が言うと、リヒトはリュージの前で剣になり、リュージは目を丸くしてそれを見ていた。
「ほお~、最近の剣って、こんな風になるのか」
「ならないならない、彼女は神様に作られた特別な剣なんだよ」
「神様に作られた剣……?」
リュージはそう言いながら、頭をボリボリと掻いていた。
常識から考えれば、今起きているのは夢物語の様な事で、そして現実の中で生きているリュージには何の事やらよく分からないみたいだった。
「あのさぁ……この一週間ほどさぁ……シェイの姿を見かけなかったけどさぁ……その間にお前にいったい何があったわけ?」
そう疑問に思うのは、とてもまともな事だった。