下層部の闘技場へ
上層階と中層階の区別は、長い四つの階段がある事でわかりやすくなっていた。
大きめのホールの両端に登りと下りの専用の階段が二つずつあり、間違っても有力者達が正面からがちあって、どちらが道を譲るか? という無駄な争いが起こらない様になっていた。
中層階は、その階段の間を中心に広がっており、飛空艇を持っている程度には力があるが、まだまだ小物という程度の者達が集っていた。
故に人口も多く、故に喧嘩も多いが、このデッドフォールには一つだけ、力の掟があった。
上層部の者が下層の者に喧嘩を売るのも、下層部の者が降りてきた上層部の者に喧嘩を売るのも禁じられていた。
その階層に集う者同士が争うのは仕方無いにしても、力を持つ者が弱い者に対して喧嘩を売る事を抑える事により、最低限の治安を維持していた。
もしこの掟がなければ、力のある荒くれ者達が全階層を我が物顔で暴れ回り、それを煙たがる別の荒くれ者が騒動を起こし、結果として最も力を持つ者が他の者を皆殺しにするまで殺戮の宴が続く事になる。
そしてそういう事は幾度か起こっているらしい。その歴史の上で決められた暗黙の掟だった。
中層階の建物は、岩壁に木製の箱をくくりつけた外観の建物が多く、素朴で賑やかだった。
道を行く者達も善良な人々には見えないが、身なりはきちんとしている者が多かった。
お互いに話し合う言葉も、荒くて喧嘩腰ではあるが、野盗やオーク達と大差のない物だった。
もっと恐ろしい、地獄の底の様な所を想像していた。秩序と治安は退けていたが、代わりに規律と統制はとれている様だった。それは恐怖によるものだったが。
中層部は多い人口を収容する為に三層と広く分かれていたが、それはあきらかに後付けで足された物であり、建築の基底部分につぎはぎしただけの物だった。
その為、つっかい棒と固定用のロープが張り巡らされ、上下の移動は基本的にはしごしかなかった。
上層部、中層部、下層部、更に下へと続く基本部分には階段があったが、それは勿論、力を持つ者達の通り道だった。
俺達はいい。虎の威を借る狐といわれようが、今はタルキス船長のおかげで身を守れている。リュージとセリーナスは大丈夫だろうか?
この場合の大丈夫、というのは無事かどうかではなく、喧嘩をしてないかどうか、という事だったが……。
下層部へと降りる階段の少し手前で、人が真横にぶっ飛んでいき、空中へとはじき出されたのが見えた。
喧嘩にしても、あの人間の吹き飛び方は尋常ではない。
見ると、ボーグさんがやれやれといった風に首を横に振りながら、こちらへと向かって歩いてきていた。
あの人ならやるかもしれない。
「なんだい、雑魚に絡まれたのかい? こちらからの手出しは御法度だよ?」
「すいません。こちらのお連れ様が、血の気の多いお方で」
ボーグさんの巨躯の後ろに居たのは、リュージだった。
両手の指を鳴らしながら、不機嫌な顔で周囲に敵意剥き出しの視線を飛ばしている。
「次はどいつだ? ここからなら海に飛び込むのに、いい高さだろ」
その隣を歩いているセリーナスはリュージを止めるでもなく、余裕の表情で笑みを浮かべていた。
ロアックは剣さえも抜かず、何かの肉を食べながら歩いていた。
「リュージはやり過ぎだ。騎士は無駄な戦いはしない」
「お前は俺に任せてサボってるだけだろうが」
その三人とボーグの呆れた表情を見て、船長は薄く笑って俺の顔を見る。
「痴れ者は、お前だけではない様だな、シェイ」
「そう、俺達はバカなんですよ……」
口の中で小さく呟く様に言うと、船長は小さく笑って先へと進んだ。
中層階から下層階へも、同じく四つの階段が大きめのホールの両端につき、無駄な災いが起こらないように配慮されていた。
下層階は、中層階とは違い、この階段のホールから更に下へと繋がる階段が2つ伸びていて、下へと下りる梯子は4つ見えた。
この二つの階段は、登りと下り用だが、下層階へは魔力発電を用いた重力反転装置による昇降装置があり、大物達はこちらを使う。
下層階の階段広間から表に飛び出している舞台に出ると、その両脇に光の柱が垂直に伸びているのが見える。
舞台の端から下を覗くと、遙か下方に魔方陣が描かれていて、その床から光が発せられていた。
右の柱は重力が反転していて、下から上へと物体が昇り、左の柱は重力が弱められていて、フェザーフォールと同様にゆっくりと降りていく。
どちらも機械に魔法を発生させ、そこに一般的なドラゴンシャードから魔力を供給する事で作動させていた。
もちろんこの技術はデッドフォールで産み出された物ではなく、ウルゴー帝国が研究して作った昇降装置で、それと同じ物をここに設置したらしい。
その降下用の昇降機に乗ると、魔力の波が渦巻く奇妙な音が聞こえ、俺達の身体はゆっりと下へ降りていった。
眼下にはとてつもなく巨大な盆を思わせる作りになっていて、その中央には闘技場らしきドームがあった。
この巨大なドーム状の空間は、この山の中にあるのだが、人為的にくり抜いてくられたのか、それとも自然の成した事なのかは分からなかった。
人為的だとすれば、それは神の奇跡に近い技をもって作られた物だろうし、自然の成した事としても、神の御業と言えるだろう。
5分ほどかけて下層階の地面に降り立つと、そこは俺がイメージしていた様な所だった。
つまり地獄の様な所。行き交う海賊達は傷だらけの顔と身体を揺すって歩き、中には片腕がない物、片足がない物も居た。
人間やオーク、コンストラクトに加えて、オーガーやドレッドエルフと言った闇の世界の住人も混じっていたが、キャットエルフが歩く姿は見えなかった。
なぜなら彼らは、歩く代わりに檻の中に入れていたからだ。
デッドフォールでは、キャットエルフはペット程度の存在にしか思われていない。
奴隷商人達も、キャットエルフを売る時には、一度ここを介する事があるぐらいの人気商品だった。
おそらく、周りの海賊達は、キュネイの事をタルキス船長の奴隷だと思っているだろう。現実としてはそれに近い状態だし、その方が安全なので、こちらとしては良かったが。




