吸血姫と昼食を
酒場の主人がそう言うと、船長は無言で頷いた。
「ボーグ、マチェット、好きな物を食べるといい。私は奥で休む」
「了解です、船長」
二人は一礼すると、酒場に入った所にある一般席についた。
俺達はどうすればいいのか分からず、そのまま船長の後について奥の部屋へと向かう。
廊下は赤い絨毯で敷き詰められていて、明かりは炎ではなく、魔力発電の涼しげな照明だった。
一番奥の部屋はカーテンで仕切られていて、船長がそれを開けて中に入ると、豪華な客室に、既にご馳走が並べられていた。
「タルキス様。私めが贄でございます」
部屋の奥に、踊り子の服を着た若い少女が立っていた。
船長は部屋にあるゆったりとしたソファに腰を降ろすと、少女を招き、そして添い寝をする様に抱くと、その少女の首に牙をたてた。
「あっ……あ……う、ううっ……う……」
少女の口から漏れる声は、痛みではなく、快感を感じての喘ぎ声だった。
その艶めかしさに、思わず俺は聞き入ってしまいそうになった。
「はぅ……んん……あ……う、うっ……ふぅ……」
時間にして十秒ほど、船長は生贄の少女の生き血を吸うと、首から口を放す。
その口の端から赤い血がしたたり落ちているのが、怖くもあり、いやらしくもあった。
「死ぬほどには、吸わない様にしている。時々、我慢出来ずに吸い尽くしてしまう時もあるがな」
俺達が入り口で立ったまま凍りついているのを見て、船長がクスクスと笑った。
「さて、ごちそうを食べるとしようか。好きな所に座るがいい」
リヒトとキュネイは船長の側に座り、そして俺はできるだけ端の目立たない所に座った。
生贄の少女が部屋から去ると、代わりに世話係の女達が入って来て、料理の説明をしながら、取り皿に盛りつけてくれた。
鹿の肉の燻製。魚の酢漬け。野菜のサラダ。小麦粉を焼いて作ったお菓子。
どれも王宮で振る舞われそうな、高級料理だった。
「きちんと腹ごしらえをしておけ。もう食べられなくなるかもしれんぞ」
船長が何を言いたいのか、今は分からなかった。
とりあえず、食べておけと言われたからには食べておこうと思い、出された物は片っ端から食べた。
「おいしい……」
キュネイが思わず本音でそう零していた。
久しぶりの豪華な食事というのもあったかもしれない。
奴隷商人の船では、セリーナスが晩餐の呪文で美味しい食べ物を出してくれたから、食べるに困らなかったが、それとはまた格段に違う美味しさだった。
「食事が終わったら、トレーナーの所へ連れて行く。あとはお前達次第だ」
吸血鬼でも料理は美味しく感じるのだろうか、ワインとハムを少しずつ食べながら、船長が言葉を続ける。
「鍛錬の苦しさに負け、命を落とすか。それとも耐えきるか。耐えられたとして、どれだけの月日でリッチとドラゴンを倒せるまでになるか」
「一年? 二年? それとも十年? 私にはいくらでも時間がある。急ぐのならば、己自身の力を磨け」
「もし、見込みが無い。或いは諦めた、などという話が誰か一人でも出たなら、即時お前達を全員殺す。連帯責任だ」
そう見下した言い方をしてきたタルキス船長の言葉に、俺は本能的に、ここは言い返すべきだ、ここで言い負けてはいけないと察した。
「俺達が強くなり過ぎて、リッチやドラゴンを倒せるほどになったら……」
自分が怯えてなどいないというフリをし、平静を装って料理を口にする。
そしてそれを飲み込んだ後、わざと、船長の方を見ずに言葉を続けた。
「吸血鬼も殺せますかね?」
「……いや、今、少し驚いた」
その声に、今までの威圧感が消えたのを感じて、俺はちら、と船長の顔を見た。
吸血姫の顔は、あろうことか不安に満ち、困惑の色に染まっていた。
「私を、殺すと言うのか? 殺せると言うのか?」
「さぁねぇ……やってみなきゃあ分からない事は、色々あるものでね……」
「実際、俺はウルゴーの軍勢10万を相手に、ハッタリのつもりでこのリヒトを振り抜いたんですが……ウルゴーはそれで帰ってしまった」
「自分でも、よくここまで来れたと思ってます。ダークシックスの本拠地に乗り込んで、まさか闇の神様に会うことになるなんて、思ってもみなかった」
「ただ一つだけ。これだけは確かだなって思ってる事があるんです」
「俺は、今まで一度も、自分から逃げた事は無い」
「多分、バカなんでしょう。もし船長が俺達を殺すというのなら、それはそれで仕方の無い事。勝てるかどうかなんてのは問題じゃないんです」
「自分がどこまで進めるのか、それだけです」
「なるほど……そういう事か……」
船長は深いため息を一つつくと、しばらくの間、何かを考えていた。
長い吸血鬼の生の中で、想い出を探しているように見えた。
「私は、どうしても手に入れたい物がある。でもそれは、どうしても手に入らない様に思えるのだ」
「人間の男には、時々、その身体の中に計り知れないほど強い、剣を持つ者が居る」
「私を吸血鬼にした男も言った。人間だけは侮れない。人間は神をも殺す剣を、その心の中に秘めている、と」
「私はお前達に、これからの日々の苦しさを伝えたに過ぎない。その苦しさに耐えかねるのならば、私が殺すという心づもりだ」
「しかし、それは無用な心配だったようだ」
そこまで言葉を吐くと、再び、覇気を取り戻した口調で俺に向かって言った。
「シェイ=クラーベ。私にドラゴンシャードを持ってきてみせよ。この世はまだまだ、面白い事が多くある事を、私に見せてくれ」
「やれるだけの事はします。いつだってそれだけです」
「では、お前達に最高のトレーナーを紹介してやろう。闘技場へ行くぞ」
(と、闘技場!?)
食事の後、酒場を出た俺達は船長に連れられて、更に下層階へと降りていった。
リュージとロアック、セリーナスはボーグさんが連れてくる事になっていて、闘技場で落ち合う事になっていた。
この要塞島はかなり複雑な構造になっていて、大きく分けて上層部、中層部、下層部、湾岸部、地底基部の五層になっている様だった。
上層部は、いわゆるVIP達のエリアで、力を持つ者だけが歩く事を許されたエリアだった。
各階にはとりたてて警備員などという者は居なかったが、もしそのエリアに似つかわしくない者が歩いていたら、因縁を付けられて生死をかけて戦う事になるだけだった。




