デッドフォール上層部
それは、島と呼ぶには、あまりにも禍々しい場所だった。
地獄の山の様に先の尖った山々がそのまま地盤沈下で海の底に沈み、その山を上から下まで改造して、要塞化していた。
実際の話、この山はかつてデーモンが住んでいて、冒険者達に退治されたという昔話がある。だから地獄の山という呼び方は、そう間違ってない筈だ。
船は山の一番上にあるドックに近づいていた。
ドックは今向かっている上の方、そしてもっと小型の飛空艇達がたむろする中央部にあり、遙か下の海面には、無数の海賊船が停泊していた。
このデッドフォール一つで、スラニルの国が三つ以上は入ってしまうかもしれないほど、巨大な要塞だった。
「すごいな……これが海賊達のアジトなのか」
リヒトでさえも、目を丸くして眼前に迫る巨大要塞を見ていた。
「女は気をつけな。気を抜くと一瞬で誘拐されますぜ。いくらタルキス船長のお気に入りだからと言って、油断した奴の面倒までは見ないからな」
リヒトはともかく、キュネイとセリーナスは、明らかに嫌だなぁ、行きたくないなぁという顔をしていた。
「私の身体、シェイさんとロープで結んでおきます」
「そ、それ、私とリュージ様にもしてくれる?」
悪くは無いアイデアだったが、実際にしてみると、まるで奴隷を連れているような感じになってしまった。
その上で、キュネイとセリーナスは、俺とリュージの腕をしっかりと掴んでいた。
船が接舷し、ロープが渡される。
甲板から渡り板が渡されると、その上を海賊達が荷物を肩に乗せて次々に降りていく。
「あんたらは最後。まずはお宝が先だ」
海賊達が背負っているのは、今回の航海でせしめた宝物だった。
きっとどこかの誰かが襲われ、殺され、そして奪われたのだろう。
海賊という呼び名はあれど、やっている事は強盗殺人だった。
船員達はせっせと稼ぎをドックの荷物置き場へと積み上げていく。その合間に船長が看甲板に姿を現した。
一端、荷物運びは足を止め、船長のために道を空ける。
その服は船内で見た物とは全く違う、もっと色っぽい艶やかなドレスだった。
胸元は大きく開き、スカートには深いスリットが入っていて、白く長い足のなまめかしさを際立たせていた。
美貌の吸血姫は、船員達の目を奪いながら甲板を歩き、そしてちら、とこちらを見た。
「リヒトよ、私と一緒に来い」
リヒトは俺の顔を見上げて腕を組むと、不服そうな顔を船長に向けた。
「ならばシェイも来い」
「すいません、この子も……」
「いいぞ、キャットエルフも愛らしくて好きじゃ」
「リュージ、ロアックとセリーナスを頼む」
「ああ。気難しい女のご機嫌取りよりは楽だな。シェイこそ頑張れよ」
「リヒトとキュネイは、船長の斜め後ろを歩いて。俺はその後ろね」
「……分かった」
リヒトは不承不承だったが、船長の機嫌を損ねるのは得策ではない、という事は理解してくれていた。
彼女は彼女なりに気を利かせ、花嵐の着物を取り出すと、自分でそれを着た。
すぐ側を花びらが舞い散るのを見た船長は、それがリヒトの来ている着物のせいだと察し、嬉しそうに眼を細めてリヒトを見た。
その笑顔を見る限りは、海賊船長とは思えなかった。鋭い牙がちらりと見えていたので、吸血鬼であるのは隠しようがなかったが。
絶世の美女、異世界の少女、キャットエルフが静かに渡り板を歩くと、船着き場の作業員達も、他の海賊達も目を奪われていた。
彼女達の後ろを歩く俺は、ただの奴隷だと思われていただろう。
天空に作られた船着き場はとても広く、後ろでは、荷物運びを再開した船員達が、汗を垂らしながら荷物を運んでいた。
「ボーグ、マチェット、まずは食事に行こうか」
「はい」
船長が名前を呼ぶと、俺の両隣に二人の海賊が近寄ってきた。
船長を先頭に、その後をリヒトとキュネイが歩いていた為、彼ら側近は自然と俺の隣を歩く事になった。
ボーグと呼ばれた男は顔の半分を鋼鉄の仮面で覆っていた。背中に両手斧を背負っていて、体中のあちこちに傷跡があるのを見ると、おそらくはバーサーカーだろう。
マチェットと呼ばれた男はその名の通り、腰の両方に数本のマチェットというナタをさしていた。
斬りつけるだけでなく、投げたり、或いは使い捨てする為に、数本持っているのだろう。
その黒装束の軽装から見ても、アサシンとしか思えなかった。
どちらも、一撃で敵を倒す事を狙い、戦士やモンクの様に複数の攻撃で敵を倒すタイプとは正反対だった。
威圧感のある二人と並んで歩く事になり、とても肩身が狭かったのだが、船着き場を離れて建物の中に入った時、二人の視線がリヒトの尻に熱く注がれている事に気づいた。
そもそも俺自身が、花嵐を着たリヒトが、その裾の短さからお尻をチラチラと見せているのを見ていたのだが……。
二人の視線をちら、と見てみると、二人とも同じ方向を見ているのがわかった。
(やっぱり男は尻に弱いんだなぁ)
船長も色気の多い美女だが、目上の者に対して不躾な視線を送る事も出来ないだろう。
そうなると、リヒトの尻はいくら見ても大丈夫。という事になる。
しかもリヒトがちょこちょこと歩く度に、桃色の花びらも舞うので、癒し効果はばっちりだった。
「……お前達、何が良い? 肉か? 魚か?」
「船長のご気分のままに」
「そうか。シェイ、お前はどうだ?」
「えっ? いただけるんですか?」
「生きたサルを食べるのはどうだ?」
「え、遠慮しておきます……」
「そうか。では、いつもの所に行くか」
最初から、俺達の意見など聞くつもりはなかったのだろう。
だから側近の二人は何も求めなかったし、俺に問われても、顔色一つ変えなかったのだろう。
狭い通路を二度、三度と曲がり、そして階段を下りる。
通路は岩盤が剥き出しの上、血の跡が残っていたり、床も一部抜け落ちたりしていて、その隙間に手の骨らしきものが見えたりしていた。
階段は石で出来ていたが、段差が不揃いで少し降りにくかった。
どうやら、何度か工事をしたらしく、それで段差が出来てしまったらしい。
階段を下りきると、石畳みの廊下が奥へと続いていて、突き当たりに小ぎれいな酒場の扉が見えた。
扉には茶色でニスが塗られ、こんな場所には似つかわしくない高級な作りになっている。
中には数人の客と、演奏家達が静かな曲を奏でていた。
「いらっしゃいませ、キャプテン・タルキス。いつもの部屋の準備は出来ております」