査問会
剣王は踵をかえし、異次元のゲートの中へと戻っていく。
俺の目の前には真っ白な、見た事も無い美しい大剣が突き刺さっていた。
「天国の……剣……コンストラクト・リヒト……」
王宮から近衛兵達が駆けつけてきていた。
何事が起きたのかと問われ、俺はそれに答える責務を持っていた。
衛兵の一人が、刺さっている見事な大剣を見て近づき、触れようとした時。
「触るな無礼者」
という女の子の冷たい声が聞こえた。
俺と衛兵達が、どこから声がしたのかと辺りを見回すと、目の前の剣が突然動き出した。
その剣の刃は二つに分かれ、そして厚みを持ち、白く長い足へと変わっていく。
長い柄も二つに分かれ、そして女性の両腕となり、バンザイをしている格好になっていた。
剣の柄の部分の飾りを中心に、胴体が形作られ、胸と腰が上下に現れる。
地面に刺さっていた剣は、その姿形を変えて、コンストラクトの少女になっていた。
このコンストラクトと呼ばれる、機械の身体に自立した意志を持つ存在は、自らの身体の形を変形させて、戦闘に特化した形状になる事がある。
飛行形態になる者も居れば、馬よりも早く走る物もおり、鉄槌になる者がいると聞いた事もあるが、剣の姿になるというのは初めて見知った。
「コンストラクト・リヒトってのは、剣の名前じゃなく、君の名か?」
目の前のコンストラクトは、白く輝く鋼の身体を持つ少女の姿に変形できるらしかった。
純白の機械の身体に白金の装甲。顔は兜に包まれ、その奥に赤い眼光が灯っていた。
背丈は150に満たない程度。
姿形としての造形は美しいが、まぎれもなく機甲人だった。
「そうだ。シェイ=クラーベ。剣王の命により、お前を主とする」
当然、衛兵達は混乱したまま、俺とリヒトを見比べる事しか出来なかった。
「ロディット卿は、いずこに……」
「マスターウイザードは亡くなられました。他の魔法使い達も全員」
「君は誰だ? その服装はまだアークメイジではない様だが……」
「はい。勉強中のウイザード、シェイ=クラーベです」
「ここで何が起こったんだ? どうしてこんな事に?」
近衛兵が手早く事情を聞こうとしたのを、後からここにやってきたスラニル騎士団団長のゴート卿が制した。
「まずは王宮に来ていただけますか? その後、詳しい話を」
ゴート卿は年の頃50近く。若い頃は国を支える為に獅子奮迅の働きをしたが、治安が安定した後は思慮深い穏健派となり、国王と国民達から信頼の厚い人物だった。
今の、ゴート卿は何よりも先にこの混乱を鎮める事を第一に行動されている様に見えた。
「はい。分かりました」
「おい待て、私を連れていけ」
ゴート卿と共にその場を去ろうとした俺に、リヒトがそう命令した。
「あの娘は? コンストラクトの様ですが?」
「剣王から託されました」
「……剣王? 機甲涅槃界の? どうやら大変な事が起きている様ですな……」
「君、一緒に来て」
俺がコンストラクトの少女にそう言うと、彼女はムッとした顔をして反抗した。
「連れて行けと言っている」
「歩けないの?」
「手を引けと言っているのだ」
「えっと……どういう事……」
彼女が手を伸ばしてきたので、その手を握ると、体中に電撃が走る。
「ぐぅお!?」
「これで契約完了だ。お前と私を鎖で繋いだ」
心臓がとまりかけるほどの電撃だった。ともすれば死んでいたかもしれない。
しかし、このリヒトというコンストラクトは涼しげな顔で俺を見下ろしていたた。
「さっさと連れて行け」
そう言うと、再び彼女は手を伸ばす。恐る恐る手を取るが、もう痺れる事は無かった。
一体何なのだろう。この子はいちいち手を繋いで連れて行かないといけないのか。
前を進むゴート卿も、異世界から来た少女を気にして、俺の方をちらちらと見ていた。
俺はこの国では全く知名度が無い。まだ駆け出しの魔法使いで、修行をしていた三十数人の中の一人だった。
その仲間達も、数分前にこの世から居なくなってしまった。
まだ、俺の心は、仲間が居なくなった事を理解出来ていない。
姿が見えなくなっただけだとしか感じていない。頭は理解しているというのに。
そんな無名の者が、王宮の中の取調室に重要参考人として連れて行かれるのだから、廊下を歩く時の宮中の人々の視線がとても痛い。
あの魔法使いは何をしたのか。先ほどの事故はこの魔法使いの仕業なのか。一緒に連れているコンストラクトは何なのか。
様々な憶測の視線に刺し貫かれながら、俺は取調室に入った。
この取調室は本来は政治犯を詰問する為の部屋で、泥棒等を締め上げるような怖い所では無かった。
今の俺の状態は査問を受ける立場であり、真ん中の椅子に座らされ、隣にリヒトが座り、そしてコの字型に取り囲む形で、宮中のお偉方が座った。
「いったい、何があったのか、説明してもらおう」
国務宰相であるホッセ卿が正面に座り、尋ねてきた。
太めで気の小さい宰相は、スラニル国王の側近として若い頃から政治に携わってきた一人だった。
この気の小ささと国王の悪政嫌いが故に、スラニルは小国ながらも小さな団結力と平穏を得ていた。
「ロディット卿は何をした? どうして異世界への門が開いた?」
ロディット卿が国を相手に剣王召喚の事を隠していたのだから、そう質問されても仕方の無い事だった。
俺が知っている事を離す度に、コの字型のあちこちから亡きロディット卿への非難の言葉が飛んだ。
なんて事をしてくれた。恩を仇で返したのか。何の恨みがあって。勝算はあったのか。等々。
しかも魔法使いの生き残りは俺だけになったと言うと、皆は目の前にある巨大な危機に気づかされる事になった。今、この国を守る魔法障壁を作れる魔法使いは居ない。
「なんという事だ。これではこの国を守る手立ては無いぞ」
「騎士団を総動員しても、ウルゴーの軍団には勝ち目など無い。障壁あっての防衛なのだ」
「本当に魔法使いは全滅したのか? 本当に君だけなのか?」
「だからロディット卿を信頼し過ぎるなと言っていたのだ。こうなる事は分かっていた」
お決まりの混乱と答えの出ない問答。その言葉の嵐の中で、俺は耐えるしかなかった。
「しかし、ロディット卿が剣王に助力を乞い、そのコンストラクトの娘が剣王の使いだとすれば、ウルゴーは黙ってはいないぞ」
「その娘一人でいったい何が出来るのだ。剣王は本当に現れたのか? その魔法使いの戯れ言ではないのか?」
貴族の一人が、俺が手を繋いでいるコンストラクトの少女を指さして言った。
それは冒涜にとられかねない言葉だったが、リヒトは何も反応しなかった。
「むしろ戯れ言の方が助かる。ウルゴーは異世界に助力を乞うた国を許しはしない」
答えの出ない議論はその後も数時間続き、俺は何度も同じ質問に答えていた。
「剣王はなんと?」
唯一、まともに話が出来るのはこのゴート卿だけだった。
「この天国の剣を使い、赤竜ヴィスカスを討伐せよ、と。それがこの国を救うことになると」
「ヴィスカスだと? そんな伝説を持ち出してきて、それで誤魔化すつもりなのか?」
先ほどから何を言っても拒絶しかしないこの男は、貴族の代表格だった。
この国にも王族に属する貴族達がいて、派閥を作っている。
彼らは税金で生活し、毎日優雅に暮らしをする事を『仕事』にしている者達だった。
ただ小うるさいだけで、何の実権力もないので、生かされているだけだとも言えた。
「……赤竜ヴィスカス。かつてドラゴンポリスを統治していた五竜のうちの一匹。巨人族との滅亡戦争の後、いずこかへと姿を消した女帝」
「作り話に過ぎませんな。ドラゴンネクロポリスがある事は確認されてますが、滅亡戦争が本当だったかどうかは疑わしい」
「もし本当にそんな事があったなら、エルフ達の記録に残っているでしょう」
「滅亡戦争なんて、もう300年も前の話ですからね。ドラゴンは今でもサウス・サーンには居ますが、せいぜいが50年、長生きしても100年。300年は生きてはいないでしょう」
「本当に、剣王が来たんですか? 何か手違いで魔法使いは全滅し、責任逃れでそう言ってるだけじゃないんですか?」
何度、その質問に違うと答えただろうか。
とうとう、それまで黙っていたリヒトが怒ってしまった。
「いい加減にしろ。剣王様の言葉を信じぬという事は、私の存在を否定するという事! 屈辱に耐えるのも限界だ。今、この王宮を崩壊させて、我が力を見せてやろうか!」
そう言うと彼女は宙に舞い、その姿を人から大剣へと変えると、床へと突き刺さる。
「私を抜き、一振りしろ。それでこの城は断ち切れる」
コンストラクトからブレードフォームした姿を見て、ようやく皆がリヒトがコンストラクトの少女ではなく、剣だという事を理解した様だった。
「まぁまぁ、待ってくれよリヒトさん。少なくともゴート卿は俺達の言う事を聞いてくれてますし」
そう言いながら、白い大剣の柄に手をかけたのだが……無茶苦茶重たくて、とても持ち上がりそうになかった。
(あれっ、やばい。びくともしないぞこれ……)
ここで持ち上げられないと、かなり格好がつかないと思い、俺は大剣を持ち上げるのではなく、寄りかかるようにして誤魔化した。
「ふん、見せてやればよいものを」
そう言うと剣はすぐに少女の姿へと形を戻した。
「剣王は……伝説の赤竜ヴィスカスを討伐せよとの天命を与えた。しかし、その可能性は、万に一つもあるかどうか」
そう、俺の言う事が本当だとしても、そのことの方が問題だった。
「……出来る限り、剣王の事はウルゴーには隠しておくべきでしょう。しかし、魔法障壁が無くなったのは致命的だ」
「ウルゴーが攻めて来ないのは、あの障壁のおかげである事は確かな事。障壁がないとなれば、必ずウルゴーは武力によって降伏を勧告してくる事でしょう」
「……全滅させられるぐらいなら、降伏した方が良いのでは?」
「……嘘は、ばれるから嘘というのですぞ?」
このゴート卿は、騎士団を率いるだけの器量を持った武人だった。
しかし、だからこそ、現実をよく理解していた。