本殿の護衛者達
俺の右隣にいるリュージが軽いステップで走り出し、俺は背中のリヒトの柄を掴み、構えながら足早に距離を詰める。
ロアックは俺の左側をトコトコと短い足で走っていた。
リヒトを持っていると言っても、俺は本職の戦士ではない。撃たれ強さではリュージにもロアックにも全く敵わない。
だからこうして左右を固めて貰うのが良かった。
セリーナスは俺達前衛の少し後ろに続き、いつでも治癒魔法をかけられる準備をしていた。
まずはキュネイがクロスボウを放ち、僧兵の一人が盾でそれを防ぎつつ前に出る。
魔法使いのローブを着た男が呪文を唱え始め、その手に炎が宿る。
魔法使いは両拳を身体の前で一度交差させ、力強く両側に開くと前方へと突き出した。
掌から放たれたのは火の玉だったが、高レベルのディレイドブラスト・ファイアボールと呼ばれる、より強力な火球だった。
宙を飛ぶ速度はやや遅いのだが、火の玉の数倍の規模の大爆発を起こし、建物一つを吹き飛ばすほどの破壊力があった。
「ロアック、リュージ、あれはでかいぞ、離れて!」
俺の言葉にリュージは縮地で前へと跳び、ロアックは、パタパタと左の方へと展開する。
「よし、リヒト。あれを弾くぞ」
「わかった」
リヒトを目の前に縦に、刃を横にして構える。
物理的な攻撃に対しては、こんな事はしないが、今回はこの刃の面積に魔法を付与する。
四大元素防壁、四大元素防御、火炎防御に魔力減退の付与魔法をかけ、大火球(DBF)を受けた。
大剣の刃に触れた火球は大爆発を起こしたが、まるで硬い壁面にぶつかった水のように、相手側へと跳ね返っていた。
大火球が無力化されたのを見て、魔法使いが苦い表情になった。
俺がエルドリッチナイトであり、防御に関しては魔法使いよりもタフだという事を知っての反応だった。
勿論、魔法を使うという事に関しては、向こうの方が上手だろう。
俺も大火球の魔法を知ってはいるが、別の魔法を使いたいので、今は使えない。
このエルドリッチナイトという職は、ちょっとクセが強く、弱点は何でも魔法で補ってしまおうという付け焼き刃な所がある。
物理的な攻撃力に関しては、リヒト様々という所で、世界中を探しても、これほど軽く、これほど切れ味が良く、破壊力のある武器は無いだろうが、俺自身は平凡だった。
次の呪文を放とうとした魔法使いに、リュージが既に間近まで駆け寄ってきていた。
僧侶、魔法使い、戦士がいる場合、最初に狙うのは、もっとも致命的なダメージを放つ、魔法使いからが常套だった。
そしてそれを守る為に、戦士と僧侶がカバーリングをする。
魔法使いに殴りかかろうとしたリュージに、戦士が体重を乗せた斬撃を繰り出していた。それは魔法使いとリュージの間を切り裂き、リュージを一歩退かせた。
ロアックは左側から大きく回り込み、僧侶へと駆け寄っていく。
僧侶も魔法使いを庇うように立っていて、ロアックの攻撃を正面から受け止める。
白兵戦において、僧侶は戦士並みの力を発揮する事がよくある。
セリーナスはライトブリンガーと呼ばれる、光魔法に特化した僧侶だが、クレリックと呼ばれる僧兵達は、傷を受けても自分で治療するという強みを持つ戦士だった。
ロアックと僧兵は互いに譲らず、剣とメイスを打ち合わせていた。
リュージが魔法使いと戦士の二人を相手にする形になり、更にその奥の魔法使いが何かの呪文を唱えていた。
乱戦になれば、炎の弾の様な範囲魔法は使えない。
その場合は目眩ましなどのサポートタイプの魔法を使うものだった。
俺はロアックの方に助力し、リヒトで僧兵に斬りつける。
僧兵はロアックの一撃よりも、俺の一撃を受け止めなければならず、大きく盾を掲げて打ち下ろされるリヒトの破滅の一撃を弾いた。
だが、代償として、その身体にはロアックの剣が深々と突き刺さっていた。
「よし、次だ次!」
ロアックは僧兵から剣を引き抜くと、すぐに次の敵へと向かっていった。
魔法使いは混戦になっているリュージを狙うのをやめて、遠くにいるキュネイに狙いをつけていた。
キュネイは別の敵を狙う事に集中していて、魔法使いの方を見ていなかった。
「キュネイ! 隠れろ!」
そう叫んだが、キュネイには聞こえず、魔法使いの手から放たれた氷の光線、ポーラーレイの直撃を受けて、倒れてしまった。
「キュネイさん!」
慌ててセリーナスが俺達の側を離れて、キュネイの倒れた所へと向かった。
ポーラーレイはメテオスストームと並んで強力な魔法で、一撃で相手を氷漬けにしてしまうほどの威力があった。
キュネイが助かったかどうかを確かめたい気持ちもあったが、今はセリーナスに任せて、眼前の敵を倒す事に気持ちを切り替える。
ロアックと共に僧侶を先に倒したはいいが、あの魔法使いの呪文の邪魔をするという選択もあった。
リュージを狙おうとしてもたついているのを見て、先にロアックに荷担しようとしたのは、果たして正解だっただろうか?
リュージが魔法使いの腹部に拳を埋め込み、そして、止めにこめかみに右手を撃ち込むと魔法使いは顔面から地面へと叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
続けてリュージは、キュネイを狙った魔法使いの方へと走り、魔法使いは自分が狙われた事に舌打ちして、後方へと下がる。
再びリュージの邪魔をしようと僧兵がモーニングスターを振り下ろしていたが、その一撃は俺が受け止め、返す手で下から上へ剣をなぎ払うと、僧兵の身体は火と酸と雷で焼かれ、そのまま後ろへと倒れていった。
後ろへと下がった魔法使いは、他の二人に弓を射るように命令していた。
その二人は戦士で、おそらく門を守る最後の守り手だったが、魔法使いの命令に仕方無く、弓をつがえてこちらへと放ってきた。
おそらくは、戦士達はその弓での攻撃が意味の無い事を知っていた。
だから形だけ弓を射ると、すぐに剣と盾に持ち替えて構えていた。
魔法使いにとっては、少しでも呪文を唱える時間が稼げればそれで良かった。
再びポーラーレイを撃つ為に片手をあげ、正面から駆け寄るリュージに狙いを定めた。
ポーラーレイは強力な呪文だが、直線的な冷凍光線を放つのみであり、すばしこく動く敵に当てるのは至難の業だった。
それでも正面から無防備にリュージが駆け込んでくるのを見て、魔法使いは今こそ撃つべき時とばかりに呪文を放った。
しかしリュージは元から避けるつもりで駆け込んでいて、魔法使いが手を伸ばすと、その下をスライディングして潜り込み、足払いで転ばせてしまった。
氷の光線は空へと飛んで行き、そしてしたたかに背中を床に打ち付けた魔法使いは肺の中の空気を吐いて、むせび込んだ。
床上を咳き込みながら身体をくの字に曲げて苦しむ魔法使いに、ロアックが躍りかかり、胴から首を切り離してしまった。