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天国の剣  作者: 開田宗介
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集団パニック



 シャーマンが倒れ、その命が彼の信仰する神の元に召された時、周りにいた僧侶達は直ぐさまその治療に当たろうとした。

 しかし、その僧侶達をかすめてクロスボウが飛んで来ると、彼らは慌てて物陰へと隠れて様子をうかがう。

 それは正しい判断だったが、それが故にとりかえしのつかない事態を引き起こしてしまった。

 目の前のシャーマンの身体は、自重を支えきれずにそのまま階段を転がりおちてしまい、信者達の目の前にその屍をさらす事になった。


「ひいいいいああああ!!!!」


 叫んだのは屍の目の前にいた老婆だった。

 それは目の前に死体が転がり落ちてきた恐怖と、そして絶対の力を持つ筈のシャーマンが死んだ事への混乱だった。


「神が! 神が死んだ!」


「う、うわああああ!!!」


 信者達が次にした事は、予想通りの同士討ちだった。

 彼らは身につけていたナイフを手に取ると、目の前で動く物に斬りつけた。

 斬りつけられた方は悲鳴をあげて、別の物に襲いかかる。

 神殿の上にいた僧侶と魔法使い達は、何事が起こっているのか理解出来ず、ただ狼狽しているだけだった。


「行ってくる。ロアックはキュネイとセリーナスの護衛を頼む」


 俺とリュージは透明化の魔法をかけ直し、集団ヒステリー状態になっている信者達の中を駆け抜ける。

 時折危うく巻き添えを食らいそうになるのを避けつつ、ピラミッドの階段を駆け上り、その上で、どうすればいいか相談している僧侶達の前に立った。


「誰だ? お前達は?」


「ダークシックスの神様が呼んでるぜ、あいに行きな」


 リュージがそう言うと、僧侶の一人が顎に強烈なアッパーを喰らって宙に跳び、次に中段の前蹴りを腹部に受けて、恐慌状態の信者達の中へと落ちていった。

 俺はナイトシールドとメイジアーマーを張った魔法使いに駆け寄り、背中に背負っていたリヒトを上段から斬りつける。

 為す術もなく、一撃を受けた魔法使いは、くぐもった悲鳴を漏らしながら壇上から転げ落ちるも、その瞬間に掌から数発の炎の岩を放った。


「メテオストームかよ! こいつ、やばかったか!」


 魔法使いの使う破壊呪文の中でも、小隕石を召喚して敵へ飛ばすこの呪文は最強の破壊力を持っていた。

 もし、不意打ちせず、正面から戦っていたなら、他にもとんでもない強い魔法を使われていたかもしれなかった。


 宙を飛んだ隕石は何にも当たらず空中で爆散し、粉々になって消えていく。

 このメテオストームという魔法と、ポーラーレイという冷凍光線の魔法だけは、一発でも食らえば即死する可能性があった。


 眼下では、高僧と魔法使いの異変に気づいた者達が俺達を指さしていたが、信者達の狂乱状態を抑える事が出来ず、彼ら自身が自分の身を守る為に、理性を失った信者達を殺していた。

 どこかで爆発が起き、火の手が上がった。

 魔法使いがたまらず炎の魔法を使ったらしかった。

 火の手は人から人へと燃え移り、生贄の神殿は、彼ら信者自身を生贄にする場所と化していた。


「逃げろ! 正気を失った奴に構うな! 言葉が分かる奴は速く逃げろ!」


 理性を保っていた僧兵がそう言い、無事な者達を助けていた。

 これは俺達にとっても好都合だった。目的は達成されたし、無駄に人死にが出る必要はなかった。

 俺とリュージは大虐殺と地獄の炎の中、どこかで正気を保っている人に聞こえる様に、逃げろと叫びつつ、自分達も森の中へと逃げ込んだ。


「大丈夫? おかえりなさい」


 キュネイとセリーナスが急いで出迎えてくれ、俺達の傷はセリーナスが、リヒトが受けた傷はキュネイが治してくれた。

 その向こうでロアックはすやすやと暢気に寝ていた。

 それだけここが安全だったのだ、と思う事にした。


 眼下では人々の咆吼と悲鳴と、泣き声が入り交じって地獄の様になっていた。

 ここに長居したくないと思い、俺は皆に先へ進もうと言った。


「どうして、あの様な事が起こるんですか? 私には分かりません」


 キュネイが眉を潜めながらそう呟いた。


「邪教を信仰する人達の心は、平静を保つギリギリの所にあるって聞いた事がある。神様を信じていても、常に不安と狂気の隣り合わせなんだ」


「そこまでして邪悪な神様を信仰するのは、何故なんでしょう」


「欲望だ。邪悪な神は人に欲望を持たせ、それを与える。だからこそ人は闇に惹かれる」


 大剣の姿のまま、リヒトがそう言った。

 聞いた事がある。闇の神々は、光の神々よりも信者に優しくする傾向がある、と。

 光の神は信者に規律と礼節と節制を促す。利己的な欲を捨てろという神も居る。

 闇の神は逆だ。欲望のままに食べろ、奪え、襲え、邪魔者は殺せ。と言う。


 どちらが楽かと言えば、当然、闇の神の方だろう。

 その代償が不安と狂気だ。

 自分が誰かの物を奪うのなら、それは自分も誰かから奪われるという事だ。

 百人を超えるあれだけの数の信者が、心の中に闇を持ち、誰かに殺される、誰かに奪われるという危機感を持っていて、そのタガがはずれた時が、あのパニックだった。


 生贄の神殿から、更に奥へと続く道を眼下に見下ろしながら、俺達は密林の中を歩いて行く。

 このサングマの島の中心よりも、やや奥にあるその建物は、トログロダイト達が築いた古代遺跡ではなく、彼らダークシックスが作り上げた彼らの為の神殿だった。


「……警備は厳重だな」


 闇の六神の本殿には正門があり、その正門には六人の門番がついていた。

 おそらく、俺達が来る事を見越しての配備だろう。

 神々ともなれば、俺達がここに隠れている事などお見通しだろう。

 しかし、神だからこそ、直接手を下す事は無い。


(奴らはリヒトを恐れている……剣王を敵にする事を恐れている)


 そう信じたかった。

 モディウスはリヒトの怒りの前に、為す術もなく光の中に溶けていった。

 あの時でさえ、闇の神はモディウスに助けの手をさしのべなかった。


 正門には、六神のそれぞれの象徴を示す印が描かれていた。

 飽食、怒り、破壊、裏切り、争乱、混沌。

 血のついた獣の牙、血走った目、硬く握られた拳、閉じた目からこぼれる涙、叫びを上げる口、8の字状の矢印


 ここまで来たら、後は前に進むしかなかった。

 俺達が木々の間から出て、門の正面に立つと、僧兵達が武器を構えた。


「こうして、正面から敵の本拠地に殴り込みをするのは、これが初めてだな」


「ここまで、上手くやってこれた方だと思うよ」


「誘拐されたり、逃げ出したり、シェイは大変だったな」


「そうだな、いつ死んでもおかしくなかった」


 俺がそう言うと、担いでいたリヒトがピクリと身体を震わせた。


「あれはリヒトのせいじゃないよ」


「いや、私のせいだ。あの日私は、横着をして部屋で待っていた。油断した。それが間違いだった」


 リヒトは俺がモディウスに誘拐された事を自分の責任だと感じていた。

 そして、俺が洗脳されかけた事、死にかけた事、全てを自分のせいだと考えているのだろう。それがあの怒りに繋がった。



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