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天国の剣  作者: 開田宗介
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モディウスの最後


 レイス達は悲しみの鳴き声を漏らしながら、リュージとロアックの方へと襲いかかっていく。この七色の光を嫌い、俺とリヒトを明らかに避けていた。


 リュージとロアックは二人で横に並び、無数の幽霊との戦闘を始めた。

 先ほどのグール達とは違い、肉体を持たない相手の為に拳は宙を突き、盾は攻撃を防げなかった。

 ロアックは盾を捨て、剣を両手で構えると、相手に撃ち込む事だけを考えていた。

 リュージはまるで一人で拳闘の稽古をしている様に、ひたすら宙を突き、蹴り、ステップでかわし、まとわりついてくるレイス達を裁いていた。

 よく見ると、リュージの身体の周りには微かな光の輪の様な白い線が見えた。

 水の精がくれたお守りが、その力を発揮しているのかもしれない。


 敵の数は多いが、それでもあの二人には格下の敵の様だった。

 宙を凪いでいたロアックの剣は、その切っ先で実像を持たないレイスの姿を二つに切り裂いていた。

 リュージの拳と蹴りも、直撃を受けたレイスは両手を広げて空中で硬直し、感じないはずの痛みを感じて、爆発するように消え去っていた。


 七色に輝く天国の剣を大上段に構え、俺はモディウスに斬りかかる。

 その重い一撃を受け止め、弾いたモディウスは、それでも自分の身体に白煙が立ち上り、まるで酸を浴びたかのような致命傷を負っている事に気づいていた。


「こ、これは……私では……」


 明らかに、このクォリは怯えていた。

 今まで無数の人間を洗脳し、その夢の世界で蜘蛛に記憶を食べさせ、生物としての人間を殺した悪霊が、目の前に迫る死を恐れていた。


 必死で片手をあげたモディウスは、その手の中に黒と紫の色をした魔法の弾を呼び出した。そしてこちらに振り下ろしてくると、目の前の空気そのものが凍てついたような冷たさを感じた。


(命を……吸われる……!)


 生物から生命力を吸い取って衰弱させる力は、吸血鬼達が得意とする能力だったが、その命を抜き取る力を、このクォリは腕の一振りで出来る様だった。


 かろうじて生命吸収レベルドレインの魔手から逃れたものの、その手には以前として漆黒の闇が纏わり付いていた。


「何故だ……何故、剣王の手先がここにいる……」


「我が主にかけられた呪いを解く為。女帝ヴィスカスに貶められた名誉を取り戻す為。ヴィスカスに手を貸した死の領域ドールラの者を許しはしない」


 リヒトの光の強さが増していた。持っている俺の方が、強すぎるリヒトの力に圧倒されかけていた。


「リヒト、力を抑えて! あの時の様にならないでくれ!」


 ウルゴーの軍を岩盤ごとはじき飛ばした時、彼女はその破壊力に耐えきれず自壊した。

 あの時の喪失感をでも覚えている。自分の手の中から、何かか抜け落ちていく間隔。


 剣王がリヒトを作り直す事は、もう二度と無いだろう。新たな姿で戻ってきた事さえ、神の気まぐれの賜だった。もうあんな事が起きない様に、俺は魔法使いの道を捨てた。

 リヒトが戻ってきたから、俺は天国の剣の使い手となる道を選んだ。


 俺の言葉が聞こえていないのか、リヒトは力を抑えなかった。モディウスは必死に避け、そして打ち返してはいたが、確実に追い込まれていた。次の一撃はもう避けれないかもしれない。或いは打ち返せないかもしれない。


「どのみち避けられぬなら、その魔法使いだけでも道連れにしていく!」


 せめて一矢でも報いる。モディウスの一言はまさしくそれだった。

 モディウスはリヒトの剣を避けずに相打ち覚悟で、命を吸い取る魔手を俺に向かって伸ばしてきた。その眼前に迫る死の手を見て、俺は避けられないと悟った。

 その時、リヒトが叫んだ。


「なによりもお前は、シェイを殺しかけた!」


 リヒトの輝く刃がモディウスの肩口に切り込まれた時、その刃から光の爆発が起こった。光に包まれたとか、輝いたというレベルではなかった。

 爆弾が音と衝撃無しに破裂した様なものだった。そのあまりの眩しさに、持っている俺も目を閉じていた。


 リヒトの力の根源は、自身に課せられた使命ではなく、純粋な怒りだった。

 俺を誘拐し、洗脳し、命を奪おうとしたモディウスへの怒り。もしかしたら剣王の命令よりも、そちらの方が大きかったかもしれない。


 レイディアントブラストの一撃を受けたモディウスは断末魔さえ残さず、光の中に溶けていってしまった。俺の身体に触ろうとした手も、跡形もなく溶けていた。



 周りのレイス達も、自分達の主が居なくなった事で、速やかに退散していた。

 しかし、この部屋は以前として死の領域のままだった。


「……もしかして、この写本の力か?」


 モディウス亡き後、祭壇に残されたのは、半透明の大きな本だった。

 何が書いてあるのか覗き込んで見たが、その表面は様々に移り変わっていて、何が書いてあるのかさえ理解出来ない。


「ネザリスの写本は、様々な悪魔との契約を行う書物です」


 セリーナスが祭壇に近づき、そして手をかざすと、写本は天使の力に怯えて自分から慌ててページを閉じていった。

 そして一冊の分厚い本になると、その本自身の意志によって、俺達の前では二度とページを開くことはなかった。


「どうします? 私はこの本を浄化する事が出来ます。それはこの本を失うという事です」


「持っていて、何か得でもあるのか?」


「悪魔と契約をしたいのなら……魔法使いなら、その使い方を会得する事も出来ると思います」


「いらね」


 俺が素っ気なくそう言ったので、セリーナスがくすっと吹きだしていた。


「では、浄化してしまいますね」


 セリーナスがネザリス写本の前に立ち、呪文を唱えると、その本自体が抵抗しようとしているのか、ブルブルと震えた。

 しかし、セリーナスの祈りに耐えきれなくなると、ボロボロと崩れ落ちて天井の方へと散っていってしまった。


 それでようやく、この部屋は現実の世界の姿を取り戻した。

 灰色の岩で出来た遺跡。天井に絡まる蔦。壁に掘られた抽象的な絵には、トカゲ男達の姿があった。水の精は言っていた。ここは元々はトログロダイト達の故郷だと。この遺跡も、トログロダイト達の物だったのだろう。


「これはすごい。ネザリス写本を燃やしてしまったのか」


 部屋の中に老人の声が響いた。どこから声が聞こえるのかと思い、部屋を見回してみると、祭壇の奥側の壁に、巨大な目が開いてこちらを見ていた。


「これは遠見の目じゃ、ワシの本当の姿ではない。ワシが遙か遠くを見る為に世界のあちこちに作った物じゃ」


 唐突にそんな事を言われても、と俺達は唖然としたまま、壁の巨大な目を見ていた。


「どれだけ多くの者達が、その写本を欲しがっていた事か。売れば島一つぐらいの値段になるだろうに、勿体ない」


「あの本、そんなに高い物だったのか!」


「高いかどうかというよりも、悪魔と契約できる本なんて、この世には殆どありませんから」


「あー……どうせ高値で売っても、嫌な奴が悪魔と契約して嫌な事しかしないんだろうかし、やっぱり燃やして良かったよな」


「お主はスラニルのシェイ=クラーベであろう? 悪魔と契約してウルゴーを退散させるという手もあったのではないか?」


「剣王様と約束する前だったら、それでも良かったかもな」


「今は、そのリヒトという娘の方が大事そうじゃな」


「そうだね。リヒトは悪魔なんかより、ずっと良い子だ」


 俺がそう言うと、少女の姿に戻ったリヒトが恥ずかしそうにしていた。


「ま、ワシは善でも悪でも無いから、どちらでもいいんじゃが。今はその写本を燃やして、ここの遺跡の目を元に戻してくれた事に感謝するぞ、冒険者達よ」


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