ウォーターエレメンタルの洞窟
「おい、大丈夫か?」
洞窟の内部は小さなホールになっていて、そしてその奥に岩で作られた祭壇があった。
祭壇の上には石像が置いてあり、その石像の前には宝石と金貨が捧げ物として積まれていた。
この男性がここに捧げに来たのだろう。
石像はとても優しい女性の顔をしていたが、何の神様なのかは全く解らなかった。
そして、どうしてこの男性がここで死ぬ事になったのかも、わからなかった。
男性に外傷はなく、苦しんだ形跡もなく、安らかな死に顔だった。
「その者は、私に命を捧げたのです」
背後の水面が突然泡立ち、水柱として立ち上る。
身構えて振り向くと、ウォーターエレメンタルが立っていた。
身長は大凡2メートル。ワンピースを着たロングヘアーの女性のような姿をしていた。
その顔はわずかに眼窩が凹んでいるものの、表情までは見分けられない。
「水の精? 何の為にこの男は命を?」
互いに警戒を解かないまま、俺が理由を尋ねると、水の精は静かに答えた。
「不治の病に冒され、余命幾ばくもない男でした。病によって苦しむ事よりも、私に命を捧げたいと願ったのです」
「……本人の意志か」
理由を知って、ひとまずは武器を降ろすも、油断は出来なかった。。
地水火風の精霊達は、基本的には中立だが、何を理由に襲い始めるか予測出来ない。
「あなた方は、ダークシックスの手の物では無いようですね……もう一月早く、ここを訪れたなら、その男も助かったかもしれません」
「一ヶ月前は、こっも死ぬ間際だったんでね」
「ならば、あなたには運があるのでしょう。その男には運がなかった。あなた達がここに来て、私に出会ったのも運だと言えましょう」
「それは幸運の方かな?」
「ええ、その男には長年の私への忠誠のお礼に、アミュレットを渡しています。その男はもう使う事も無いでしょう。あなた方にお譲りします」
恐る恐る男の身体を調べると、確かに小さなネックレスを持っていた。
それを手に取ると、水の精の表情が少し和らいだ。
「そのお守りには悪を弱らせるオーラが封じられています。それを触れるという事は、あなた方が悪者ではないという証」
「もしかして試した? 悪者だったら攻撃してきた?」
「ええ、容赦なく」
意外と抜け目のない水の精だった。しかし、悪を攻撃してくるつもりだったという事は、この精霊は善の概念を持っているのだろう。
ならば敵にしなくて良い分、楽で良かった。
「リュージ、これはお前が持ってくれ。俺は魔法で似た事ができる」
「じゃあ貰うぜ。どこかのおっさん、すまねぇが使わせてくれ」
俺が投げたネックレスを受け取ったリュージは、水面に浮かぶ死体に片手を立てて礼を言った。
「もしあなた達がダークシックスをあの島から排除してくれたなら、私からあなた達にお礼を差し上げましょう」
「ここは元々トログロダイト達の故郷で、私は彼らの守り神として崇められてきました。そのお守りを見せれば、トログロダイト達もダークシックスの放逐に協力してくれるはずです」
「もう思いっきり、ぶん殴っちまったぞ……」
「内緒にしておこう」
この洞窟の小冒険に来たのは正解だった。水の精の言葉を借りるなら、運が良かった。
俺達は水の精霊に別れを告げ、死んだ男の家に戻ると、そこを片付けて自分達のねぐらとして借りる事にした。
男の衣服等はそのままに、腐った食べ物は捨て、掃除をして片付け、寝る所を作る。
幸いな事に、男は簡素な武器を持っていたのでロアックにそれを持たせた。見張り達の装備よりはずっとマシになった。
「前衛に攻撃役二人に、盗賊に癒し手か。これは立派なチームになったなぁ」
「しかもリヒトという強い味方も居る。やってやれない事はなさそうだ」
俺の言葉を聞いたロアックが、リヒトを見て首を傾げていた。強い味方、と聞いてこの女の子が? と疑問に思ったのだろう。
きっと説明するより、実際にリヒトが剣になるのを見た方が早いだろうから、そのまま放っておく事にした。
その代わり、何故ロアックがこの島に悪を退治しに来たのかを尋ねた。
「なぁロアック。どうしてお前は、ダークシックスを倒そうとしてるんだ?」
「悪い奴だからだ」
「それだけ? お前に何か悪い事をしたの?」
「ダークシックスは光の竜ヴィーシアの敵。ロアックは光の竜ヴィーシアの血を引くコボルドだからだ」
コボルド達は、自分達を竜の末裔だと思っている。という通説がある。
一般的に彼らはこのフェイルーンを創世した神の竜、アッパードラゴン、ミドルドラゴン、ロウワードラゴンの末裔だと言う事になっている。
当初は本当だったのだろうが、長い年月が経った今、その血は薄れ、ドラゴンの血をひいていない氏族の方が多数だった。
しかし光の竜ヴィーシアというのは、少し特殊な存在だった。それは伝説を通り越えた神話の竜で、実際にその姿を見た物は居ない。
光の竜という神々しい存在は昔から語られていて、それに対しての信仰だった。それはコボルドに限らず、人間達も同じで、彼らは自分達の血が高貴な竜のものであると信じていた。
「まぁ、要するに、正義の味方って事か」
「簡単に言えば、そうだ」
リュージの言葉をロアックは否定しなかった。
ロアックは良い奴だし、正義感があり、勇敢だった。理想的な仲間が増えたのだから、これもまた幸運だった。
戦う理由が正義の為、というのは抽象的だが悪くは無かった。
俺自身は、スラニルという国を救う為に戦っている。と思っている。でもその実は、自分が生き残る為に戦っているというのが正しい。
今回、モディウスに誘拐され、ロアックのおかげで脱出できた事で、正直に自分の気持ちは理解出来た。
自分が生き残る為、という理由の延長に自分の国を守る為、というのがある。国が滅んだら俺も死ぬ事になるからだ。
ロアックは己の正義の為に戦っている。それは俺にはない。
もし、ビオ卿とロアックが出会ったら、ロアックは戦いを挑んだかもしれない。スカルバッシュ達も悪の存在として戦ったかもしれない。
俺にはそこまでの正義感は無かった。
俺にあるのはもっと奇妙な気持ちだった。親が不慮の事故で亡くなり、そしてアークメイジを目指していた自分の未来も捨てた。
国は傾き、何もかもが不安定で、信じられる者は友人と自分だけ。
(これは……誰にも言えないな……)
自分の中に一つ、確信した気持ちを見つける事が出来た。
それはロアックという『正義』を見て、初めて気づいたのかもしれない。
俺は到底、正義とは程遠い存在だった。