表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天国の剣  作者: 開田宗介
32/87

ウォーターエレメンタルの洞窟



「おい、大丈夫か?」


 洞窟の内部は小さなホールになっていて、そしてその奥に岩で作られた祭壇があった。

 祭壇の上には石像が置いてあり、その石像の前には宝石と金貨が捧げ物として積まれていた。

 この男性がここに捧げに来たのだろう。


 石像はとても優しい女性の顔をしていたが、何の神様なのかは全く解らなかった。

 そして、どうしてこの男性がここで死ぬ事になったのかも、わからなかった。

 男性に外傷はなく、苦しんだ形跡もなく、安らかな死に顔だった。


「その者は、私に命を捧げたのです」


 背後の水面が突然泡立ち、水柱として立ち上る。

 身構えて振り向くと、ウォーターエレメンタルが立っていた。

 身長は大凡2メートル。ワンピースを着たロングヘアーの女性のような姿をしていた。

 その顔はわずかに眼窩が凹んでいるものの、表情までは見分けられない。


「水の精? 何の為にこの男は命を?」


 互いに警戒を解かないまま、俺が理由を尋ねると、水の精は静かに答えた。


「不治の病に冒され、余命幾ばくもない男でした。病によって苦しむ事よりも、私に命を捧げたいと願ったのです」


「……本人の意志か」


 理由を知って、ひとまずは武器を降ろすも、油断は出来なかった。。

 地水火風の精霊達は、基本的には中立だが、何を理由に襲い始めるか予測出来ない。


「あなた方は、ダークシックスの手の物では無いようですね……もう一月早く、ここを訪れたなら、その男も助かったかもしれません」


「一ヶ月前は、こっも死ぬ間際だったんでね」


「ならば、あなたには運があるのでしょう。その男には運がなかった。あなた達がここに来て、私に出会ったのも運だと言えましょう」


「それは幸運の方かな?」


「ええ、その男には長年の私への忠誠のお礼に、アミュレットを渡しています。その男はもう使う事も無いでしょう。あなた方にお譲りします」


 恐る恐る男の身体を調べると、確かに小さなネックレスを持っていた。

 それを手に取ると、水の精の表情が少し和らいだ。


「そのお守りには悪を弱らせるオーラが封じられています。それを触れるという事は、あなた方が悪者ではないという証」


「もしかして試した? 悪者だったら攻撃してきた?」


「ええ、容赦なく」


 意外と抜け目のない水の精だった。しかし、悪を攻撃してくるつもりだったという事は、この精霊は善の概念を持っているのだろう。

 ならば敵にしなくて良い分、楽で良かった。


「リュージ、これはお前が持ってくれ。俺は魔法で似た事ができる」


「じゃあ貰うぜ。どこかのおっさん、すまねぇが使わせてくれ」


 俺が投げたネックレスを受け取ったリュージは、水面に浮かぶ死体に片手を立てて礼を言った。


「もしあなた達がダークシックスをあの島から排除してくれたなら、私からあなた達にお礼を差し上げましょう」


「ここは元々トログロダイト達の故郷で、私は彼らの守り神として崇められてきました。そのお守りを見せれば、トログロダイト達もダークシックスの放逐に協力してくれるはずです」


「もう思いっきり、ぶん殴っちまったぞ……」


「内緒にしておこう」


 この洞窟の小冒険に来たのは正解だった。水の精の言葉を借りるなら、運が良かった。


 俺達は水の精霊に別れを告げ、死んだ男の家に戻ると、そこを片付けて自分達のねぐらとして借りる事にした。

 男の衣服等はそのままに、腐った食べ物は捨て、掃除をして片付け、寝る所を作る。

 幸いな事に、男は簡素な武器を持っていたのでロアックにそれを持たせた。見張り達の装備よりはずっとマシになった。


「前衛に攻撃役二人に、盗賊に癒し手か。これは立派なチームになったなぁ」


「しかもリヒトという強い味方も居る。やってやれない事はなさそうだ」


 俺の言葉を聞いたロアックが、リヒトを見て首を傾げていた。強い味方、と聞いてこの女の子が? と疑問に思ったのだろう。

 きっと説明するより、実際にリヒトが剣になるのを見た方が早いだろうから、そのまま放っておく事にした。

 その代わり、何故ロアックがこの島に悪を退治しに来たのかを尋ねた。


「なぁロアック。どうしてお前は、ダークシックスを倒そうとしてるんだ?」


「悪い奴だからだ」


「それだけ? お前に何か悪い事をしたの?」


「ダークシックスは光の竜ヴィーシアの敵。ロアックは光の竜ヴィーシアの血を引くコボルドだからだ」


 コボルド達は、自分達を竜の末裔だと思っている。という通説がある。

 一般的に彼らはこのフェイルーンを創世した神の竜、アッパードラゴン、ミドルドラゴン、ロウワードラゴンの末裔だと言う事になっている。


 当初は本当だったのだろうが、長い年月が経った今、その血は薄れ、ドラゴンの血をひいていない氏族の方が多数だった。

 しかし光の竜ヴィーシアというのは、少し特殊な存在だった。それは伝説を通り越えた神話の竜で、実際にその姿を見た物は居ない。

 光の竜という神々しい存在は昔から語られていて、それに対しての信仰だった。それはコボルドに限らず、人間達も同じで、彼らは自分達の血が高貴な竜のものであると信じていた。


「まぁ、要するに、正義の味方って事か」


「簡単に言えば、そうだ」


 リュージの言葉をロアックは否定しなかった。

 ロアックは良い奴だし、正義感があり、勇敢だった。理想的な仲間が増えたのだから、これもまた幸運だった。


 戦う理由が正義の為、というのは抽象的だが悪くは無かった。

 俺自身は、スラニルという国を救う為に戦っている。と思っている。でもその実は、自分が生き残る為に戦っているというのが正しい。

 今回、モディウスに誘拐され、ロアックのおかげで脱出できた事で、正直に自分の気持ちは理解出来た。


 自分が生き残る為、という理由の延長に自分の国を守る為、というのがある。国が滅んだら俺も死ぬ事になるからだ。

 ロアックは己の正義の為に戦っている。それは俺にはない。

 もし、ビオ卿とロアックが出会ったら、ロアックは戦いを挑んだかもしれない。スカルバッシュ達も悪の存在として戦ったかもしれない。


 俺にはそこまでの正義感は無かった。

 俺にあるのはもっと奇妙な気持ちだった。親が不慮の事故で亡くなり、そしてアークメイジを目指していた自分の未来も捨てた。

 国は傾き、何もかもが不安定で、信じられる者は友人と自分だけ。


(これは……誰にも言えないな……)


 自分の中に一つ、確信した気持ちを見つける事が出来た。

 それはロアックという『正義』を見て、初めて気づいたのかもしれない。

 俺は到底、正義とは程遠い存在だった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ