救出/謎の空き家
「うわああん! 良かった、良かったー!」
奴隷商人の船が接岸出来そうな所をみつけて岸に寄ってきた。
岸に着くと、そこから降りてきたリヒトが一目散に俺に駆け寄り、がっしりと俺の身体に手を回してきて痛いぐらいに抱きしめてきた。
「ありがとう、すまなかった」
リヒトの頭を撫でながら詫びを言う俺を、リュージとセリーナスが温かい目で目守っていた。
「フゴゴホゴ! ホフー!」
リヒトと共に駆けつけたキュネイは、一度は抱きついたのだが、俺の体臭が酷かったらしく、一度身を翻した後、防毒マスクをつけてから抱きついてきた。
「俺、そこまで臭い?」
「かなり臭いな。俺はここから近づく気がしない」
親友のリュージとセリーナスが1メートルほど距離を置いているのは、見守っているのではなく、臭くて近寄れないからだった。
「……身体、洗うか……」
「この辺りは駄目ですよ、肉食魚が居ますから、食べられてしまいますよ」
マスクを外したキュネイがそう言って、先ほど海に逃げ込まれたトログロダイトが白骨化しているのを指さした。
「ここ、海だよね……肉食魚って淡水魚ばかりじゃないんだな」
「あの通り船はあるんだし。少し戻って事情を聞いていいか? 水浴びはそこで」
「そうだな、それが一番良いな」
リュージ達が強奪したこの奴隷商船は、俺達をサングマまで乗せた後に戻っていく所だった。
「よく船が通る事が分かったなぁ」
「お前がボトルレターなんか作って流すからだろ。なんだよあれ、助けてとか書かれても本人の居場所が分からないのに、どうしようもないじゃねーか」
「うん。でも、役には立ったんだな」
「そうですね、流れに乗ってきたという事は、私達が追いかけてきた方向は間違っていなかったって事ですから」
「それに、脱走してボトルレターを書いたのだとしたら、奴隷商人の船は既に戻っているだろうけど、そう遠くないって事でもありますし」
「キュネイって頭いいなぁ、さすがメカニックさんな」
「今回は殆どキュネイのおかげだ。シェイが奴隷商人に捕まったって情報も、キュネイが手に入れてくれたものだし」
「ありがとう、キュネイ」
「お礼はお風呂に入ってからでも良いですよ。私、鼻が効きすぎて、正直気持ち悪……ウップ、オエエエエ……」
(あーあ、吐いちゃった……)
猫の嗅覚に今の俺の匂いは相当きついらしく、風呂に入るのは急務の様だった。
「リヒトは臭くないのか? 大丈夫か?」
「臭いけど我慢する」
「そ、そう……悪いね……」
「お前の仲間はみんな、おしゃべりだな」
ロアックが少し驚きながらそう言った。
「このコボルドは?」
「俺と一緒に囚われていたコボルドだ。騎士の概念を持ってる氏族で、とても勇敢だし腕も立つ」
「コボルドナイトのロアックだ。よろしく」
「こちらこそよろしくね、コボルドさん」
「この女はとても可愛いから嫁にしてもいいか?」
笑顔で挨拶してきたセリーナスを見て、ロアックは遠慮なくそう言った。
「彼女はそのモンクの嫁さんだよ」
「そうか、いい女はいつも誰かの嫁だ」
「いや、まだ結婚はしてないから」
船に乗った俺達は、サングマから離れて、一番近い漁村を探した。
半日ほど遡った所で数件の家と漁船を見つけ、手前の茂みに船を隠してから、その家に近づく。
俺とロアックは明らかに脱走者状態だったので、リュージ達に様子を見てきてもらった。
「家の中は空だ。ちょっと妙だがな」
リュージの報告を聞いて、家の中に入って様子を見てみると、無人だが、家を空けたというよりは、失踪したという感じだった。
テーブルの上には料理があり、手を付けられてなく、既に腐っている。
この家の主が居なくなって二週間程度だろうか。
暖炉に火がくべられた形跡もあるが、これも自然鎮火している。
部屋の隅には酒樽があり、酒の代わりに水が入っていた。
毒味をしてみるが異常は無かった。
水はとても澄んでいて、どこからか汲んで来たものだと思われた。
「沢があるかもしれないね、辺りを探してみよう」
その小屋から10分ほど木々の中に入った所に小さな沢があり……そして、その沢の傍らに水汲みのバケツがあった。
「とりあえず、身体を洗うよ」
俺とロアックは水たまりに入り、身体の汚れを落とした。
数週間ぶりの水浴びはとても気持ち良く、生き返る様な気分だった。
「……ん?」
水浴びをしている時、水面に木々の葉が浮いていたのが目に入ったのだが、それがどこかへと流れていく。流れていく先を見ると、岩肌の隙間に吸い込まれていった。
この沢はバケツ状になっていて、水が満杯まで貯まると、岩の隙間から流れ出ていっているのだった。
「この池、地下に洞窟があるな」
「探検、するのか?」
「そこの家に住んでた奴、洞窟に入ったまま、出てこられなくなったんじゃないかと思って」
身体の汚れを落とした俺に、リヒトが普段着を持って来てくれた。
捕まって以来の清潔な服に袖を通すと、とても気持ちが良かった。
「何か気になるのか?」
「もし生きてたらって思っただけだよ。あの家がただの廃屋だったら気にしてない」
「そうか。助けられるならそうした方が良いしな」
池の周りを探してみたが、洞窟らしき物は無く、流れ込んでいる小川を辿って上流に行くと、滝にぶつかった。
小川は滝から支流となって、あのため池に流れていて、本流のこの川は海へと流れ込んでいるのだろう。
その滝の上に、都合良く、洞窟に入る穴が空いていた。
穴は縦穴で、人一人がゆっくりと降りていける広さだった。
段差の酷い所には、ご丁寧にはしごが立てかけられていて、この洞窟に人が行き来していたのは明らかだった。
洞窟の中に入ると、綺麗な水があちこちに迸っていてとても涼しく、綺麗な空気に満ちていた。
ライトの呪文で辺りを照らしつつ、滑落しても怪我がないようにフェザーフォールの呪文を皆にかけて奥へと進む。
洞窟は下へ下へと続いていて、最下層にて、地底を流れる川に行き着いた。
「なんだか、小ぎれいな洞窟だな」
「ああ、嫌な雰囲気がしない」
こういう洞窟が薄気味悪いのは定番なのに、ここはそうではなかった。
一つには、歩いているこの通り道が、綺麗に掃除されている事だった。
苔や蔦が綺麗に削られていて、歩きやすくなっている。
そのせいで小綺麗に感じるのだった。
川の流れに沿って一番奥に来ると、天井から光の差す所まで来た。
遙かに高い所に小さな穴が空いていて、そこから光と少量の水が溢れていた。
そこに、あの池があるのだろう。
岩盤はかなりしっかりしていて、あの池が倒壊する様子は無かった。
池から溢れ出た水は壁面を流れ落ちて、川にちょろちょろと落ちていた。
その川は壁面に空いた洞窟の中に流れ込んでいて、明かりで照らしてみると、その奥に小部屋があるのが見えた。
足場を確認しながら、川の中の洞窟に入ると、そこに一人の男性の遺体があった。