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天国の剣  作者: 開田宗介
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海に舞う花


 サングマの島々からおよそ一日の所で、モンク達は足止めをくらっていた。

 ここから先は湿地帯で、駄馬は足手まといにしかならない。

 無理に連れて行ったところで、沼の中の毒虫達に噛まれて病むか肉食獣を呼び寄せる囮になるかが関の山だった。

 仕方無く駄馬の馬具を外し、キャットエルフが野に逃がしてやった。


 そこから真っ直ぐにサングマの島々へと向かうには、この湿地帯を抜けた後に、更に海を渡らなければならない。

 今から海路を行けば、湿地帯を通ることもなく直接サングマにいける。

 少なくとも奴隷商人達は海路を使っている。

 やはり、船を調達するしかないという結論に達した時、俺らは目の前の海面にぷかぷかと数本の空き瓶が浮かんでいるのを見つけた。

 すくざまモンクが海に飛び込み、数本の空き瓶を拾って海岸に戻る。

 彼らは瓶の中に入っている紙切れを見ると、海に向かって瓶を放り投げていた。




 土を掘りかえし、その中に身体を寝かせ、泥で自分の身体を埋めるという隠れ方は、猛獣達から身を隠すのには適していた。

 こうする事で体温と体臭を隠す事が出来る為、温度で見つける類の獣には効果的だ。

 ロアックは土中に隠れる事に慣れていたので、すぐすやすやと眠ってしまったが、こちらは生身の人間なので、そう都合良くは寝られなかった。

 長時間、土の中に居ると、どうしても虫がやってきてしまう。

 ただの虫なら良いが、問題は毒虫達だった。

 この為、俺は熟睡する事などできず、魔法の鎧を常に張って毒虫たちに噛まれないようにしなくてはならなかった。

 居心地としては牢屋の中の方が良かったかもしれなかった。


 日が暮れてから日が昇るまで、おおよそ十時間程度だった。

 土の上に建てておいた簡易日時計が、太陽光を浴びて影を作る頃、土の中から抜け出して、周りの様子をうかがう。

 ロアックはまだ寝ているが、そう焦って起こす事もなさそうだったので放っておいた。


 森の中は静かだったが、夜明けの海を奴隷商船が航行している事に気づいて、慌てて身を隠す。

 こんなに頻繁に奴隷を連れてくるものなのか、という疑問は、俺達が囚われていた洞窟の事情をすぐに思い起こさせた。


 あの洞窟で洗脳を終えた者達は、生贄に連れていかれるようだが、先日、俺達が追加された事で、満員の筈だった。

 だとしたら、あの奴隷商船は別の所に向かっているのだろうか。


 ひとまず、そのまま様子を見ていたが、どうも商船は俺達が来たあの砂浜の方に向かっている様だった。

 考えられるのは、奴隷ではなく物資を輸送してきたか、あるいは信者を連れてきたか。

 別の何かを輸送してきたのではないかという事だった。


 場合によっては、あの船を襲った方がいいかもしれない。

 食料物資や武器なら、これほどありがたい事は無い。

 そして警備が手薄なら、あの船を乗っ取って逃げることも出来る。


「ロアック、起きてくれ、敵だ」


「んむ、わかった、起きる。あと五分で」


「今だ、今起きろ」


「今起きる。あと五分で」


「いいからこい」


「あうー……」


 寝起きの悪いコボルドの尻尾を引きずって、俺は海岸線を戻り、船の後をつけた。

 潮流はゆっくりで微風を帆に受けながら、船は進んでいた。

 歩いて十分追いつけるほどのスピードで海面を進んでいたその船の周りに、突如、白い泡が立った。


 その白い泡の中から黄色い巨大トカゲが飛び出し、船のへりを掴むと、よじ登っていく。

 その数は全部で8匹ほどだった。


(うわぁ、奴隷商人がトログロダイトに襲われてやがる)


 こちらとしては好都合だった。

 船の荷物が物資なら、すぐに戦闘は終わってしまうだろう。

 そしたら今度は俺達がその船を襲って、食べ物を頂戴する。


 船に乗っているのが信者達だったら、戦いは本格的になるだろう。

 その戦闘の決着がつき、弱っている所を、俺達が襲って船を頂く。

 いずれにしても、最後に勝つのはこの俺だパターンで行くつもりだった。


 しかし、船に襲いかかったトログロダイトは、宙を飛んで遙か遠方に吹き飛ばされていた。

 続いて一匹が船からよろめいて落ち、そしてまた一匹が弾き飛ばされて水面へと落ちていく。

 あの船に乗っているのは信者などではない、もしかしたらモディウスかそれ以上の強敵らしかった。


(くそ……ここは大人しく、またの機会を狙うしかないか)


 8匹のトログロダイト達をあっという間にやっつけた奴らだ。俺と、まだ寝てるコボルドでは勝ち目が無かった。

 助かる期待を全て裏切られた俺が、ため息をついて海岸近くの森の中に戻ろうとした時、ヒュッという風きり音が聞こえた。


「やっべ、見つかった!」


 それだけの手練れだ。他に仲間が居るかもしれないと、対岸を警戒したのかもしれない。

 しかし相手は船の上、この距離なら十分逃げられる筈だ。

 目の前の幹にクロスボウのボルトが突き刺さったのが見えた。

 慌てて森の中に入ろうとすると、その先に正確に矢が突き刺さる。

 相当の射手の腕前だった。


「ロアック起きてくれ、敵に追われてるんだ。ここに捨てていくぞ」


「もう5分たったから起きてる」


「起きてるなら自分で歩けよ!」


 思わずその場にロアックを投げ捨てて、怒鳴ってしまった。

 多少、修行で筋力はついたが、それでも剣と鎧を持ってるコボルドを引きずるのは、かなり辛いのを我慢していたのだ。


「敵は多いのか? 強いのか?」


「強そうだ。射手も居る」


 不用心にもロアックは様子を見る為に、木の陰から頭を出した。

 その瞬間、コボルドの頭部に敵の弾が命中し、血が真っ赤に飛び散った。


「ロアックーーッ!!」


「ぬあー! 何か飛んできた! トマトだ!」


「はぁ? トマト?」


 ロアックの頭にぶつかって弾けたのはトマトだった。

 俺は見たく無い物が飛び散ったのを見てしまったのかと思って、肝を冷やした。

 何故トマトを投げてきたのかと不思議に思って船の方を見ると、その船から花びらが舞い散っているのが見えた。

 それは花嵐の、あの幻の花びらだった。


「はぁ……なんてこった……あいつら、助けに来てくれたんだ……」


 喜びと安堵感と疲れが一気に吹きだしてしまい、俺はその場にへたり込んでしまった。


「どうしたシェイ。戦わないのか?」


「あれは仲間だ。俺を助けに来てくれたんだ」


「仲間か! そうか! それは良かった! もぐもぐ」


 ロアックはお腹が空いていたらしく、頭にぶつかったトマトを食べていた。


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