脱獄
どうして……よりによって……なぜこんな時に、助かる糸口になりそうな相手がコボルドなのか。
「おい、生きてる? 死んだ?」
「うう……あ……」
「怖い黒い幽霊、あいつの呪い、もう終わりかけ。でもまた船が着いたら呪いかけられる」
「逃げるなら今だ。お前、俺を連れて逃げろ」
それはこっちが頼みたい事だった。
ろれつもまわらない人間にそんな事を言っても無理だ。
だが、コボルドの頭の悪さはかなりのものだから、きっと分からない。
「駄目か。無理か。そうか」
と思ったら分かってくれたし、あきらめも早かった。
どうやらこのコボルドは俺の救いの神ではなかった様だった。
結局、船は到着し、モディウスが船内に姿を現すと、意識が戻りかけている俺と、気絶したふりをしたコボルドに再び呪いをかけてしまった。
モディウスが現れたという事は、この船はサングマに到着したのだろう。
意識は朦朧としていたが、誰かに歩けと言われて歩いていた。
砂浜を歩くとすぐにジャングルの中に入っていく。
ジャングルの中には奇妙な遺跡が立っていた。
それは人差し指と中指をねじり、その間に宝石をねじ込んだ様な形をしていて、その宝石は魔力を帯びて鈍く光っていた。
ジャングルの木々は醜くねじ曲がっていた。
日の光は遮られて密林の中は鬱蒼としており、地面はじめじめと湿っていた。
にちゃり、にちゃりと足音をたてながら歩いて行くと、前方に洞窟の入り口が見えてきた。
その洞窟の入り口から、囚人達が出てきてどこかへと連れ去られ、代わりに俺達が中に入れられた。
洞窟の中は曲がりくねっていて、どこをどう進んだのかは分からない。
牢獄はいくつかに別れていて、三人ずつ、牢屋の中に放り込まれた。
「お前達が神の元に召されるのは、まだまだ先の話だ」
そう行ったのは浅黒い肌のエルフ。ドレッドエルフと言われる者達だった。
そしてモディウスが現れ、皆に告げる。
「お前達は、神の世界で、入れ物になる。その為に、お前達の中身を全て消す。中身が虚無になるまでは、洗い続ける」
モディウスが何を言おうとしているかは分かった。
あの蜘蛛だ。あれが頭の中の記憶を食べ、人としての意志も失う。
ただ息をするだけの肉袋になったら、生贄になる時なのだろう。
「時間はたっぷりある。少しずつこそぎ取っていくぞ」
モディウスは俺の事を分かっているのか、わざと俺の額に爪を刺しながらそう言った。
しかし、今の俺にはどうする事も出来ないので、奴にとっては他の囚人達と何も変わらない存在だった。
完全なる勝利をモディウスは確信しており、俺は完敗を痛感するどころか、負けた事すらもよく分かっていなかった。
夜になると、太鼓の音が響く。それも毎日だ。
闇の神への儀式を行っているのだろう。朝も昼も晩も、呪詛を唱え、祈り続ける。
彼らが何を祈っているのかは分からないが、闇の六神を讃えているのだろう。
「おい、お前、助かった」
聞き覚えのあるコボルドの声。よく見ると同じ牢屋にあいつがいた。
俺の半分程度しかない背丈。体中が傷だらけになっているのが痛々しい。
「……?」
モディウスの呪いは俺にかかっているみたいだが、コボルドにはかかっていない様に見えた。
「駄目か。お前、ドラゴンの加護は無しか」
コボルドが何を言っているのか分からなかった。
そのコボルドはもう一人の囚人の身体をまさぐると、ため息をついた。
「こいつは駄目だ。もう魂が無い」
言われて、その囚人を見ると、未来の自分がそこにいた。
虚ろな、何も見ていない目。意志のない視線。だらりと垂れ下がった四肢。
生ける肉袋。その状態になり果てていた。
俺はそうなりたくない。まだやり残した事がある。
心のどこかで小さく、俺は俺の意志を保てていた。
それがいつまで続くかは分からないが、今は、まだ保っていた。
コボルドはそれをドラゴンの加護だと言っていたが、実は違っていた。
モディウスも、その事には気づいていなかった。
幸運だった。としか言いようがない。もし俺がエル・カシでエルドリッチナイトの修行をしていなければ、今頃、俺は洗脳されていた。
「ギルバートさん、この指輪、助かりましたよ……」
「おっ? お前、話せる? 助かった?」
「……まだ、本調子じゃない。モディウスの呪いを弾いただけだ」
「モデウス? あの幽霊か」
「そうだ。洗脳を繰り返していたが、悪から防御する魔法を自分にかけていたんでね、呪いの効き目が弱かった」
「ふむ、ふむ。俺、ロアック。お前は?」
「シェイだ。よろしく。まずはこの牢屋を抜け出そうか」
「うん、いいぞ! お前、俺をつれて逃げろ!」
船の中でもそう言っていた。あの時は無理だったが、今ならなんとかなりそうだった。
モディウスは時間がたっぷりある、と油断して、この洞窟に俺達を閉じ込めていたが、そのおかげで十分に休む事が出来た。
「さて、エルドリッチナイトの基本的な技を使ってみるか」
俺は気の枠組みで出来た牢獄の檻に両手を添えると、意識を集中させた。
本来、これは武器に対して、地水火風の力を与えるものだが、そうではなく、あえてこの木の枠に炎の属性を流し込み、燃やしてみる。
俺が両手で持っていた木枠が炎を上げ、そして、ほどなく焦げ落ちてぽっきりと折れた。
「すごい! お前は魔法使いか!」
「そうだね。魔法使いだ」
一本折れれば牢屋から出るのは容易い。
俺とロアックは牢屋を出ると、地下の迷路を出口に向かって進む事にした。
牢屋の中に入れられている囚人達は、洗脳が進んでいて、殆ど無力だった。
だから、罪人を入れる監獄のような厳しい監視は居なかった。
あちこちでうめき声があがる気味の悪い洞窟の中を、三度ほど道を間違えつつも、なんとか外へ出る事が出来た。
さすがに出口には二人の歩哨が立っていて、倒す必要があった。
さて、武器も無しに一人で二人を倒せるかどうか不安だったが、俺が片側の見張りに飛びかかると、コボルドのロアックがもう一人の見張りに飛びかかっていた。
夢中で見張りを殴り倒し、そして見張りの持っている武器を奪うと、それでとどめをさした。
振り返ると、コボルドは振り払われていて、見張りの怒りを買っている所だった。




